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江戸の田舎侍事情

 江戸っ子たちは、地方から江戸へ出てきた田舎侍を「武左衛門(ぶざえもん、略して武左とも)」、「浅黄裏」と呼び、野暮の代表として扱いました。武左とは、田舎侍は武左衛門と言う名前が多かったことからの命名。浅黄裏とは、田舎侍は、丈夫であるからとの理由で、浅葱色の木綿の裏地をつけた着物を着ている場合が多かったことからの命名です。浅葱は薄い水色で、浅黄は薄い黄色です。田舎侍が来ていたのは、浅葱色の裏地なのですが、江戸では浅黄裏と書く慣習がありました。

 地方のお大名に仕えるお侍さんで、江戸にいる方は、三通りあります。一つめは「江戸詰め」と言って、江戸に住み、大名の江戸屋敷に勤務している方です、江戸支店勤務と言うところですね。二つめは「立ち帰り」と言って、殿様が大名行列を組んで江戸へ来る時に、大名行列を豪華に見せるため、随行して江戸へ来る方で、殿様が江戸へ着くと、すぐに国元へ戻ります、江戸への短期出張と言うところですね。そして、三つめが「国侍」「勤番侍」と呼ばれる方で、大名の参勤交代に随行して、国から江戸へ出て来た方で、大名が国へ帰る時までの一年間江戸にいます。江戸への単身赴任と言うところですね。一年間、江戸屋敷に住み、江戸屋敷で勤務するのですが、たいした仕事はありません。ルーチンワークは、江戸詰めの方達がさっさと、てきぱきとこなしていますから、手を出しても邪魔になるばかり。殿様の江戸城への登城の時の警護ぐらいしかすることはありませんが、殿様の登城などは、二~三日に一回あれば良い方で、とにかく、する事がない暇な方達です。

 そして、この「国侍」「勤番侍」が野暮の代表として扱われ、江戸川柳でも、格好の嘲笑の的。武骨で乱暴、女性への思いやりなどは皆無です。「浅黄裏手をこまねいて待っている」、粋を重んずる吉原では、性欲処理しか頭にない田舎のあんちゃんはもっとも軽蔑されました。「こりゃ喜助身共枕は買いに来ぬ」、花魁の張りも廓の粋も通じませんから、花魁が来ないとすぐに怒りだします。「まだあとにこれやと四、五両浅黄裏」、おいどんが金をもっていないとでも、見くびっているのか、金ならこのとおりあるぞと財布を見せる。金で女を自ままにしようとするなんて、花魁からもっとも軽蔑される行動だと言うのがわかりません。あげくの果てには、「亡八に見参さんと武左怒り」、亡八(ぼうはち)とは、妓楼の主人の事で、仁義礼智忠信孝悌の八つの徳を忘れた者との意味です。女が来ない、お前じゃ話しにならん、社長を呼べと叫んでいるなんて、田舎者丸出し。振られるのも、吉原の面白さのうちとわきまえている江戸っ子から見れば、眉をひそめたくなる光景です。

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