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2011年5月

OJT

 ビジネスの現場では、新入社員は一通りの基本研修を終え、今は多くの企業でOJT(職場での実務を通じて行う訓練)の段階です。不慣れな環境で新入社員も大変なのですが、教育担当の先輩やインストラクターも気苦労が絶えないと思います。

 参考までに、人にものを教えるとき、人を動かすとき、大変参考になる言葉を山本五十六(連合艦隊司令長官)は残しています。


「やってみせて 言って聞かせて 

  やらせてみて ほめてやらねば 人は動かじ」


 上杉鷹山の影響を受けたとみられる大変有名な言葉ですが、これには以下のような続きがあります。


「話し合い 耳を傾け 承認し 任せてやらねば 人は育たず

  やっている 姿を感謝で 見守って 信頼せねば 人は実らず」

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72の法則

 「人類最大の発明は複利である」とは、かのアインシュタイン博士が語った名言です。

 投資を行う場合には、リスク管理と同時に資金管理や計画が必要です。老後資金など、目的を持って貯蓄する場合、将来的にいくらの資金が必要なのかがわかれば、「今の貯蓄を5%の利回りで回せば何年で倍になるのか」あるいは「5年、10年で資産が倍になるのに年率どれだけ利回り(投資収益)があれば達成できるのか」を計算し、計画を立てることができます。

 実はそれを簡単に計算する方法があります。72という数字を使えばおおよその計算が可能となります。

 例えば年率15%であれば何年で2倍になるかを計算する場合、72を15(利回り)で割ります。4.8になりますが、四捨五入で5年。つまり、年率15%で資産が増えていった場合、約5年で2倍になるという具合です。

 8年後に資産を倍にしたい場合には、72を8(年数)で割ります。つまり年率9%が8年後に資産が倍になる利回りです。

 この「72の法則」は簡単ですので覚えておきますと、マネープランを立てる際にきっと役立ちます。
 
株式投資で言えば、年率20%で複利運用(再投資)ができれば、運用資産は10年で6.1倍、100万円は619万円、1000万円は6191万円になります。また、20年では38.3倍となり、100万円は3833万円、1000万円は3億8337万円にもなります。

 「100万円を1年間で120万円にする」というのは、株式投資を行う上では地味な目標に感じられるかもしれませんが、数年をかけて継続できれば効果は絶大です。

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ゆで卵

 見た目の美しさが料理の味を引き立てる大切な要素ですが、殻をむいたゆで卵がデコボコではせっかくの料理も美味しさ半減になってしまいます。しかし、ゆで卵の殻はむきにくく、殻に白身がくっついたりしてツルンとしているはずのゆで卵がデコボコになってしまったりします。

 既にご存知の方も多いかと思いますが、そうならないための方法は、「ゆであがったらすぐに水に浸けること」です。卵の殻は一見、滑らかで空気でさえ入り込まないように思えますが、目に見えないごく小さな穴が無数にあってわずかながら空気が出入りしています。

 その証拠に、卵をゆでますと湯が沸騰してきたときに小さな泡がたくさん卵の殻から出てくるのが分かります。これは、卵の中にある気室の空気が膨張して殻から逃げるためです。

 ゆでてすぐに水に浸けると気室内部の圧力が下がり、逃げ出した空気の分だけ水が入ってきます。この水が卵の殻と白身の間に入るため、殻がスルリとむけるようになります。

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江戸の船事情

 江戸時代の船は、海を航行する海船(かいせん)と、川を就航する川船(かわぶね)に別れます。

 江戸大坂間の太平洋側を航行し、物資を輸送したのが、菱垣廻船と樽廻船です。菱垣廻船は、幕府の保護を受け、幕府や諸藩の物資を運ぶ他、片手間(?)で、その他の物資も運搬する船です。樽廻船は、初期は酒樽を運搬していたため樽廻船と呼ばれた、幕府の保護を受けない民間の船ですが、やがてお酒以外の物資も運搬するようになり、最終的には、菱垣廻船を圧倒する運搬料になります。いつの時代も、官営は効率が悪いと言うところでしょうか。その他、江戸・大坂・陸奥(現・青森)・出羽(現・山形・秋田)を航行して、物資を運んだ奥羽廻船もあります。奥羽廻船は、太平洋を北上して日本海を南下する東廻りと、日本海を北上して太平洋を南下する西廻りがありました。これらの船は積載量千石と言うので、千石船と呼ばれましたが、実際に積めるのは、二~四百石くらいです。それでも、三十石船の十倍は積める大型輸送船ですね。

 ただし、これらの船で運搬するのは、物資だけです。だいぶ前になりますが、天下のNHKの大河ドラマで、大坂の船頭さんが、旅人に向かい、「江戸行きの船が出るぞー!」と叫んでいるシーンがあり、ずっこけてしまった事があります。大坂・江戸間を結ぶ客船(人間を運搬する船)があるのなら、箱根や新居の関所は、無用の長物になってしまいますよね。江戸期、関所を越えて、乗客を輸送する客船はありませんでした。

 また、川船は、一番大きいのが屋形船。次が、屋根船ですがどちらも屋根が付いている大型客船です。現代では、うんと大きいものを屋形船、それより小型のものを屋根船と呼んで区別しているようですが、厳密に言うと、屋形船とは、屋形の君様、つまりお大名が乗る大型客船の事で、大名と言う制度がなくなった現代では、どんなに大きな大型客船でも、屋根船と言わなければなりません。

 その他、江戸では、大型海船に積まれた小型連絡船の伝馬船(てんません)、人も荷物も運搬する高瀬船(たかせぶね)、小型快速艇の猪牙船(ちょきぶね)などがありました。

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気象用語

 テレビで天気予報をチェックする機会は多いかと思いますが、その天気予報の中で使われる用語には定義や目安があります。例えば、時間帯の表現。気象庁が示す目安では、「未明」は午前零時ごろから同3時ごろまで、その後の午前6時ごろまでは「明け方」となります。

 強く降る雨を表す言葉は「やや強い」・「強い」・「激しい」・「非常に激しい」・「猛烈な」の5段階に分かれています。やや強い雨は1時間の雨量が10ミリ以上20ミリ未満で、人の受けるイメージは「ザーザーと降る」程度です。猛烈な雨は80ミリ以上の雨量で「息苦しくなるような圧迫感」があります。

 よく耳にする言葉の定義・目安を改めて調べてみましたら、以下のようになっていました。


☆時間帯を表す用語


未 明         0時~3時      

明け方          3時~6時      

朝             6時~9時      

昼 前           9時~12時     

昼過ぎ         12時~15時

夕 方          15時~18時

夜のはじめ頃 18時~21時

夜遅く       21時~24時


☆暑い日、寒い日の表現


 猛暑日  最高気温が35度以上

 真夏日  最高気温が30度以上

 夏 日   最高気温が25度以上

 熱帯夜  夜間の最低気温が25度以上

 真冬日  最高気温が0度未満

 冬 日   最低気温が0度未満


 ちなみに、「あられ」は直径5ミリ未満、「ひょう」は直径5ミリ以上だそうです。

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吊り橋理論

 2001年9月11日の同時多発テロ、いわゆる「911」の発生はアメリカ市民の家族観を変えたと言われます。

 その端的な事象が、事件発生後の結婚の急増です。当時、結婚を決意したアメリカ人のある女性は、不安や恐怖の中で一人ぼっちで過ごす孤独感から、誰かと一緒にいたいとの思いが強くなったと述べています。同じような事象の兆候が、東日本大震災後の日本でもみられるそうです。

 ところで、カナダの心理学者がある実験をしました。頑丈な橋と揺れる吊り橋の上で男女の出会いをセッティングしたところ、揺れる吊り橋の上で出会った男女の方が恋愛感情に発展するケースが多かったそうです。不安や緊張を共有したことがそのような感情の発芽となったとするこの実験結果は、「吊り橋理論」として広く知られるようになりました。

 テロや戦争、大規模災害などの後によく見られる結婚の急増を説明する際にこの理論が持ち出されますが、このような大きな事件・災害の発生が人と人の絆、家族の大切さを見直すきっかけになるのは間違いなさそうです。

 ちなみに、911後は、深刻な状況への対応を見て別れを決断するケースや長年続いた関係を「時間のムダ」として清算するケースも増え、自分に何かあった場合の愛する家族の身を案じ、あらかじめ遺言状を作成する人などが増加したそうです。

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三十石船

 京都伏見と大阪間(約44.8Km)を繋ぐ、積載量三十石の快速船です。お米を量る時の一石は、約180リットルになりますが、和船の積量だと、一石は10立方尺になります。これは約0.28立方メートルですから、三十石だと積載量8.4立方メートルの船と言う事で・・・ピンと来ませんね・・・三十石船は、長さが五丈六尺、幅の一番広い所が八尺三寸と言いますから、約17m×2.5mの船、現代での大型クルーザークラスの船、と言うところでしょうか。(クルーザーに乗って外洋を駆けめぐる、などと言う方々とは、まるっきり縁の無い生活してるので、クルーザーの詳細については分かりませんが・・・悪しからず)

 積載量三十石の船なら、すべて「三十石船」と呼んでも良いのですが、江戸期では、大坂・伏見間の淀川を往来したものを、主に三十石船と呼びました。この淀川を往復する三十石船は、幕府から過所・過書(かしょ・かそ、とも、通行手形の様なもの)を得て、運行していましたので、過書船(かしょぶね)とも呼ばれます。

 船賃は享保年間(1716~35)上り172文、下り72文でしたが、幕末の動乱期には上り下りともその数倍になりました。上りが高く、下りが安いのは、下りは川の流れにまかせて、船を操れば良いのですが、上りは櫓や櫂で船を漕いでも船が川を上らないので、船に綱を付けて、船頭は岸辺に上がり、その綱を引いて、船を上らせるという重労働が必要だったためです。また、一人分の料金を払うと、船頭さんが、人一人が座れる大きさのゴザ(シート)を貸してくれます。これを船中に引いた場所が自分のエリアとなります。小さなシート一枚の上で、膝を抱えて行く人もありますし、二人連れなら、二人で三枚のシートを買って、少し余裕を持って、あぐらをかいて行くような事もできます。さらに、お金に余裕があれば、一人で四枚のシートを買って、寝っ転がって行く事も可能です。

 この三十石船は。最盛期162隻が就航しています。朝大坂を出て、夜伏見に着くのを「昼船」、夕方大坂を出て、翌朝伏見に着くのを「夜船」と呼びますが、一昼夜で上り下りをしたとすると一日300便以上、推定9000人が往来したことになります。しかし、この三十石船も蒸気船の就航や鉄道の開通によって、明治の中頃には姿を消します。

 私は落語と江戸以外は、あまり詳しくないのですが、広沢虎造先生の「江戸っ子だってねぇ」、「神田の生まれよ、寿司食いねぇ」で有名な講談「森の石松・金比羅代参三十石船」も、この三十石船の船中での物語です。ここまで、読んでいただければ、お分かりの通り、石松さんが乗ったのは、昼船ですね。

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平均寿命

 日本の男性の平均寿命が前年より1歳長い80歳となり、スイスと並んで世界第2位に浮上しています(WHO、世界保健機構発表、09年時点)。第1位はイタリア半島中部の内陸に位置する富裕国サンマリノで82歳です。

 日本の女性は86歳で第1位を維持し、男女平均は83歳でサンマリノと並んで世界首位。日本の男女平均は統計をさかのぼることが可能な1990年から20年連続で首位となっています。

 世界全体の平均寿命は男性が66歳、女性が71歳で、男女平均は68歳。男女平均の寿命が最も短いのはアフリカ南部のマラウイで47歳。富裕国は寿命が長く、貧困国は短いという傾向が鮮明です。

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原 発

 先日は3号機の汚染水が海へ、というニュースがありその翌日は1号機の燃料棒がすべて落下の可能性、というニュースがありました。

 さて、ゴールデンウィーク中は観光へお出かけになった方も多いことと思われますが、海の向こうでは新たな観光名所が誕生しました。聞いて仰天、フィリピンの観光省が原子力発電所を観光スポットとして一般公開へ!

 放射線とか大丈夫なの?と気になりますが、この「バターン原子力発電所」、23億ドルもの大金をかけて1984年に完成したものの、一度として稼動したことがないといいます。なんでも原発完成後に誕生したアキノ政権が、近くに地震断層や活火山があるため危険と判断、営業許可を出さず、現在に至ってる模様です。
このたび停止される浜岡原発も真っ青、大金を投じて作られながら、この25年間一度も発電したことのない原発があったとは・・・。

 このバターン原発、一般人だとなかなかお目にかかれない原発内部や原子炉も公開予定ということで、後学のためちょっと見てみたくもあります。

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登 山

 何故山に登るのだ?そこに山があるからだ。-これは昔良く聞いた有名なフレーズですが、アバさんなるスーパーシェルパは、自身の持つエベレスト登頂回数記録を更新し21回としたそうです。。凄いですねー。私はいわゆる”山登り”ではありませんが、ハイキングや小山を登ったくらいはあり、どの時もとても気分爽快、気に入りました。

 あの気持ちはどこから来るのでしょうか?達成感と心地良い疲労感。そう考えると仕事も全く同じである気がします。山を登るには途中には様々なアップ&ダウンがあります。それらを超えていかねば登ることは出来ません。長い時間登り続けなければ、決して高い山には登れないことも自明です。楽なことばかりではありません。むしろ辛いことの方が多いかも知れません。しかしそれでも尚、登れば達成感と心地良い疲労感、気分爽快となります。

そういった快感のために登るのではなく、そこに山があるから登ると結果として快感が付いてくるように、仕事も何かのためでなく、仕事をするためにする。私にはそんな風に思えます。何やらうわ言のようですが、それ以外の考え方も出来ないし、つぶやきは書き上げて次の仕事に取り組みたいので今日はここまでにします。 

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発 電

 電力以外のエネルギーを電力に変換する「発電」には、代表的な方法として火力・水力・原子力があります。

 いずれもタービン(発電機)を回すことで電気を得ており、火力と原子力は熱エネルギーを運動エネルギーに変換して(蒸気でタービンを回して)電気を発生させ、水力は位置エネルギー(落下のエネルギー)を利用してタービンを回します。

 その他の方法としては、火山国の日本に豊富な地熱を利用した発電がありますが、発電に適した土地には温泉地が隣接しており、湯量が減ったり温度が下がるなどの影響を排除できないとする温泉地の反対が開発の壁となっています。

 木材チップなどを燃料にした「木質バイオマス発電」は、被災地の廃材を加工して燃料に活用しようとの動きもあります。

 太陽のエネルギーを利用した発電には主として、太陽光を集光して熱エネルギーに変換する「太陽熱発電」と太陽光を直接電気に変える「太陽光発電」があり、風力発電にはタービンを陸上に設置する「陸上風力発電」や凧によって高高度の風を利用する「凧型風力発電」などの形態があります。

 海のエネルギーを利用したものとしては、波のエネルギーを利用した「波力発電」があり、三井造船や日本風力開発などが2012年の発電開始を目指しています。コストの問題はありますが、潮流で水車を回して発電する「海流発電(潮流発電)」は天候に左右されない発電方法として見直される可能性があります。また、潮の干満を利用した「潮汐発電」は日本ではみられませんが、フランスやノルウェーではすでに実用化されています。

 欧州では洋上風力発電が盛んで、日本でも海に風車を浮かべて発電する「浮体式洋上風力発電」の実証研究に向けた調査が始まろうとしています。

 深度のある海域に風車を支える土台を浮かべてチェーンでつなぎ止める仕組みの浮体式洋上風力発電は、世界45カ所超で1000基以上が稼働しており、デンマークでは20万世帯分の年間電力消費量に相当する91基の風車を洋上に建設する計画が具体化しています。また、アメリカは今年2月に大規模な洋上風力発電開発に関する戦略を発表しており、中国や韓国も計画を策定中だと伝わっています。

 日本の海域では、さまざまな条件を考慮して発電設備の設置可能領域を絞った場合でも4800万キロワットの設備容量を確保できるとされ、風力の稼働率を3割とした場合、100万キロワット級の原子力発電所18基分の発電能力に相当するとの試算もあります。

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メートル法

 1875年5月20日にメートル条約が締結されたことから、今日は「世界計量記念日」となっており、日本が条約に加入したのは1885年(明治18年)のことです。

 日本では、明治の頃までは長さの単位は「尺」であり、重さは「貫」が広く用いられていました。

 もともと掌を広げた際の親指先から中指の先までの長さを基準とした1尺の長さは、時代とともに変換し、現在は30.303cmと定義されています。ちなみに相撲の土俵の直径4.55mは、15尺をメートル換算したものです。貫(約3.75kg)は一文銭の中央の穴に紐を通して(貫いて)1000枚一組したことからその呼び名がついています。

 メートル法の施行により長さ・面積・体積・質量の単位を国際的に統一しようと図られてきましたが、対象ごとにそれぞれの基準が今でも存在し、商品市場などでは慣例として昔ながらの単位が使われています。

 例えば、原油の取引単位である「バレル」。バレルの語源は「樽」であり、昔は樽で計られていたビールや穀物などの単位にその名残りがあり、それぞれに体積が違っています。石油の場合は1バレル=42ガロン(米国液量ガロン)であり、リットル換算しますと1バレル=約159リットルとなります。

 上記の「ガロン」も樽の体積に由来しており、どういった樽を基準にするかで体積が違ってくるのですが、米国液量ガロンの場合は「ワインガロン(3.785リットル)」が使われています。ちなみに、カウボーイハットのようなつばの広い山高帽を「テンガロンハット」と言いますが、どの言語にも見られる一種の誇張表現で、10ガロンも入りそうな大きな帽子という意味から来ています。

 ブリキ製の一斗缶は、容量が1斗(10升=18リットル)であったことからその名で呼ばれましたが、それ以前は石油を入れて輸入されたため石油缶と呼ばれており、戦後はその容量から5ガロン缶とも言いました。一斗缶は現在でも主に工業用として使われていますが、家庭用には18リットル容量の赤いポリタンクが普及しています。

 金や銀、プラチナなどの貴金属の取引単位である「トロイオンス」は、中世フランスのトロアという都市で使われていた取引単位で、1トロイオンス=約31gとなっています。ダイヤモンドの「カラット(carat)」は、イナゴ豆に由来し、1カラット=0.2gと規定されています。

 尚、金には「24K」や「18K」のように「K」という単位も存在し、一般的には「24金」あるいは「18ケイ」などと言われることが多いようです。この場合の「K」とうい表記は「krat」の略で、ダイヤモンドの単位と読みは同じですが、ダイヤモンドが質量(大きさ)を表すのに対し、金のカラットは純度(金の含有量)を表しています(「0.9999」のように0から1の数値で表すこともあります)。純金は「24K」ですので、「18K」の場合の金の含有量は24分の18(75%)ということになります。

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宏観異常現象

 東日本大震災の余震が続いていますが、2008年5月12日14時28分、中国・四川省でM7.9の大地震(四川大地震)が発生。死者は9万人超とも報じられています。

 地震発生の数日前からいくつかの「宏観異常現象」(こうかんいじょうげんしょう)が観測されていたそうで、

1)5月10日には四川省で数十万匹のヒキガエルの大規模な移動が見られた

2)四川省に近い湖北省の恩施の池で8万トンの水が5時間でなくなった

3)地震の約10~30分前に色が付いた地震雲が観測された・・・

等々です。

 ちなみに「宏観異常現象」とは、大きな地震の前触れとして発生ないし知覚されると言われている生物的・地質的・物理的異常現象を呼称するものです。犬や猫が激しく走り回ったり、朝焼けや夕焼けが強くなったり、井戸水の水位が変わったり、温泉の温度が上昇したり、リモコンの動作不能など電気製品の不調といったものもあるそうです。

 そう言えば、3月11日午後2:46にこの度の大地震が発生しましたが、たまたまそのちょっと前に空を見ていました。晴天だった空が急に気味の悪い黒っぽい雲で覆われ、不気味な雰囲気になったことが今でも強く印象に残っています。もちろん、たまたまだったのかもしれません。

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交通安全運動

 例年ですと4月に実施されるのですが、統一地方選挙があった影響で今年の春の全国交通安全運動は5月11日から20日までの10日間の日程で行われています。

 警視庁によりますと、交通事故の発生件数は6年連続で減少しているとのことですが、2010年は72万4811件もの交通事故が発生しています。約43秒に1回という高い頻度で交通事故が発生しているということになります。

 よく「自分は今まで事故を起こしたことがないから大丈夫」とか言う人がいますが、事故を起こした人の多くは「今まで事故を起こしたことがない」人なのです。

 つまり、事故を起こしたことがないからと言って、これからも事故を起こさないとは限らないということです。

 交通事故は43秒に1回の割合で発生しており、いつその当事者になってもおかしくないということを肝に銘じたいものです。

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梅雨入り

 そろそろ梅雨入りが気になりだす頃ですが、沖縄・奄美地方では先月30日に梅雨入りしています。奄美地方の梅雨入りは昨年より6日、平年よりも11日早く、4月中の入梅は13年ぶりだそうです。

 ちなみに、各地方の昨年および平年の梅雨入りは下記のようになっています。


<地方>  <平成23年> 平年差 昨年差 < 平年 > < 昨年 >

沖縄   4月30日頃  9日早 6日早 5月 9日頃 5月 6日頃
奄美   4月30日頃 11日早 6日早 5月11日頃 5月 6日頃
九州南部                 5月31日頃 6月12日頃
九州北部                 6月 5日頃 6月12日頃
四国                   6月 5日頃 6月13日頃
中国                   6月 7日頃 6月13日頃
近畿                   6月 7日頃 6月13日頃
東海                   6月 8日頃 6月13日頃
関東甲信                 6月 8日頃 6月13日頃
北陸                   6月12日頃 6月13日頃
東北南部                 6月12日頃 6月14日頃
東北北部                 6月14日頃 6月16日頃

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柳沢吉保

 柳沢吉保(1658~1714)は、五代将軍・綱吉公の側用人として、権力を掌握した方です。綱吉公については、精神的に少し正常を欠く方でして、「ちょっと気にくわない」程度の理由で大名家を改易してしまうような非常 に気難しい面がありました。この将軍を上手く手なずけたのが、柳沢吉保で、 新たに設けられた「側用人」と言う職に任ぜられます。これは、いわば社長の私的秘書のようなものなのですが、幕府の老中・要職たちは、綱吉に直接 会って話しをする事ができず、すべて、柳沢吉保を通して、綱吉に政治に関 するお伺い、決裁をいただくと言うシステムになっていました。つまり、老中たちが苦心して作成した法案も、柳沢吉保が「そんな事は、上様にはお話しできない。」と却下してしまえば、将軍の耳に入る前に、私的秘書の一存で、廃案になってしまうと言う、誠におかしな幕府運営方法が取られていたのです。

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トマト

 初夏の陽気が広がるとともにトマトが旬を迎えています。この時期のトマトの魅力は何と言ってもみずみずしさで、秋の濃厚な味のトマトとはまた違った味わいが楽しめます。

 代表的な品種は「桃太郎」で、果肉がしっかりしていて生食用はもちろん、あらゆる料理に向きますが、この時期はやはり冷やして切り分けて食べるのが美味です。

 ヨーロッパのことわざに、「トマトが赤くなると医者が青くなる」とありますが、Bカロチンをはじめ、リコピン、ビタミンC・E、ミネラル、食物繊維などトマトには毎日の健康維持にもってこいの要素が豊富に含まれています。

 スーパーなどの店先で選ぶ際には、皮に張りがあり、ずっしりと重くて均整のとれた丸いものを選ぶのがコツです。また買ったトマトをおいしく保存するためには、真っ赤なトマトはそのまま冷蔵庫へ、緑色が残っているトマトは室温で赤く熟させてから冷蔵するのがよいです。

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世界人口推計2010年改定版

 国連は先日まとめた「世界人口推計2010年改定版」で、世界の人口が今年10月末に70億人を突破すると予測しています。

 西暦1年頃の世界の人口は約2億人だったと推計されており、西暦1000年頃は3億人で、当時は1億人増加するのに1000年かかりました。時代を下り、1987年に50億人を突破した世界の人口は1999年には60億人に到達。12年で10億人増加したことになります。

 年内に70億人を突破した後は、2025年には80億人に到達する見込みで、その後は人口の増加ペースがやや鈍化するものの、2083年には100億人に達する見通しです。

 このような人口の急増を考えますと、食糧や飲み水、資源、エネルギー等の不足は人類共通の切迫した問題であり、この分野への大型研究開発投資が不可欠となっています。

 尚、昨年10月に国連人口基金(UNFPA)が発表した「世界人口白書」によりますと、2010年の世界の人口は69億870万人となっています。

 世界の人口が70億人を突破するのは今年10月31日の見込みで、国連人口基金は10月24日から「人口70億人達成」へのカウントダウンを行う予定です。

http://mainichi.jp/select/wadai/news/20110505ddm002040073000c.html

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国 誉

 信楽焼を一躍全国区にならしめたタヌキの置物。このタヌキの置物には「八相縁喜」という八つの縁起があり、商売繁盛の縁起物として瞬く間に全国に広まったそうです。タヌキが右手に持つ「御通」あるいは「大福帳」には、「世渡りは先ず信用が第一ぞ活動常に四通八達」(信用こそ世渡りの第一)という意味が込められています。

 ところで、昔の商売は掛売りがほとんどで、大福帳のような単式帳簿が一般的でした。ちなみに、単式帳簿とは銀行の通帳や子供お小遣い帳のように金銭の出し入れのみの記載で、複式の場合は金銭の出し入れとそれに伴う資産の増減も記載します。

 明治の頃、富山で育った黒田善太郎は幼少の頃、家業が人出に渡ったために丁稚奉公となります。紙の卸問屋で、大福帳の表紙を販売する奉公先で寝る間も惜しんで働き、その経験を活かして黒田表紙店として独立します。成功して国(富山)に錦を飾りたいとの思いから作った商標が「国誉(現コクヨ)」でした。

 表紙のみの加工販売から、やがて帳簿そのものを製作するようになり、下請けからメーカーへと成長してゆくことになります。「良い品物を作れ」が口癖だった黒田の作った品物は決して安くはなかったとのことですが、「良い製品は結果として安くなる」との信条で、手作りの良品にこだわったそうです。

 黒田が商売を始める時、知人から「今頃、いい商売など残っているはずがない。もっとお金をもっている人、もっと賢い人たちがすでに始めている。今頃残っている商売はカスの商売だ」と言われたそうです。しかし、自分が出来ることに磨きをかけ、誠心誠意で商品を作り出す黒田は、徐々に客の信頼を獲得していきます。

 戦後、占領軍による経済・財政改革の一環で旧来の財政・税制が大きく変貌をとげることになります。いわゆる「シャウプ勧告」により、それまでの単式簿記から、貸借対照表を加え資産と負債のバランスを見るのに適した複式簿記が導入され、青色申告も制度化されます。ここにきて、黒田の店先に得意先が現金を積み上げて行列をつくるほどに帳簿需要が急激に増大。需要が増大すれば価格を上げるのが通常ですが、「今の状況はアブクのようなものだ。そんなもんに目がくらんではダメだ」とし、原価ぎりぎりの値段で品物を渡していったそうです。そういった行動が結果的にコクヨの地位を確固たるものにしていきます。

 コクヨ創業者の黒田はある時、自身の信条を聞かれて次のように語っています。

「人は無一物で生を受け、父母の恵み、恩師の導き、社会のおかげによって心身ともに成長し、やがて社会に出て一つの仕事を与えられる。それは天より授けられた転職である。天職には貴賎の別なく、人が生ある限り自らの全力を尽くして全うせねばならぬ。天職を全うするには、人の信を得ることがもっとも大切である。人に信を得る最善の道は、自ら誠を以って実行することである。」

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サクラマス

 春に相応しい名前を持つ「サクラマス」(桜鱒)が旬を迎えています。「本マス」とも呼ばれますが、マス科という分類はなく、サケ科に属しています。最近は数が減って幻の魚とも呼ばれ、都内の百貨店では一切れ(100グラム前後)2000円程度という高級魚です。

 川でふ化し、1年半ほど川で過ごした後、海に下ります。このとき川に残り一生を過ごすものが渓流釣りでも人気の「ヤマメ」(山女)で、海に下ったものが「サクラマス」。そして、60センチ近くに成長し、次の春に川に戻ります。

 「サクラマス」の名前の由来は、桜の頃に戻るためとも、産卵の頃に魚体に桜色の模様が現れるためとも言われていますが、英語でも「チェリー・サーモン」と呼ばれています。

 バター焼き、揚げ物などにして食すのが多いようですが、富山名産の「鱒寿司」に使われているのはこの「サクラマス」です。

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ホトトギス

 昨日から「愛鳥週間(バードウィーク)」が始まりましたが、これからの時期は様々な鳥の鳴き声を聞くことができます。

 ウグイスはのどかな声を響かせ、「日晴(ひはる)」が由来のヒバリはさえずりながら天高く舞い上がり、「目白押し」の例えのように身を寄せ合って樹上にとまるメジロなどなど、時おり聞こえる野鳥の声は季節を一層すがすがしく感じさせます。

 初夏に渡来し鳴き始めるホトトギスは日本三鳴鳥の一つで(他はコマドリとオオルリ)、キョキョキョと鋭く鳴きます。この鳥は別名が多いことでも知られ、文目鳥(あやめどり)、妹背鳥(いもせどり)、黄昏鳥(たそがれどり)、子規(しき)、不如帰(ふじょき)、杜鵑(とけん)等々、霍公鳥や不如帰などはそのまま「ホトトギス」と読みます。

 「特許許可局」で知られるホトトギスの鳴き声は、昔の人には「田を作らば早くつくれ、時過ぎぬれば実らず」と聞こえたようで、田植えの時期を教えてくれる鳥でもありました。「時鳥」あるいは「時つ鳥」「早苗鳥」などもホトギスの異称です。冥土に往来する鳥ともいわれ、魂迎鳥(たまむかえどり)等の名もあります。

 ホトトギスは万葉集で最も多く詠まれた鳥でもあり、ウグイスを詠んだ歌のおよそ3倍、150首以上の歌に詠まれています。

 カッコー(郭公)はホトトギスによく似た鳥で、どちらも同じカッコー科に属し、託卵の習性や灰色の体に黒い横斑模様も同じなのですが、鳴き声が違い、カッコーの鳴き声からは閑古鳥の字も当てられました。

 カッコーは賑やかな街中には寄り付かず、鳴き声にはどこか寂しさが漂います。閑という字と相まって、人が集まらなくて閑散としている様を「閑古鳥が鳴く」というようになったそうです。

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水戸の黄門様

 徳川光圀公を「先の副将軍」としていますが、江戸幕府には、「副将軍」と言う役職・地位はありません。尾州徳川・紀州徳川・水戸徳川の御三家は、将軍に継嗣がいない場合、本家(将軍)を継ぐ資格を持っていましたが、「副将軍」と言う名称ではありません。また、尾州徳川家と紀州徳川家は、参勤交代をしましたが、水戸徳川家だけば、江戸在府と言って、江戸に定住し、将軍家を補佐していました。そんなこんなで、 後々、水戸光圀が諸国を漫遊したと言う講談が生まれた時に、徳川光圀=黄門様=先の副将軍、と言うキャッチコピーが出来上がったと思われます。

 また、水戸の黄門様と言っても、実は光圀公だけではないのです。江戸期の官職と位階を簡単にまとめますと、下記のようになります。
官職   位階   主な家柄 
左大臣  従一位  将軍
大納言  従二位  尾州徳川 紀州徳川 将軍継嗣
中納言  従三位  水戸徳川※ 田安 一橋 清水
参議   従三位  加賀前田
近衛中将 従三位  尾州継嗣 紀州継嗣 御三卿継嗣
近衛中将 正四位上 井伊 越前松平 蜂須賀
近衛中将 正四位下 会津松平 高松松平
近衛中将 従四位上 島津 伊達 細川
近衛少将 正四位下 水戸継嗣
近衛少将 従四位上 松江松平 毛利
近衛少将 従四位下 桑名松平 浅野 黒田
侍従   従四位下 立花 柳沢 老中 京都所司代
     従四位下 堀田 大久保 真田 大阪城代
     従五位下 その他の大名 寺社奉行 

 見て頂ければおわかりのとおり、尾州徳川家と紀州徳川家は、大納言ですが、御三家一番下の弟である水戸家は、ワンランク下の中納言です。黄門と 言うのは、中納言の唐名で、中国に「黄門侍郎」と言う役職があり、それが日本の中納言に当たるため、日本でも、中納言の役職の方を黄門と呼ぶのです。しかし、お芝居や映画、小説、テレビなどなどの影響で、黄門=水戸光圀と言うイメージが定着してしまったようですが、水戸家で中納言に昇進した人は、初代・頼房、二代・光圀、三代・綱條、六代・治保、八代・斉脩、九代・斉昭、十代・慶篤がいますので、正確に言うと、水戸黄門は、七人いるのです。

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復興財源

 復興税導入、もしくは復興のためのその他増税は是か非か?復興のための国債増発、即ち国の借金を増やすことは是か非か?復興のために、その他の分野での予算を削減すること、或いは国民年金の再設計をすることは是か非か?様々な議論が行われているようですが、単純にそれぞれを単発で是非を論じることにはあまり意味がないと思っています。

 復興にはお金がかかります。そしてそのお金は空気から作る訳にはいかないので、誰かが負担しなければいけません。全国民か、一部国民か?この場合の一部国民とは、地域別、年齢別、特定の企業との関係、特定の予算の対象者であるか否か、その他モロモロ、色々なケースが理論的にはあり得ます。現代を生きる国民か、将来の国民か?これは債券を発行しても、先日私が提案した奇手でもない限り、単に負担を将来に付け替えているだけですから、時代を超えた負担の違いというのもあり得る訳です。債券を外国に買ってもらっても、最終的には我が国が返さなければいけないので、結局は日本の中での時代別負担の問題になります。

 税はイカン、借金はイカンではなく、負担のあり方を立体的に俯瞰してどうすべきかを考えなければいけません。そのような議論の作られ方が、もっとされるべきではないかと感じています。

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「風が吹けば桶屋が儲かる」

 震災後、高強度・高耐久性、そして耐火性のあるスーツケースが売れているそうです。地震に備えて直ぐに持ち運びが出来るよう、あらかじめ大切なものを入れておくためだそうです。

 その諺は、そもそも「風が吹けば砂ぼこりが舞う、そうすると目の悪い人が増える、眼の悪い人が増えると三味線引きが増える、三味線引きが増えるとネコがいなくなる、ネコがいなくなるとネズミが増える、ネズミが増えるとネズミが桶をかじる、桶をかじると新しい桶を買わなくてはならない・・・。」というように、一つの事象が一見何の関係もないようなところに影響するということを意味しています。

 地震が起こってカセットコンロが売れ、LPガス首位の岩谷産業の株価が一時上昇。また、自転車が売れて自転車専門店を展開する「あさひ」の株価が大きく上昇したという経緯があります。

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江戸の焼き物事情

 焼き物(陶磁器)を、瀬戸物と呼びますが、これは、古くは陶磁器の多くが、現・愛知県瀬戸市周辺で量産されたため、江戸(東日本)では、瀬戸以外で製された陶磁器まで含めて「瀬戸物」と称されるようになったものです。時々、勘違いして、「瀬戸物」は、瀬戸内海周辺の地域で産するからと思っている方がおられる様ですが、誤りです。私も一度、「瀬戸物=瀬戸内海産」説を力説しているオジさんを見た事がありますが、力説を聞けば聞くほど、むなしくなるだけで、読者の皆様は、そんなしったかぶりオジさんにならないようにして下さい。ちなみに、西日本では瀬戸物ではなく、「唐津物」と呼ぶようです。

 京都は焼き物の良い物が多く、京焼(粟田口焼とも、一度焼いた後に上絵付けを施す技法の陶器)、楽焼(ろくろを使用せず手とへらだけで成形する「手捏ね」(てづくね)と呼ばれる方法で成形した後、750~1,100℃で焼成した軟質施釉陶器で、楽茶碗などとも呼ばれます)、清水焼(清水寺への参道である五条坂界隈、大和大路以東の五条通沿い)に多くの窯元があったのが由来)、朝日焼(宇治市で焼かれる陶器で、宇治茶の栽培が盛んになるにつれ、茶の湯向けの陶器が焼かれるようになり、江戸時代には遠州七窯の一つにも数えられています)、御室焼(江戸初期、京焼の大成者、野々村仁清が、京都御室の仁和寺の門前に窯を開いて焼いた陶器。仁清焼(にんせいやきとも))、などなどがあります。

 そして、現代と違い、完璧なリサイクル社会を構成していた江戸は、この瀬戸物(陶磁器)も、とことん使い込みました。現代では、欠けたり、割れたりした瀬戸物は、すぐに燃えないゴミとして、廃棄されてしまいますが、「もったいない」精神が徹底していた江戸では、割れた瀬戸物もリサイクルするのです。

 長屋住まいの庶民は、自宅で使っていた瀬戸物が割れてしまっても、捨てません。台所の隅に保管しておけば、一両日中には、「瀬戸物焼き継ぎ」屋さんと言うぼていふり(天秤棒で荷を担って行商する商人)が来ますので、割れた瀬戸物の修理を依頼します。

 江戸川柳 焼き継ぎ屋 夫婦喧嘩の 門に立ち

 意味はお分かりですよね。長屋で夫婦喧嘩が始まりました。皿小鉢を投げ合うおきまりの展開。それを知った焼き継ぎ屋さん、その長屋の門で夫婦喧嘩が終わるのを待っています。夫婦喧嘩が終われば、割れたお皿や小鉢の修繕が必要となります。ここは一手に引き受けて、一儲けをたくらむ、焼き継ぎ屋さんの商魂たくましさです。

 江戸の初期から中期は、割れた瀬戸物を漆(うるし)でつなぎ合わせて再生していたのですが、江戸も後期の寛政年間(1789?1801)になると、白玉粉で焼き継ぐようになります。この焼き継ぎに使用される白玉粉を、食用の「白玉粉」と混同し、餅米の粉を精白、乾燥させたもの、などと解説している江戸関連の書籍がありますが、これは誤りで、焼き継ぎに使われる白玉粉は、鉛ガラスです。落ち着いて考えれば、餅米の粉で、割れた瀬戸物を接着しても、ご飯や、お付けなどの熱せられた食材を入れれば、すぐに剥離してしまうのは明らかですよね。

 江戸の焼き継ぎ屋さんは、割れた瀬戸物を、鉛ガラスで接着し、さらに、接着した所を、部分的に高温の炎によって加熱する事で、熱せられた食材が入れられても剥離しないように再生してくれたのです。

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お 茶

 夏も近づく八十八夜 野にも山にも若葉が茂る・・・「茶摘み」の歌詞から感じる初夏の趣のように、春と夏が少しずつ入れ替わってゆく季節です。

 お茶はもともとが「養生の仙薬、延齢の妙術」として飲まれており、科学が進歩した現代においても様々な効用がうたわれていますが、さわやかに香りたつ新茶は旬の味わいとともに「無病息災長寿目出度の茶」の縁起物として珍重されてきました。

 長らく抹茶のみだった日本茶文化にあって、葉茶を瑞々しい緑色に煎じて飲料用に供する煎茶の技法を編み出したのは、江戸中期の宇治の人、永谷宋円その人で、宋円の直系の子孫は京都府宇治市で「永谷宗園茶店」を営み、また別の子孫の一人は「永谷園」を創業しました。

 江戸の頃、将軍に献上するお茶を宇治から江戸に運ぶ「お茶つぼ道中」は、大名行列でさえ道を譲らなければならず、「茶つぼに追われてとっぴんしゃんぬけたらどんどこしょ」の歌のように、お茶つぼ道中の障りになるのを恐れた庶民は家中の戸を全て閉ざしてやり過ごしたそうです。

 何はともあれ、おいしいお茶は心を和ませます。ポットから湯呑みにお湯を注ぎ、お湯を冷ましながら湯呑みを暖め、湯呑みが温まったらお湯を急須に移し、少し待ちます。それぞれのやり方で、好みの濃さになったら湯呑みに注ぐ・・・そういった手間も格別な時間です。

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鯉のぼり

 大きな鯉のぼりを上げる家庭が少なくなった現在は、各地域で使われなくなった鯉のぼりを数百匹と集めて泳がせるのが風物詩となっています。久しぶりに大空を泳いでいる鯉のぼりは、まさに水を得た魚のように気持ち良さげです。

 昔は男子が生まれると、家の前に長い竿を立て、その竿をつたって神様が天から降り、子供を守ると信じられていました。そのうち他家よりも神様に目立つようにと様々な色の布を先端に付けることが流行しました。これが吹流しの原型となり、魔除けの意味を込めて五行説に由来する五色(青、赤、黄、白、黒)を配するのが一般化し、同時に人が常に守るべき五常(儒教)の心「仁・義・礼・智・信」も表しています。

 また、この日にひげ面の恐ろしげな閻魔様のような人物が描かれた錦を飾るご家庭もあるかと思います。鍾馗(しょうき)様と言って、左手で悪鬼を抑え、右手に破魔の剣を持つ鬼神で、中国の故事によりますと実在した鍾馗は秀才でもあったことから、子供を病魔から守り、学問の神様として飾られるようになりました。また、「日本の張飛」「花実兼備の勇士」「天下無双の大将」と称えられた徳川十六神将・四天王の一人、本多忠勝の旗印としても鍾馗の絵柄は有名です。

 子どもの日の食べ物としては、チマキと柏餅があります。チマキは武士の携帯食の名残であるとともに、古代中国の楚の詩人、屈原の命日(五月五日)に茅(ちがや)の葉で包み五色の糸で結んだ米を川に流して弔ったことがそもそもの起源とされ、難を逃れるという意味合いもあります。柏の葉は、新芽が出てくるまで古い葉が落ちないことから、「家が途絶えない」という願いが重ねられています。

 昔から受け継がれてきたすべての行事には意味があり、未来への願いが込められています。今、被災地の空にも鯉のぼりが泳いでいます。それはあたかも健在の証であり、復興への意思であり、不屈の旗印のようでもあります。

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端午の節句

 「こいのぼり」が泳ぐ季節、「端午の節句」が明日になりました。他の魚と比べて生命力が強く、多少汚れた沼地や池でも平気な鯉(こい)は、子供の健やかな成長を願う親心の象徴となっています。

 中国の故事に『鯉が黄河の急流を登り、その水脈(登竜門)に達したとき、龍になる』という言い伝えがありますが、「こいのぼり」を立てることは、元気に成長して立派になってほしいという願いを託した親の気持ちの表れそのものと言えます。

 ちなみに、「端午」とは1月7日の人日(じんじつ、七草の節句)、3月3日の上巳(じょうし、桃の節句)、7月7日の七夕(たなばた)、9月9日の重陽(ちょうよう、菊の節句)といった五節句の一つです。

 中国の陰暦では5月は物忌み(ものいみ)の月とされ、5月5日を重五(ちょうご)と呼んでいました。災いや病気を祓う(はらう)日とし、蘭の湯に浸かる、菖蒲(しょうぶ)入りのお酒を飲むなどの風習がありました。日本の宮中でも同様な行事が催されました。

 やがて、宮中から武家の世の中に移ると、武士達はこうした行事から「菖蒲」を「尚武」(武道を重んずる)とかけて、5月5日を尚武の節目の行事とし、盛んに端午の節句を祝うようになります。

 江戸時代になると、端午の節句は男子の節句とされ、武家の男の子の出世を祝う日として定着してゆきました。子供が強く、たくましく育ってほしいという気持ちから、武者人形やのぼりを飾りました。それを真似、庶民の間で紙で出来た鯉を飾ったのが、「こいのぼり」の始まりと言われています。

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初がつお

 この時季になりますと、「目には青葉 山ほととぎす 初がつお」という新緑したたる清新な季節感をうたった山口素堂の名句を思い出します。カツオは熱帯の海から春先に九州近海に来遊、北海道沿岸に向かって北上して、身に脂を乗せて晩夏から秋にかけて南下します。「上りカツオ」を初ガツオ、下ってくるのを「戻りガツオ」と呼びます。

 あっさりして、さわやかな「上りガツオ」がやはり人気があり、「戻りガツオ」の脂はややしつこいようです。かつてはマグロも赤身を最上としてトロは一段下に見られた時がありますが、トロが看板になった今でも「戻りガツオ」は脂がくどいと使わないすし屋も多いと聞きます。

 しつこい脂を嫌い、あっさり感を好むのが江戸っ子の気風ですが、江戸っ子たちが初ガツオを珍重しましたのも、新鮮さ、みずみずしさのためのようです。初ガツオは値が張りますが、「女房を質に置いても」食べたかったというくらいであり、旬のカツオはたたきや刺し身はもちろん、煮ても焼いても炊いても美味しいです。

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頭語と結語

 手紙文を書く際に時折迷うのが、頭語(冒頭に書く言葉)と結語(結びに書く言葉)の組み合わせです。例えば、「拝啓」で始めて「敬具」で締めるのが一般的な頭語と結語の組み合わせで、「拝啓」は「拝=つつしんで」「啓=申し上げる」という意味となり、「敬具」は「敬=つつしんで」「具=申し上げました」という結びになります。

 手紙を出す相手が媒酌人や恩師などの場合には、より丁寧な頭語と結語を使います。例えば、「謹啓」→「敬白」などで、「拝啓」→「敬具」と意味は同じですが、より一層丁寧な表現になります。

 また、急用の手紙の場合には、「急啓」→「草々」と書き、時候のあいさつを省略する場合には、頭語を「前略」「冠省」などと書き、結語は「早々」などで結びます。「早々」とは、「ぞんざいな走り書きで、失礼しましす」という意味となります。死亡通知やお悔やみなど弔事の手紙には、頭語を省くのが習わしで、「敬具」などの結語は使ってもよいそうです。

 尚、女性の手紙では頭語はあまり使わず、結語は「かしこ」で終わるのが一般的です。「かしこ」とは「恐れ多い」という意味の「畏し(かしこし)」の語幹で、「これで失礼します」といった意味となります。

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ゴールデンウィーク(2)

 昨年の映画業界は「3D元年」と言われ、年間の興行収入は過去最高を記録しました。

 今年も好調を維持するかと思われましたが、大震災の影響は大きく、計画停電で営業時間が縮小されたり、休業した映画館も相次ぎ、書き入れ時の春休みシーズンは、シネコン大手のワーナー・マイカルの3月の動員数が前年比25%減、TOHOシネマズが同13%減と軒並み前年割れとなりました。

 また、例年は大型連休に向けて大作や話題作が封切りになりますが、今年は「地震」「津波」「原発」に関係した作品の他、ふさわしくないとして派手なアクションやパニック大作の公開延期・中止が相次いでいます。

 そのような状況では映画業界にとって今年の大型連休はダメかと思われますが、実際はそうでもないとの意見もあります。

 やはり震災の影響で、旅行や行楽など遠出して何かをするということが手控えられた反面、近場のレジャーとして映画鑑賞が見直された形跡があり、実際に4月に入ってからの動員数が大幅に増加した映画館が多かったようです。

 また、大作が少ないということに関しては、その代わりと言ってはなんですが、家族連れでも大人同士でも楽しめる良質なドラマや感動作がそろっているそうです。

 JTBが震災発生1カ月後の今月前半に行った調査では、「今、どんな気分転換がしたいか」という設問に対して、「映画館やコンサート、ライブに行きたい」との回答は「温泉でのんびり」「外食で美味しいものが食べたい」に次いで多かったそうです。

 そもそも「黄金週間(ゴールデンウィーク)」の名は、興行成績が良い期間として映画会社が名付けたのが始まりです。今年はのんびりと良質の映画に触れるいい機会なのかもしれません。

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