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あるべきようは

 高台寺の鳥獣戯画で有名な、鎌倉時代の高潔無欲に生きた僧、明恵上人が「あるべきようは」ということを説いています。この言葉は世の中のあり方、秩序、人の役割分担について語ったものと思われます。
人それぞれが違った才能を持ち、全ての人が平等ではないことを示しています。

  
 人それぞれが置かれた立場が異なって当然で、平等をはき違えてはいけないと思います。職業に貴賤がないといわれますが、それぞれの立場で責任を果たすことにより、社会の秩序が保たれています。役割分担を端的にあらわすのによく引用される言葉に「かごに乗る人、かつぐ人、またそのわらじを作る人」があります。世の中は色んな人が互いに支え合って成り立っているわけであります。
 
 人の一生においても、時期により役割が変わります。成長期には年輩者から教わり習熟しますが、次に年を取ると今度は若者を指導する立場となります。
高齢期を迎える人は、これまでに色んな領域で活動し、活躍してきた人であります。多くの人は後継者に、これまでに獲得した経験と智恵を伝授し、後継者を育ててこられたものと思います。

 このようにして高齢者は自分の役割を後継者に委ねていきます。高齢者は若者に感謝され、尊敬されるべきで、決して“体力の衰えたやっかい者”といった否定的なイメージを持つべきではありません。高齢者は余生を、むしろ自分の人生の充実期と肯定的に捉えて生きるべきであります。

 我が国には儒教的な土壌があり、高齢者予備軍である現役に敬老精神が潜在しているものと思います。敬老精神を顕在化させるのは、案外、高齢者の生き方にかかっているのかも知れません。高齢者がどう生きるべきかという問題は難しいようですが、こだわりなく自然に「あるべきように」生きるのがヒントになるのではないでしょうか。

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