« マネー川柳 | トップページ | 湯 葉 »

非風非幡

 禅の公案に次のようなものがあります。

 風になびく幡(はた)を前に二人の僧が言い争っていました。一人は「幡が動いている」と主張し、もう一人は「風が動いている」と主張し互いに譲らなかったそうです。

 この様子を見ていた禅師は「是れ風の動くに非ず、是れ幡の動くに非ず、任者が心動くのみ」(風が動くのでもなければ、幡が動くのでもなく、汝らの心が動くのだ)と言ったそうです。これが有名な「非風非幡」の公案です。

 その事象を捉えた心の動きがなければ、幡の揺らぎも風の動きさえも存在しないのではないか・・・つまり目に映る何事も心の動きに過ぎない。

 この公案は世の中のを動かすのは事象でもなく、事実でもない、そこにいる人の心こそ重要な要素であると。

 例えば、昨日と今日ではそれほど大きく変わったことがなくても、私たちは日々何らかの変化に直面し右往左往しています。しかし、よくよく考えて見れば変化しているのは心だということに気づかされます。つまり、どのように捉えるかは心次第というわけです。

|

« マネー川柳 | トップページ | 湯 葉 »

つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 非風非幡:

« マネー川柳 | トップページ | 湯 葉 »