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2010年5月

積荷信仰

 ノーベル賞を受賞した物理学者が書いた「ご冗談でしょう、ファインマンさん」という、著者の肩書きや実績に似合わない痛快な自伝があります。その中の「積荷信仰」の一節をご紹介したいと思います。


『 南洋の島の住民の中には積荷信仰ともいえるものがある。戦争中軍用機が、たくさんのすばらしい物資を運んできては次々に着陸するのを見てきたこの連中は、今でもまだこれが続いてほしいものだと考えて、妙なことをやっているのです。

  つまり滑走路らしきものを造り、その両側に火をおいたり、木の小屋を作って、アンテナを模した竹の棒がつったっているヘッドホンみたいな格好のものを頭につけた男(フライトコントローラーのつもり)をその中に座らせたりして、一心に飛行機が来るのを待っている。形の上では何もかもがちゃんと整い、いかにも昔通りの姿が再現されたかのように見えます。

  ところが全然その効果はなく、期待する飛行機はいつまで待ってもやってきません。このようなことを私は「カーゴ・カルト・サイエンス」と呼ぶのです。つまりこのえせ科学は研究の一応の法則と形式に完全に従ってはいるが、南洋の孤島に肝心の飛行機がやってこないように、何か一番大切な本質がぽかっとぬけているのです。』


 上記の住民は根本的な間違いに気付くことはなく、住民にしてみれば同じようにやっているはずなのに、期待した結果を得ることは決してありません。

 目的や方向ははっきりと捉えているけれどもやり方が間違っている・・・、ありがちな話です。

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江戸の三味線事情

 三味線の起源につい ては諸説あって定かではないのですが、祖型は中国の三弦とされ、永禄年間 (1558~70)に琉球を経て、日本に伝わったとされます。その時点では、蛇の皮を張ってありました。泉州堺の中小路と言う盲人が使いはじめ、その後、 虎沢と言う盲人が、いろいろな演奏のテクニックを開発したと言います。そ して、慶長(1596~1615)年間に、沢角(さわつの)または沢住(さわずみ) と言う、盲目の琵琶の名人が三味線を稽古し、小唄にのせて浄瑠璃節が出 来たと言います。

 その後、大坂に加賀都(かがいち)、城秀(じょうひで)の名人があらわ れ、二人とも江戸へ来て、加賀都は柳川検校となり、城秀は八橋検校となり ます。当時の三味線の流派、柳川流と八橋流は、この両検校が始めた流派です。
初めは、三本の弦に ちなんで、三線(さんせん)と呼んでいましたが、「三」の字を、目論をも くろみ、灯心をとうしみ、御をおみと読むような、閉口の音のとして、「さ み」と読むようになり、「さみせん」となり、いつの頃からか、味の字を当 てて、三味線と書き、読み方も「しゃみせん」となりました。

 三味線は花梨(かりん)・樫(かし)・紅木(こうき)・紫檀(したん)・ 桑(くわ)・鉄刀木(たがやさん)などを用いて、両面に猫または犬の皮を張ります。

 三味線屋 うしろぐらくも 灸をすえ   江戸川柳です。

 現代人には意味不明の川柳ですね。三味線に張る猫の皮は、四つ乳(よつ ぢ)と言って、乳首が四つある猫の皮を裏表に張った八つ乳(やつぢ)と呼ばれるものが最高級品とされ、それより乳首の数が少ないものはランクが落 ちるのです。そこで、三味線屋さんは乳首の少ない猫の皮に灸をすえて、 乳首を偽造し八つ乳に見せかけた、という事になります。

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木戸にたてかけし衣食住

 イギリスのロンドンは北海道よりも北にあるにも関わらず、近くを流れる暖流の影響で温暖な気候となっています。ただ、そうした地理的な特性のため、気候は湿りがちで、天気が変わりやすいそうです。「英国人は天気の話をよくする」と言われますが、それは上記のような気候のためで、実際に英ロイズTSBインシュアランスが行った調査では「英国人は一生のうち6カ月間相当を天候に関する会話に費やす」という結果になっています。

 私達も日常において天気の話はよくしますが、人と話をする時はそうした何気ない会話が潤滑油となり、相互の距離感も縮まるというもの。ちなみに会話のとっかかりとしてヒントになるのが、「木戸にたてかけし衣食住」と昔から言われています。

  キ(季節  :お正月やお祭りなど季節の出来事など)
  ド(道楽  :趣味や関心事など)
  ニ(ニュース:身近な話題や今騒がれて事柄など)
  タ(旅   :土産話など)
  テ(天気  :天気)
  カ(家庭  :家族の近況など)
  ケ(健康  :健康管理、ダイエットや運動など)
  シ(仕事  :景気や会社での事など)
  衣(衣服  :服装や流行など)
  食(食べ物 :旬の食材や好きな食べ物など)
  住(住まい :住宅や庭、出身地など)


 尚、政治、宗教、スポーツ(3S)の話題は、信念が入り込みやすく、意見が対立した場合に相手の心証を害する可能性があるため、とくに相手の事がまだよく分らない場合にはこれらの話題は避けるべきです。

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五月蝿

 梅雨入り前の今は清々しく過ごしやすい時期ですが、陰暦の五月はもう少し先でちょうど梅雨の時期にあたります。

 その頃に湧き出し群がり騒ぐハエを「五月蝿(さばえ)」と言い、「五月蝿なす」は「騒ぐ」や「沸く」にかかる枕詞です。後に「五月蝿い」と書いて「うるさい」と読ませたのが夏目漱石です。

 日本書紀に登場する五月蝿はハエではなくハチのことだという説もありますが、衛生環境が悪かった昔はハエの数も半端ではなかったのだろうと思います。

 ところで、ハエに関する話を一つ。

 ある和尚のところに、ある人がこの先どうしたらいいか相談しにやってきました。その人は苦しい現状を話し、進退窮まっている状況を嘆いて懸命に話すのですが、和尚はボロ寺の破れた障子と飛び回るハエのほうばかりを見ていて、聞いているのかいないのか。

 たまりかねて「和尚、私の話を聞いているのですか?」とたずねると、和尚は「かわいそうに、このハエは外に出ようと何度も何度も障子にぶつかっておるワ。ボロ障子であちこち破れて穴が開いているのにのぉー。」

 その人はこれを聞いてハッとします、今の自分はこのハエと何ら変わらないではないか! 目先のことにとらわれて、実は何も見ていなかった自分に気づきました。丁重に礼を言って寺を辞したそうです。

 人は時に、些細なことにとらわれ、悩み苦しみます。大河の中、下流に行きたいのに一本の杭に引っ掛かっているようなものです。引っ掛かっているならまだしも、自分の手で掴んでいて、困った困ったと言っていることが案外多いのではないでしょうか?。

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口蹄疫

 宮崎県で家畜伝染病の「口蹄疫」(こうていえき)が広がっていますが、あまり聞き慣れないこの「口蹄疫」。英語では「foot-and-mouth disease」と言うようですが、ちょっと調べてみましたら、以下のような説明となっていました。ちなみに、ご存知と思いますが、「蹄」とは馬や牛のひづめのことです。

 口蹄疫とは、牛・豚・羊など偶蹄類の動物がかかるウイルス性の伝染病。発熱の後、口の粘膜、蹄部皮膚に水疱ができてただれ、食欲不振・起立困難となって病畜はやせ衰えます。

 米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどの地域を除き、ほぼ全世界に見られます。伝染力が強く、流行が早いため、発生したら殺処分しか対応策はありません。根絶が難しいため、清浄国は病気が発生した国からの輸入を禁止します。1997年には台湾で、2000年と02年には韓国で肉豚などの感染が明らかになり、対日輸出が全面的に禁止されています。日本でも2000年、北海道と宮崎で口蹄疫ウイルスの感染が92年ぶりに確認された経緯があります。

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気象用語

 テレビの天気予報などで耳にする用語には定義や目安があります。
例えば、時間帯の表現。気象庁が示す目安では、「未明」は午前零時ごろから同3時ごろまで、その後の午前6時ごろまでは「明け方」となります。

 強く降る雨を表す言葉は「やや強い」・「強い」・「激しい」・「非常に激しい」・「猛烈な」の5段階に分かれています。やや強い雨は1時間の雨量が10ミリ以上20ミリ未満で、人の受けるイメージは「ザーザーと降る」程度です。猛烈な雨は80ミリ以上の雨量で「息苦しくなるような圧迫感」があります。

 以下にて、よく耳にする言葉の定義・目安をまとめますと以下のようになります。


☆時間帯を表す用語


  未明   0時~3時      昼過ぎ    12時~15時

  明け方  3時~6時      夕方     15時~18時

  朝    6時~9時       夜のはじめ頃 18時~21時

  昼前   9時~12時     夜遅く    21時~24時


☆暑い日、寒い日の表現


     猛暑日  最高気温が35度以上

     真夏日  最高気温が30度以上

     夏 日   最高気温が25度以上

     熱帯夜  夜間の最低気温が25度以上

     真冬日  最高気温が0度未満

     冬 日   最低気温が0度未満


 ちなみに、「あられ」は直径5ミリ未満、「ひょう」は直径5ミリ以上だそうです。

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新タマネギ

 腸内の善玉菌の働きを助ける健康食品として注目が高まっているタマネギ。今、「新タマネギ」が旬を迎えています。

 タマネギの多くは収穫後に1ヶ月程度日陰などで風をあて、乾かしてから出荷されますが、「新タマネギ」は収穫後にすぐに出荷されるため、水分が多く、辛味が少なく、甘さと香りがあり、みずみずしさと柔らかさが魅力です。

 日本で栽培されるタマネギには春と秋の二つの旬がありますが、現在店頭に並んでいる新タマネギは佐賀県や淡路島など西日本の産地で秋に種をまいたものです。一方、国内生産量の約半分を占める北海道産は春まきであり、秋ごろに新タマネギとして出荷されています。
 
 ガン・糖尿病・動脈硬化・高脂血症などの生活習慣病に悩む現代人に最適の野菜と言われていますが、この時期にサラダや酢の物にして生で食べる「新タマネギ」はまた格別の味わいがあります。

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財界総理

 日本経団連会長と言えば、以前はその強いリーダーシップを称して「財界総理」と呼ばれていました。そう呼ばれるきっかけとなったのが、旧経団連第二代会長(1956年~1968年)の石坂泰三です。

 石坂を題材にした城山三郎の著書に沿って話を運びますと、石坂は53歳で第一生命の社長に就任、在籍8年で中堅だった同社を業界2位の地位にまで押し上げます。第一生命の社長を辞した後、当時は大戦後で、公職追放により多くの経営者が企業から去ることになりました。東芝もそうで、石坂は東芝の社外重役を務めていた縁で、推されて東芝の社長に就任します。62歳のときです。

 当時の東芝は、大量の人員整理か、さもなければ大型倒産かの厳しい状況にあった頃で、東芝は労使決選の天王山と言われるほどに労働争議で荒れていた時期でもありましたが、石坂はその難事を解決するとともに同社の業績を急回復させました。その手腕を買われて今度は経団連会長に推され引き受けたのが70歳のときです。

 会長として経団連会館の建設を巡って当時の大蔵省に掛け合うのですが、幾度となく足を運んでも煮え切らない態度の大蔵大臣に「もう、君には頼まない」と雷を落としたのはあまりにも有名です。この場合、要望を受け入れるか否か、理解しているか否かとかそういうことではなく、話を正面から受けることなしにのらりくらりと誤魔化すかのような態度に我慢がならなかったため、と「もう、きみには頼まない」の著者城山三郎は解釈しています。

 この気骨は、GHQのマッカーサーに対しても、日銀総裁に対してもそうだったようです。政府に頼まれた大阪万博会長を引き受けた際は、あまりの予算の少なさに首相官邸に乗り込み、時の佐藤栄作総理に「これは本来、政府の仕事。100億でやれと言われれば100億のものを、1億でやれと言われれば1億のものを作る。こちらはそれだけのこと。それで成功すれば政府の手柄になるし、失敗した時は恥をかくのはあなたの方だ。それでいいんですか」と一方的に怒りをたたきつけて佐藤総理を慌てさせています。結局、予算はつき、赤字必至とみられた大阪万博を大成功させています。

 また、田中角栄嫌いでも知られており、田中が総理の時、あるパーティーで田中が近寄ってきて石坂に挨拶すると、簡単に挨拶を返しただけですぐに他の財界人に顔を向けてしまい、周囲をあわてさせたそうです。

 それ以来、日本には総理が二人いるとして「財界総理」という言葉が使われるようになりました。こういったところばかり紹介すると、ただの頑固爺のように聞こえてしまいますが、戦後の日本経済を立て直し高度経済成長を果たしのは、ひとつには大局をつかむ能力に優れ、懐が深く、強いリーダシップで経済界を束ねた石坂経団連会長の存在があったればこそです。

 また、臨時行政調査会長として活躍した土光敏夫も、土光を石川島播磨から東芝に引き抜き、さらには第四代経団連会長に強く推した石坂の存在抜きには語れません。性格がまるで違う二人でしたが、気骨(自分の信念を守って、どんな障害にも屈服しない強い意気)があるという点で共通しており、互いに深く信じ合う仲だったそうです。

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華氏と摂氏

 アメリカでは猛暑となった際に、街角にある気温を示す電工掲示板に100を超える数値が表示されることがありますが、アメリカでは気温の単位として華氏度が広く使われているためこのような数値になります。

 華氏度とはファーレンハイトという人が考案した温度の単位で(途中の経緯は省略しますが)、水が凍る温度を32度、沸点を212度とし、その間を180等分したもので、華氏度の単位はファーレンハイトの頭文字から「°F」と書き表されます。

 普段私たちが使う摂氏度はセルシウスという人が考案した温度の単位で、やはり水の氷点と沸点を基準にし、その間を100等分した温度(現在はケルビンで定義)で、考案者の頭文字をとって「℃」と記されます。

 ※華氏は中国でファーレンハイトを「華倫海特」と音訳したことから「ミスター華倫海特」の意で、摂氏もセルシウスの音訳「摂爾修斯」に由来

 華氏度と摂氏度の関係は、華氏度=1.8×摂氏度+32 となっており、華氏100度はおよそ摂氏38度ということになります。

 なお、世界で普遍的に通用するモノサシである国際単位系における温度の単位は「K(ケルビン)」で、全ての分子の運動が停止する絶対零度(摂氏マイナス273度)を0ケルビンと定めています。

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哨戒艦

 韓国海軍の「哨戒艦」(しょうかいかん)沈没が北朝鮮の魚雷によるものとの調査結果が報じられました。

 ところで、「哨戒艦」とは何かを調べてみました。まず、「哨戒」とは領海や排他的経済水域での情報収集・監視・警戒任務などを意味しており、海洋に面した国家では24時間体制で哨戒任務が行われているそうです。

 その哨戒任務をするのが「哨戒艦」(哨戒艇)であり、領海や沿岸、内海、内水、港湾などで警備や救難活動にあたっています。船形の大小を問わず、基本的に武装は機関銃や小口径の艦砲程度に限られ、警察任務や救難任務等に力を入れています。このため武装よりもむしろ高速性や長い航続距離など機動力を要求されています。

 ちなみに、軍艦「大和」も大東亜戦争で魚雷の餌食となりましたが、この度の魚雷の恐ろしさは当時の比ではないそうです。直撃せず、艦底通過時に起爆し、エネルギーは上に張り出します。艦を真上に「逆V字」を描きながらすさまじい力で押し上げ、押し上げられた艦は、艦と海面の空間の急激な収縮で、今度は「V字」を描きながら押し下げられます。逆V字とV字の往復で韓国艦はポッキリと折れた(バブルジェット現象)とのことです。さらに、魚雷は目標まで誘導されたり、自ら索敵したり、進化を遂げています。

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メバル

 今が旬の魚といえば「カツオ」とか「トビウオ」を思い浮かべますが、「春告魚」と呼ばれた「ニシン」もまた今が旬です。ただ、漁獲量が減ったことから最近では「メバル」が「春告魚」と呼ばれるようになっています。

 この「メバル」、目が大きな魚なので「眼張」(めばる)と名づけられ、北海道から九州沿岸の岩の多いところに生息しています。「黒メバル」・「赤メバル」・「金メバル」など色によって分けられていますが、その違いは生育場所の深さに関係しています。

 この時期(春から初夏にかけて)の「メバル」は脂がたっぷり乗って身がしっかり締まっています。料理法は、煮付け・塩焼き・照り焼き・から揚げ・ムニエル、また少し大きめのものは刺身などにしても大変美味しく、この時期、一度は食しておきたい旬の魚です。

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初夏の花

 五月の今頃は一層濃くなってきた葉の緑とともに花々が美しい季節です。

 水辺に際立つ水芭蕉。藤棚から垂れ下がる藤の花。紫色のアヤメ(文目、綾目、菖蒲)もこの時期に咲く花で、同じアヤメ科に属するカキツバタ(杜若)とともによく目にする花となっています。

 ちなみにアヤメとカキツバタは「いずれアヤメかカキツバタ」と言われますように区別が難しいのですが、葉の幅が広いのがカキツバタで細いのがアヤメというように葉の幅も判断材料の一つとされています。

 公園などの湿地では鮮やかな黄色い黄菖蒲の群生も目にします。また、地面に近い場所で咲いている白いボンボンのような小さな花はクローバー。本来は白詰草という名を持ち、昔、交易のために来航していたオランダ人が商品を箱詰めするときの詰め物として用いていたことからこの名が付けられたようです。稀に見る四ツ葉は、その形が「十字架」に似ていることから幸運のシンボルとされています。

 「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」の芍薬(シャクヤク)もこの時期の花で、根は鎮静・鎮痛剤として使われる漢方薬の一つです。牡丹と芍薬もまた似ており、枝分かれして横に膨らんでいるのが牡丹で、まっすぐに伸びた枝の先に花をつけるのが芍薬。芍薬の花は、牡丹が咲き終わるのを待つようにして開きます。

 今年は少し遅めですが、植物園の芍薬の花も間もなく見ごろを迎えるそうです。

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宏観異常現象

 一昨年の5月12日14時28分、四川大地震が発生。マグニチュード7.9で、死者は約7万人、現在も約1万8千人が行方不明となっているそうです。

 地震発生の数日前からいくつかの「宏観異常現象」(こうかんいじょうげんしょう)が観測されていたそうで、

1)5月10日には四川省で数十万匹のヒキガエルの大規模な移動が見られた

2)四川省に近い湖北省の恩施の池で8万トンの水が5時間でなくなった

3)地震の約10~30分前に色が付いた地震雲が観測された・・・

等々です。ちなみに「宏観異常現象」とは、大きな地震の前触れとして発生ないし知覚されると言われている生物的・地質的・物理的異常現象を呼称するものです。四川省綿竹市にある地震発生時刻を指して止まった時計塔は、そのままの状態で永久保存されているそうです。

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新100ドル紙幣

 米財務省が来年2月に発行する新100ドル紙幣のデザインを公表しました。

 新100ドル札には偽造防止のための最新技術が使われており、新札の前面中央に縦に描かれた帯状の「3Dセキュリティー・リボン」は角度によって中の模様が動いて見え、他の部分でも角度により模様が浮かんだり消えたり、色が変わったりするため、わずかな時間で容易に真贋が判別できるそうです。

 ちなみに、米ドルは全世界で流通していますが、総量の3分の2が米国外で保有されており、その8割は一般に流通する最高額紙幣の100ドル札で保有されているそうです。偽造ドル紙幣のほとんどもこの100ドル紙幣で、毎年巨額の偽造ドルが摘発されています。

 偽造ドルで外貨を稼ぎ、基軸通貨の信用毀損を狙った経済テロを行っていると噂された国もありますが、「スーパーK(さらに精巧なスーパーZなど)」や「スーパーノート」などと呼ばれ、機械でも判別できない偽造100ドル札はかなりの額が真正券として世界中で流通していると見られています。

 偽造防止と偽造の技術はイタチごっこ。新札が発行されて数カ月後には精巧な偽札が出回るというケースもあるそうですが、今回は果たしてどうでしょうか?。

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トマト

 初夏の陽気が広がるとともにトマトが旬を迎えています。この時期のトマトの魅力は何と言ってもみずみずしさで、秋の濃厚な味のトマトとはまた違った味わいが楽しめます。

 代表的な品種は「桃太郎」で、果肉がしっかりしていて生食用はもちろん、あらゆる料理に向きますが、この時期はやはり冷やして切り分けて食べるのが美味です。

 ヨーロッパのことわざに、「トマトが赤くなると医者が青くなる」とありますが、Bカロチンをはじめリコピン・ビタミンC・E、ミネラル、食物繊維など、トマトには毎日の健康維持にもってこいの要素が豊富に含まれています。

 スーパーなどの店先で選ぶ際には、皮に張りがあり、ずっしりと重くて均整のとれた丸いものを選ぶのがコツです。また買ったトマトをおいしく保存するためには、真っ赤なトマトはそのまま冷蔵庫へ、緑色が残っているトマトは室温で赤く熟させてから冷蔵するのがよいです。

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サクラマス

 春に相応しい名前を持つ「サクラマス」(桜鱒)が旬を迎えています。「本マス」とも呼ばれますが、マス科という分類はなく、サケ科に属しています。最近は数が減って幻の魚とも呼ばれ、都内の百貨店では一切れ(100グラム前後)2000円程度という高級魚です。

 川でふ化し、1年半ほど川で過ごした後、海に下ります。このとき川に残り一生を過ごすものが渓流釣りでも人気の「ヤマメ」(山女)で、海に下ったものが「サクラマス」。そして、60センチ近くに成長し、次の春に川に戻ります。

 「サクラマス」の名前の由来は、桜の頃に戻るためとも、産卵の頃に魚体に桜色の模様が現れるためとも言われていますが、英語でも「チェリー・サーモン」と呼ばれています。

 バター焼き、揚げ物などにして食すのが多いようですが、富山名産の「鱒寿司」に使われているのはこの「サクラマス」です。

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六 曜

 本日は「大安」ですが冠婚葬祭などの日取りを決めるときに、「大安なので、この日に結婚式を・・・」とか、葬儀の日を決めるのに「友引なので、葬式を繰り上げよう・・・」といった話をよく聞きます。

 ここで使われている「大安」・「友引」などは、古代中国の「六曜」(ろくよう)という暦の考え方にもとづいており、三国志で有名な「諸葛孔明」が戦いの際に吉凶の日を知るのに利用したことに端を発しているそうです。

 この六曜が日本に伝わったのは江戸時代半ばで、いつしか暦に記されるようになって現在に至っています。現在使われている六曜のそれぞれの日には、次のような意味があります。


【先勝】(せんしょう、せんがち)

 先んずれば勝つの意味で、早ければ吉、
 万事朝から昼までにすれば障りなしとされています。

【友引】(ともびき)

 凶事に友を引くの意味で、午(うま)の時刻(正午頃)は特に悪く、
 この日の葬式は大いに忌むべしとされています。

【先負】(さきまけ、せんぶ)

 先勝の逆で、先んずれば負けるの意味。
 万事朝から昼までが悪く、昼過ぎからは吉とされています。

【仏滅】

 仏も滅亡するような最悪の日の意味で、移転・開店をはじめ、
 何事も忌む日とされています。

【大安】

 大いに安しの意味で、旅行・婚礼など万事において
 吉日のめでたい日とされています。

【赤口】(しゃっこう、しゃっく)

 もともと陰陽道(おんみょうどう)でいう凶日(きょうじつ)の
 一つで午の時刻(正午頃)だけが吉、朝夕は凶で、
 特に祝い事は大凶とさ れています。

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江戸の高麗事情

 そもそも、高麗とは、朝鮮王朝の一つで、王建(935年新羅 (しらぎ)を併合、翌年、後百済(ごくだら)を従えて半島を統一し、高麗 を建国した方。(在位918~943)(877~943))が918年王位につき建国した国 の名前です。高麗は、後期に元に服属し、三十四代まで続きますが、1329年 に李成桂(李氏朝鮮の初代国王)に滅ぼされます。918~1329年代と言います と、日本では、平安(794~1185)から鎌倉(1185~1333)の頃となりますが、日本 では、滅ぼされた後も、高麗と言うと、一般に当時の朝鮮の事を指しました。

 「絵高麗」(この場合は、エゴウライと読みます)とは、透明の釉下地に鉄分質の絵具で黒 く絵や模様を描いた焼物のことです。朝鮮高麗時代作の事を呼びますので 江戸初期だったとしても、もうその時点で 三百年以上の時代を経ている貴重な骨董品となります。

 ただし、江戸期では、高麗が滅びた後の、中国で制された鉄絵(鉄分を含 む顔料で文様をあらわす焼き物の技法で、身近な材料を用いることから、中国では青磁の完成とともに始まり、最も普遍的な絵付け技法として広く行わ れました)も日本では絵高麗と呼ばれていたようです。

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江戸のふんどし事情

 江戸時代研究のバイ ブル「守貞謾稿」に「ふんどし」の事が書かれていますので、現代語訳してご紹介します。

 今、ふんどしは、高貴な方は白羽二重(緻密で肌触り良く光沢のある上質な白生地)、平民は白晒木綿(さらして白くした綿布)を使います。長さ は六尺(約1.8m)。平民は白木綿がもっぱらですが、中流以上は白加賀絹 (現石川県の南部で産する絹織物)を使い、おしゃれな人は大幅あるいは小 幅織の縮緬(布面全体に細かい皺を生じさせた綿織物)、または白龍紋(主 に京都西陣などで産する絹織物)なども使います。

 また、江戸では三、四十年前から勇み肌の方は、緋ちりめん(濃い赤に染 めてシワを出した絹織物)を使います。今は、三都 ともに子供がこれをよく使います。また、三都とも文政年間(1818~29)は、 賤業に住持する者のはで、着飾る時は紺縮緬(紺色に染めてシワを出した絹織物)、普段は紺木綿を使い、紺絞り(木綿を紺色に絞り染めしたもの)も 使います。(中略)また、越中ふんどしと言うものもあります。松平越中守 が執政の時、倹約のためにこれを作ったと言うのは誤りで、大坂新町の越中と言う妓が、自分の着物の片袖を裁って、お客にはなむけとして出したところ、お客はこれをふんどしにしたのが始まりです。片方を筒状に縫い、これにひもを通します。僧侶、医者などが使い、平民も老人の方は使いますが、若い人で 使う方はまれです。ひもを通した方を背にして、ひもを前に結 び、ひもが無い方を前のひもにはさみます。

 このような物をもっこふんどしと言います。形がもっこ(むしろなどの四隅に釣り紐をつけ、荷物を運搬する用具)に似ているからです。前後を筒状に縫い、そこにひもを通し、左あるいは右で結びます。女形俳優などがこれを使うと聞きます。

 昔は風呂犢鼻褌(ふろふんどし、または、ふろたふさぎと読みます)と言 って、寛永・正保(1624~47)頃の、犢鼻褌をしたまま銭湯風呂に入っている 絵があります。昔は貧しい人も風呂に入る時、ふんどしを外す事はありませ んでした。宝暦(1751?63)頃まで、風呂ふどしと言うものがあって、普段履 いているふんどしから、この風呂ふどしに履き替えて、風呂に入ったようです。

 漁師さんが乗る船って、「第三協栄丸」とか、たいて い「△△○○丸」と言う名前ですよね。ではここで、江戸時代クイズです。なぜ、日本の船は、○○丸と言う命名が多いのでし ょうか?

壱 たいせつなモノの名前には「丸」をつける風習があったから
弐 船は、古くは丸木船だったから
参 無事帰還でき、すべてが丸く収まる事を願ったから

 正解は、壱 たいせつなモノの名前には「丸」をつける風習があったから が、一応「定説」となっています。古くは、日本人は自分の事を麿呂(まろ) と呼びました(おじゃる丸君の様に)。これが転じて、マロ→マル→丸、と なり、自分の分身のように大切にしている物、大事な物にも「丸」をつける ようになったのです。我が子に「牛若丸(源義経)」「松寿丸(毛利元就)」 「梵天丸(伊達政宗)」などと言う名前をつけたり、居城に本丸、一の丸、 二の丸などを築いたり、名刀村雨丸のように、刀につけたり、ペットの犬や 愛用している楽器にも「丸」をつけるようになります。これが、船にも応用 され、最古は文治三年(1187)に書かれた仁和寺の古文書に「坂東丸」と言う 船の名前があります。

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残 心

 誰しも日常生活において初対面の人と話す機会があると思いますが、第一印象が肝心であるとつくづく思います。第一印象とは、単に見栄えだけではなく、その人の所作そのものです。

 お互いの生活や仕事上で関わりがない相手との偶然の出逢いであれば、こちらの印象や振る舞いなどどうでもいいと考える人がいるかもしれませんが、そうした考えはそうではない場にありましても見え透いてくるものです。

 英語では「一度与えた第一印象をやり直すチャンスは二度と訪れない」と言いますが、日本語では「一期一会」です。

 You never get a second chance

      to make a first impression.


 一期一会とは、もしかしたら二度とは会えないかもしれないという覚悟で人に接しなさいという心得であり、その方法として武道や芸道には「残心」というのがあります。

 武道におきましては、勝負が決した後も、相手を意識しながら反撃を瞬時に返すことができるよう身構えている精神の状態を言い、試合において残心がないと勝敗無効とされることもあります。例えば剣道の試合においては一本取った事を喜びガッツポーズなどすれば、奢り高ぶっていて残心が無いとみなされ、一本を取り消される場合もあるそうです。

 芸道における残心は千利休の道歌(下記)に端的に表現されています。

 何にても 置き付けかへる 手離れは 恋しき人に わかるると知れ

 (手を離す時は、恋しい人と別れる時のような余韻を持たせよ)


 残心とは最後まで心を残すこと。心を途切れないさせないことであり、それは相互扶助であるという認識を忘れずに心の緊張を持続させること、相手を尊重する思いやりの心でもあります。

 普段の生活におきましては、だらしなくない事や気を抜かない事、卑怯でない事であり、決して驕らず高ぶらず、最後まで「きちっと」する事です。

 一期一会の気持ちで残心を持って人に接すれば、価値ある人と一期一会(生涯にただ一度の交わり)ではなくなり、自分の人生も豊かなる、改めてそう思わさせられます。

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愛鳥週間

 今週は「愛鳥週間(バードウィーク)」で、今の時期は様々な鳥の鳴き声を聞くことができます。

 ウグイスはのどかな声を響かせ、「日晴(ひはる)」が由来のヒバリはさえずりながら天高く舞い上がり、「目白押し」の例えのように身を寄せ合って樹上にとまるメジロなどなど。時おり聞こえる野鳥の声は、季節を一層すがすがしく感じさせます。

 初夏に渡来し鳴き始めるホトトギスは日本三鳴鳥の一つで(他はコマドリとオオルリ)、キョキョキョと鋭く鳴きます。この鳥は別名が多いことでも知られ、文目鳥(あやめどり)、妹背鳥(いもせどり)、黄昏鳥(たそがれどり)、子規(しき)、不如帰(ふじょき)、杜鵑(とけん)等々、霍公鳥や不如帰などはそのまま「ホトトギス」と読みます。

 ホトトギスの鳴き声は「特許許可局」とも聞こえますが、昔の人には「田を作らば早くつくれ、時過ぎぬれば実らず」と聞こえたようで、田植えの時期を教えてくれる鳥でもありました。時鳥あるいは時つ鳥、早苗鳥などもホトギスの異称です。冥土に往来する鳥ともいわれ、魂迎鳥(たまむかえどり)等のもあり、古代中国の蜀の望帝の魂が化してこの鳥になったという伝説もあります。

 ホトトギスは万葉集で最も多く詠まれた鳥でもあり、ウグイスを詠んだ歌のおよそ3倍、150首以上の歌に詠まれています。

 カッコー(郭公)はホトトギスによく似た鳥で、どちらも同じカッコー科に属し、託卵の習性や灰色の体に黒い横斑模様も同じなのですが、鳴き声が違い、カッコーの鳴き声からは閑古鳥の字も当てられました。

 カッコーは賑やかな街中には寄り付かず、鳴き声にはどこか寂しさが漂います。閑という字と相まって、人が集まらなくて閑散としている様を「閑古鳥が鳴く」というようになったそうです。

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神田祭

 新緑が映える五月は、連休中の博多どんたくや沖縄ハーリーなど、各地で様々なお祭りが催されました。

 五月は田植えに代表されますように農事の始まりであることから、この時期に各地で行われるお祭りの多くには五穀豊穣への願いが込められています。

 また、衛生環境が悪かった昔は気温や湿度の上昇ともに疫病が流行ることが多く、疫病は悪霊の仕業と考えられていた昔は、その時期の前に禊祓え(みそぎはらえ)の神事や悪霊を鎮める儀式などが盛んに行われ、それらが祭りとして現代に残っています。

 祭りといえば昨日は「神田祭」の神輿宮入(みこしみやいり)が行われました。祭神として平将門が祀られてからちょうど700年目の今年は「将門塚保存会大神輿」と「神田明神大神輿」の2基がそろって街に繰り出し多いに盛り上がったそうです。

 江戸総鎮守である神田明神の神田祭は「江戸三大祭」及び「日本三大祭」の一つで、徳川将軍上覧の祭りであったこととから「天下祭」とも呼ばれます。
 
 ちなみに、徳川家康が関が原の合戦の前に神田明神の勝守(かちまもり)を授かり勝利を得た古事から、神田明神の勝守は取引や勝負事の御守りとして有名です。

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母の日

 今日は「母の日」です、「母の日」の市場規模はバレンタインの数倍に達し、クリスマスをも凌ぐとの見方もあり、小売り各社は様々な商品やサービスで消費者の心をつかもうとしていますが、やはり母への贈り物は「花」というのが一番人気となっています。

「純粋な愛情」「ありがとう」などの花言葉を持つカーネーションが定番で、母が健在な人は赤、亡き母には白というのが一般的ですが、最近では好きな花を贈るケースも増えています。

 ちなみに、母の日が近づくとカレーがよく売れるそうです。日頃の感謝の気持ちを込めて、せめてこの日はママにゆっくりと過ごしてほしいとの思いから母の日にお父さんと子供たちでカレーをつくるご家庭が多いと聞きます。

 改めて母に接してみて、あるいは母としての自分を振り返ってみて感じる思いは人それぞれ。石川啄木が母について詠んだ歌はつとに有名ですが、その他いくつかご紹介したいと思います。

 
 「たわむれに母を背負いて そのあまり軽きに泣きて 三歩あゆまず」啄木

 「母の日も やさしい母になりきれず」谷口まち子

 「母の日や 童女のごとき 母連れて」  恩田秀子

 「母の日の 母の希望に 欲がなし」   四道花子

 「母の日の 母にて 母の娘にて」    京極杜藻

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江戸の漁師事情

 江戸の「人倫訓蒙図彙 (じんりんきんもうずい)」と言う本によると、漁師は『(漁人)海の猟師 なり。釣糸を垂、網をおろし、其品一ツならず。一切の鱗(うろくず)目に ふるゝを幸にとらずといふ事なし。』とされています。まあ、釣りをしたり、 網を仕掛けたりして、魚を捕り、あつかう魚は一種類ではなく、魚であれば、 何でもどんよくに捕獲していた、と言う事です。

 江戸の猟師さんのスタイルですが、これは、絵本「浦島太郎」にあるとお りで、あの「浦島太郎さん」が、江戸での代表的な猟師さんのスタイルにな ります。腰には、藁で作った防水・防寒用の腰ミノを付け、上は普通の着物 を着ている場合もありますが、詰め襟式で、ボタンで前合わせにするタイプ の着物を着ている場合もあります。

 魚を捕るのを生業としますが、レジャーで釣りをする人のために、舟を貸 し、漁場まで舟をあやつり、魚釣りの案内などを生業とする方もいます。取 った獲物を、自分で庶民に売る事はあまり無く、江戸、大坂、京とも、専門 の魚問屋に卸すのが普通だそうです。

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海気浴

 「春の海 ひねもす のたりのたりかな」(与謝蕪村)

 冬空の灰色がかった景色でもなく、真っ赤な太陽の下で混雑しているわけでもなく、春の海は穏やかでほんとうにのんびりしています。

 これからの季節は野に行き山に入りリフレッシュするのが一つの楽しみでもあります。緑あふれる森林で、風や空気、せせらぎの音、小鳥の声などを聞いたり感じたりすることはそれだけでも癒しの効果は絶大ですが、フィトンチッドを吸い、マイナスイオンを浴びる「森林浴」の効果は科学的にも実証されています。

 もちろん海辺でも同じような効果が得られます。海辺には、打ち寄せる波しぶきでたくさんのマイナスイオンが発生し、ヨードなどのミネラルを含む潮風を吸い込みながら歩くことは森林浴と同等の効果があり、これを「海気浴」と言います。

 古の人は、海には心身を蘇らせる力が宿ることを経験として知っており、海辺で体調を整えることを「潮湯治」と言いました。さらに遡れば、「古事記」には伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が海水にて禊祓(みそぎはらい)をしたという故事が記されていますように、古来より海は穢れを祓い清める場でもありました。

 神輿を担いで海に浸かる勇壮な各地の祭りも海水によって祓い清めるためであり、海水の持つ浄化力あるいは霊力が簡略化されたものが「お清めの塩」として現代に残ります。

 果てしなく広がる青い海と青い空、それを眼前にするだけでも気分がいいものです。機会があれば「海気浴」を楽しんでみてはいかがでしょう。

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五香の儀式

 ここのところのように暖かい日もあれば寒い日もありますように、人生にも良い時期と辛抱の時期があります。

 中国には、生まれたばかりの赤ん坊に、酢をなめさせ、塩をなめさせ、苦い薬をなめさせ、さらにトゲのあるカギカズラをなめさせ、最後に砂糖をなめさせる「五香の儀式」というのがあるそうです。

 人生は、「すっぱく」「からく」「にがく」「痛い目」に遭わなければ「甘
い」ものにはありつけないということを、この世に生をうけたばかりの赤ん坊に体験させるというわけです。もちろん、困難に打ち克って素晴らしい人生を勝ち取ってほしいとの親の願いが込められています。

 日本にも「一生食べるのに困らないように。健やかに育つように」との願いを込めて、一歳の誕生日に一升のお餅を背負わせるといった風習が残りますが、もちろんこれにも「困難に負けぬように」との願いが込められています。

 甘いものを先にほしがり、楽な方を選びたがり、困難に遭えば簡単に諦めたりへこむ人々が多い世の中で、上記のような風習には見失いがちで大切な何かが残されているような気がします。

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頭語・結語

 手紙文を書く際に時折迷うのが、頭語(冒頭に書く言葉)と結語(結びに書く言葉)の組み合わせです。例えば、「拝啓」で始めて「敬具」で締めるのが一般的な頭語と結語の組み合わせで、「拝啓」は「拝=つつしんで」「啓=申し上げる」という意味となり、「敬具」は「敬=つつしんで」「具=申し上げました」という結びになります。

 手紙を出す相手が媒酌人や恩師などの場合には、より丁寧な頭語と結語を使います。例えば、「謹啓」→「敬白」などで、「拝啓」→「敬具」と意味は同じですが、より一層丁寧な表現になります。

 また、急用の手紙の場合には、「急啓」→「早々」と書き、時候のあいさつを省略する場合には、頭語を「前略」「冠省」などと書き、結語は「早々」などで結びます。「早々」とは、「ぞんざいな走り書きで、失礼しましす」という意味となります。死亡通知やお悔やみなど弔事の手紙には、頭語を省くのが習わしで、「敬具」などの結語は使ってもよいそうです。

 尚、女性の手紙では頭語はあまり使わず、結語は「かしこ」で終わるのが一般的です。「かしこ」とは「恐れ多い」という意味の「畏し(かしこし)」の語幹で、「これで失礼します」といった意味となります。

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日本の推計人口

 先日、総務省が、2009年10月1日時点の日本の推計人口を公表しました。

 総人口は1憶2751万人。前年よりも18万3千人の減少。

 減少幅は過去最大で、総務省は「本格的な人口減少時代に突入した」とみているようです。

 男性の人口の減少は5年連続、女性の数が減るのは初めてなのだそうです。

 人口の減少には、原因別に「自然減」と「社会減」があり、「自然減」とは死亡者数が出生者数を上回るもの。いっぽう「社会減」は国外への流出が国内への流入を上回るもの。

 前述の男性、女性の人口減少は「自然減」によるものです。


 わが国の過去の人口や、将来の推計人口は、政府が公表しており、大正9年からのデータがあります。

 大正9年、1919年のわが国の人口は、5,500万人。

 今の半分以下だったんですね。今から90年前は。

 昭和20年、1945年は7,200万人。

 昭和30年、1955年は9,000万人。

 昭和40年、1960年は9,900万人。

 昭和50年、1970年は1憶1200万人。

 ものすごい勢いで増えています。

 平成13年、2001年には1憶2700万人台となりました。

 近年は逆に人口は減少しており、この調子で行くと、

 平成47年(2035年)、今から25年後には1憶1100万人。

 平成77年(2065年)、今から55年後には7,900万人。

 平成117年(2105年)、今から95年後には4,400万人です。

 100年後のことはなかなか考えられないでしょうが、55年後であれば、現実のものとして受け入れることができるのではないでしょうか?

 今年生まれた子どもが55歳です。このころの日本の人口は約8千万人。


 日本だけでなく、世界のどの国も、若い人がお年寄りを支えるようにできています。
 先進国も昔は家族(子ども)が支えていました。現在は社会全体でも現役世代が高齢世代を支えています。

 若年層が少なくなる中で、社会をうまく維持していくために、そろそろ日本でも「社会増」を真剣に考えないといけない時期が迫っているのかもしれません。

 ここでいう「社会増」とは海外からの移民の受け入れのことです。

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熟練の技

 長さ数百メートルの巨大タンカー。ブロック単位の巨大な鉄の塊を数ミリ単位で組み上げて作られますが、例えば船首部分の微妙なカーブは機械ではなく熟練の職人によって加工されます。

 軸を正確かつ滑らかに回転させるためにあらゆる製品に用いられているベアリング。ナノレベルの精度が求められるベアリングの場合、限りなく真円に近い形状と、機械には為しえない精度を実現するにはやはり職人の技が求められます。

 スペースシャトルや自動車レーズのF1などにも手作りの部品が多く用いられますが、部品の多くがオリジナルであるという以外に、高い精度が要求される部品には職人の熟練した技が必要とされるからです。

 こうした職人達の熟練の技は、機械に置き換えることは難しく、一朝一夕には為しがたいものです。デジタル全盛の世の中ではありますが、熟練の技で世界の追随を許さない日本企業は少なくありません。

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初がつお

   「目には青葉 山ほととぎす 初がつお」

 新緑したたる清新な季節感をうたった山口素堂の名句ですが、カツオは熱帯の海から春先にかけて九州近海に来遊、北海道沿岸に向かって北上します。この「上りカツオ」を『初ガツオ』と呼びますが、一方、身に脂を乗せて晩夏から秋にかけて南下するのを「戻りガツオ」と呼びます。

 あっさりして、さわやかな『初ガツオ』はやはり人気があり、「戻りガツオ」は脂が乗ってこってり気味、ややしつこさがあります。かつてはマグロも赤身を最上としてトロは一段下に見られた時がありますが、トロが看板になった今でも「戻りガツオ」は脂がくどいと使わないすし屋も多くあるようです。

 あっさり感を好むのが江戸っ子の気風ですが、江戸っ子たちが『初ガツオ』を珍重しましたのも、新鮮さ、みずみずしさのためです。『初ガツオ』は値が張りますが、「女房を質に置いても食べたかった」と形容されるほど美味、たたきや刺し身はもちろん、煮ても焼いても炊いても最高です。

 ちなみに、『初ガツオ』は「戻りガツオ」と比べて極めて低カロリーです。脂質はほぼ10分の1、エネルギー量は100グラム当たり114キロカロリーと3分の2ほどです。肉類に比べれば、その半分の低カロリーで、肥満気味で生活習慣病が気になる方にとりましては最適な健康食です。

 また、DHA(ドコサヘキサエン酸)、EPA(エイコサペンタエン酸)といった脂肪酸を多く含み、DHAには脳の機能を高める働きがあり、一方のEPAは血中の悪玉コレステロールや中性脂肪を減らし、心臓病や脳卒中を防ぐ作用で知られています。

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太田道灌

 季節には色があります。「ジャパン・ローズ」とも呼ばれる山吹の花の、鮮やかな黄色も春の色です。

 山吹で思い浮かぶのは、室町時代の武将で、江戸城を築城したことでも知られる太田道灌の話です。主家に忠義を尽くし、天才的な戦略家でもあった道灌は歌人としても有名です。


「急がずば 濡れざらましを旅人の あとより晴るる 野路の村雨」(太田道灌)

 道灌のこの歌は、その風情とともに、思慮が浅くせっかち故に失敗することを分かりやすく説明した名句ですが、我々にとりましても一つの警句になりえるような気がします。

 若かりし頃の道灌は、平家物語の「驕れる者、久しからず」を引用してたしなめる父親に対して、「驕らざるも、また久しからず」と返すほど鼻っ柱が強かったそうです。そんな道灌がある時、雨に降られ蓑を借りようと農家に所望したところ、その娘は返事の代わりに山吹の花を道灌に差し出しました。その意味が分からなかった道灌は後でそのことを恥じることになります。この経験が、荒武者の道灌が歌に目覚めたきっかけだったと言われています。


「七重八重 花は咲けども山吹の 実のひとつだに なきぞかなしき」
                       (後拾遺和歌集・兼明親王)

 娘が差し出した山吹には、上記の歌を踏まえ、実をつけない(実のひとつもない)山吹のように、貧しい我が家は蓑ひとつもなくお役にたてなく悲しいという気持ちが託されています。

 お客様に否定形で答えてはならないという接客マニュアルを採用するある企業では、「ございません(ありません)」の代わりに「こちらだけになっております」と言うそうですが、ここにも山吹を差し出す娘のような奥ゆかしさを感じます。

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