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2011年10月

ハロウィン

 今日は古代ケルト人の収穫祭を起源とする「ハロウィン」です。日本におきましてもカボチャをくりぬいて作った「ジャック・オー・ランタン」のオレンジ色がこの時期の街の色としてすっかり定着した感があります。

 ハロウィンが過ぎますと、デパートなどではクリスマスに向けた飾りつけが始まり、来年の年賀状が明日発売になるなど、追い立てられるように気ぜわしさが増していきます。

 追い立てられると言えば、大抵どこの家庭や職場でもいたるところに時計がありますが、時計がないと不安という方が少なくありません。また、少し進ませたり時間がずれた時計がいくつもあり、どれが本当の時間なのか分からなくなってしまったというケースもよくある話です。「情報」についてもそうですが・・。

 時間を管理しているのか時間に管理されているのか分からない状況の人が少なくないように思う今日この頃です。

 ところで、質問に対する答えから深層心理を明らかにする心理テストの一つに「あなたにとって時計とはどんな存在ですか?」というのがあります。

 この質問の「時計」を「妻」や「夫」あるいは「恋人」に置き換えますと自分にとって相手はどのような存在かが浮き彫りなるというものです。皆様の場合はいかがでしょうか?

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江戸の漬け物事情

 米糠を使った糠味噌漬けとタクワン(タクアン)は、江戸時代に考案されました。現代でも、頻繁に食卓にあがるこの漬け物は、江戸では常備食であり、冷蔵庫が無い江戸時代でも長期間保存が出来る保存食であり、ビタミンB1、ビタミンCを豊富に含む栄養食でもありました。

 古く日本は玄米食でした。室町時代に中国から「唐臼(からうす)」と言うお米を精米する臼が伝わりましたが、その臼を使って、精白したお米を食べていたのは、ごく一部の上流階級の方だけです。やがて、時代が進み、家康公が天下を平定し、平和な江戸時代が訪れると、庶民にも精米した「白いご飯」が普及します。そして、お米を精米する時に出る「糠」を利用する漬け物が発達するのです。江戸初期の元禄八年(1695)に刊行された、有名な食物書籍の「本朝食鑑」には、すでに糠味噌漬けが取り上げられており、「糠を大豆の煮汁に入れ、塩を加えて、かき混ぜた中に野菜を漬ける」と書かれています。現代の糠味噌付けと同じ作り方です。

 大豆の煮汁を使うのは、大豆から抽出されたタンパク質が、糠により発酵してアミノ酸に分解されると旨みが出るからなのですが、タンパク質もアミノ酸も発酵も知らないはずの江戸人たちが、この様な美味しい野菜の調理法を考えるなんて、改めて江戸人たちの総意工夫に感心してしまいます。

 そして、江戸も後期になると、漬け物の種類は増え、「四季漬物塩嘉言(しきつけものしおかげん)」と言う漬け物専門誌には、六十四品もの漬け物の漬け方が紹介されています。

 一方、タクワンの方ですが、大根は日本でも紀元前から栽培されていたと言われる野菜で、江戸時代に入り、その需要が増えると、品種改良も進み、蕎麦の薬味には、信州景山大根などの辛みの強い品種が作られ、漬け物用には、大振りな尾張大根や、練馬大根が供給されるようになります。初期は、ただ大根を塩で漬けただけの「大根漬け」と呼ばれる漬け物でしたが、米糠を使用する事により、味が良くなる事が分かると、この漬け方が全国に広まります。

 やがて、この漬け物を「タクワン(タクアン)漬け」と呼ぶようになります。この呼称は、江戸初期の臨済宗の僧侶である沢庵(タクアン)和尚(1573~1645)が考案したから、と言うのがもっぱらですが、三代将軍家光公が、この漬け物を食べ、その味を絶賛し、さらに「長期間保存が利く」と聞かされて、「蓄え(たくわえ)漬け」と命名したから、と言う説もあります。

 江戸でのタクワンの漬け方は、練馬大根などの大振りの大根を二十日ほど干して、水分を取った後、四斗樽(容積約七十二リットル)に百本ずつまとめて漬けます。このため、タクワンには「百本漬け」と言う別称もあります。四斗樽に百本の大根を漬け、そこに加える塩や糠の量を加減する事で、三年漬け、五年漬け、七年漬けなど、保存期間を調整する事も出来ます。

 ちなみに、江戸研究のバイブル「守貞漫稿」によると、上方は自宅でタクワンを漬けますが、家屋の狭い江戸では、自家製のタクワンは稀。比較的裕福な家庭は、練馬の農家と一年間に必要な分を、前払いで年間契約して、定期的に馬で運んでもらいました。しかし、落語に登場する熊さん八っつぁんのような裏長屋の貧乏所帯は、漬け物を売る棒手振り(ぼていふり=天秤棒で荷を担って売り歩く行商人)から、その都度、必要な分だけを購入していました。

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秋の空

 雲一つない秋晴れも良いのですが、きらきらと輝き規則正しく遠くまで並ぶ雲は見ていて気持ちを広々とさせてくれます。

 さざ波のような、あるいは小石を敷き詰めたような白い雲は「巻積雲」と言われる雲の一種で、魚の群れのようにも、魚の鱗のようにも見えるため一般的には「鰯雲」あるいは「鱗雲」などと呼ばれます。

 また、巻積雲は低気圧が近づいた時に現われるため、昔から「鰯雲は雨の報せ」と言われます。鰯雲が出ると鰯がよく獲れるそうですが、漁に夢中になり、潮時を見て引き上げることを忘れ、嵐に巻き込まれたというケースもあるそうです。

 ちなみに、天気図などなかった昔は、自然の様々な現象から天気の予測を行っていたのですが、例えば下記のような言い伝えが残っています。

 雨に関するものとしては「北風が南風に変わると雨」「茶碗の飯粒がきれいにとれる時は雨」「山に笠雲かかれば雨」等。好天に関するものとしては「秋は西が明るいと晴れ」「朝虹は雨、夕虹は晴れの前兆」「トビが鳴いて空を舞えば日和」「夕焼けに雨なし」等々。

 風に関するものには「星が激しくまばたくと強風」「高い雲と低い雲が逆方向に流れると強い雨風」「秋雨蒸し暑ければ大風」「朝、西空に虹が見えたら突風の前兆」などがあります。

 他にも地域ごとに様々な言い伝えがありますが、田畑や山を生活の場にしていた人々(農家や猟師)にとりましては「明日は晴れか雨か」が重要であり、海に関わる人(漁師)は「風はどうか」という観点に重点が置かれたようです。

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我が馬券哲学

 菊池寛は、私費で雑誌「文藝春秋」を創刊、日本文藝家協会を設立し、芥川賞や直木賞を設立した昭和の文豪です。事業で成功し、「文豪」のイメージらしからぬ才能も持ち合わせていました。

 競馬に熱中していたことでも知られた菊池寛は、「我が馬券哲学」として手記を残していますのでご紹介したいと思います。(抜粋)


一、馬券は尚禅機の如し、容易に悟りがたし、ただ大損をせざるを以て、念とすべし。

一、堅き本命を取り、不確かなる本命を避け、たしかなる穴を取る。
  これ名人の域なれども、容易に達しがたし。

一、穴場の入口の開くや否や、脇目もふらず本命へ殺到する群集あり、本命主義の邪道である。他の馬が売れないのに配当金いずれにありやと聞いて見たくなる。(中略)

一、二十四、五円以下の配当(小配当)の馬を買うほどならば、見ているにしかず。何となれば、世に絶対の本命なるものなければなり。

一、その場の人気の沸騰に囚われず、頭を冷徹に保ち、ひそかに馬の実力を思うべし。その場合の人気ほど浮薄なるものなし。

一、「何々がよい」と、一人これを言えば、十人これを口にする。
  ほんとうは、一人の人気である。
  しかも、それが十となり百となっている。これが競馬場の人気である。

一、「何々は脚がわるい」と云われし馬の、断然勝ちしことあり、またなるほど脚がわるかったなとうなづかせる場合あり、情報信ずべし、然もまた信ずべからず。

一、剣を取りて立ちしが如く、常に頭を自由に保ち、固定観念に囚われる事なかれ。

一、一日に、一鞍か二鞍堅い所を取り、他は休む人あり。小乗なれども、また一つの悟道たるを失わず。大損をせざる唯一の方法である。

一、損を怖れ、本命々々と買う人あり、しかし損がそれ程恐しいなら、馬券などやらざるに如かず。

一、一日に四、五十円の損になって、よき鑑定をなし、百四、五十円の中穴(好配当)を一つ当てたる快味あれば、償うべし。

一、人にきいて取りたる二百円は、自分の鑑定にて取りたる五十円にも劣るべし(と云うように考えて貰いたいものである)。

一、サラブレッドとは、いかなるものかも知らずに馬券をやる人あり、悲しむべし。馬の血統、記録などを、ちっとも研究せずに、馬券をやるのは博打打ちである。

一、厩舎よりの情報は、船頭の天気予報の如し。関係せる馬について予報は詳しけれども、全体の予報について甚だ到らざるものあり。厩舎に依りて、強がりあり弱気あり、身びいきあり謙遜あり。取捨選択に、自己の鑑定を働かすにあらざれば、厩舎の情報など聞かざるに如かず。

一、自己の研究を基礎とし人の言を聞かず、独力を以て勝馬を鑑定し、迷わずこれを買い自信を以てレースを見る。追込線に入りて断然他馬を圧倒し、鼻頭を以て、一着す。人生の快味何物かこれに如かんや。(中略)

一、馬券買いに於て勝つこと甚だ難し。ただ自己の無理をせざる犠牲に於て馬券を娯しむこと。(中略)勝たん勝たんとして、無理なる金を賭すが如き、慎しみてもなお慎しむべし。(中略)

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天高く馬肥ゆる秋

 「天高く馬肥ゆる秋」と申しますが、実際に今の時期は空が高く見えます。

 空気の乾燥と気温の低下で、悪天候につながる上昇気流が起こりにくいということが理由で、このことは大気中の細かいチリやホコリを減らす働きもあり、それゆえ空が高いところまで見通せて、高く感じそうです。

 ところで、馬と言えば10月は、先日の「スプリンターズステークス」や16日の「秋華賞」、そして23日の「菊花賞」や30日の「天皇賞(秋)」など、知名度の高い競馬の重賞レースが相次ぎます。

 ちなみにこの場合の「重賞」という語は、英語で言うところの「パターンレース(Pattern race)」から来ています。パターンレースとは「毎年一定の時期に一定の条件で繰り返し行われる競走」のことで、「型どおりに重ねて賞を行う」との意訳から出来た言葉だそうです。

 重賞は、実際上「重要なレース」に違いないのですが、元となった「パターン」という言葉に「重要な」という意味はないとのことです。

 なお、「天高く馬肥ゆる秋」の慣用句は、秋になって晴れ渡るようになると馬も食欲を増して逞しくなってくることから転じて、秋晴れを表現する言葉として使われています。

 しかし元々の意味は、古来中国では秋になると北方の騎馬民族が秋の実りを略奪しにやってくるため、「馬肥ゆる」には北から略奪しにやってくることへの戒めの意味があるそうです。

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シシャモ

 「柳葉魚」と書いて「シシャモ」。これからそのシシャモが旬となります。卵の食感が魅力のメスの子持ちシシャモが人気ですが、オスも身が締まっていてなかなかです。アイヌの人々の間で、シシャモは神様によって柳の葉からつくられたと言い伝えられてきました。このため、漢字では「柳葉魚」と書くそうです。

 一言で「シシャモ」と申しましても、日常、スーパーや居酒屋などで目にするシシャモは実は本物ではないケースが多いそうです。国内で出回るシシャモのほぼ9割がノルウエーなどからの輸入物が中心で、北海道産のものは1割未満に過ぎません。

 輸入物はシシャモではなく、カペリンという品種で、店頭でラベルを見ますと「カラフトシシャモ」という名で並んでいます。生態的な面も全く違っていて、シシャモは秋に川を遡上して産卵しますが、カペリンは一生海で暮らします。

 栄養面で申し分ないシシャモは、6匹程で1日に成人が必要なカルシウムの所要量の600mgが含まれているそうです。その他にA・B2・D・Eなどのビタミンが多く、干し物にすることによりビタミンDが増加、カルシウムの吸収を助ける効果もでてくるそうです。

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サツマイモ

 食品売り場には秋の味覚がたくさん並んでおり、サツマイモもその中の一つとして彩を添えています。

 実際のサツマイモの新芋の時期はもっと早い時期ですが、今時分、秋から冬にかけて、貯蔵して少し水分が抜けたくらいの方が甘みが増して美味しくなります。

 サツマイモの種類は多く、よく見かけるのが、皮が赤、実は黄、ほくほくした食感の「紅あずま」や「紅小町」といった品種です。埼玉県の川越で栽培されていた「川越いも(紅赤)」は「金時」とも呼ばれ、江戸の頃の諸国名物番付「天保時代名物競」に「サツマイモといえば川越」と記されたほど、当時からすでに美味しいサツマイモの代名詞となっていたようです。

 ちなみに、関東のサツマイモ栽培は、飢饉の際の救荒作物として、江戸時代の初期の蘭学者、青木昆陽(甘藷先生)によって広められたといわれます。

 当初、焼き芋は栗に近い美味なる甘さという意味で「八里半」と呼ばれましたが、そのうち「栗より(九里四里)うまい十三里」という看板を立てる焼き芋屋が現れ、人気を博したそうです。

 当時、産地の川越が江戸から十三里の距離にあったことに由来するという説もあり、そうした経緯などから「川越いも友の会」はサツマイモの旬の時期とも重なる今日10月13日を「さつまいもの日」と制定しています。

 尚、昔ながらの焼き芋ももちろん美味しいですが、サツマイモを材料に風味をそのまま残して作られた洋菓子・和菓子も、これまたほっぺたが落っこちるほど美味です。

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サ バ

 青い魚と書いて『鯖』,、その名の通り「青魚の王様」と言われ、栄養価が高く、いよいよこれから旬となります。秋の深まりとともに体がふっくらとしてきて、古くからその美味しさが知られていますが、江戸時代には将軍家への献上品となったほどです。

 血液をさらさらにして血中のコレステロール値を下げるとされるエイコサペンタエン酸(EPA)や脳を活性化するとされるドコサヘキサエン酸(DHA)、その他、たんぱく質、鉄分、ビタミンB1、B2・・・等々、豊富な栄養素が含まれています。

 食べ方も色々で、みそ煮、酢でしめた締めサバ、水煮、竜田揚げ、フライなどがあるほか、缶詰もおなじみです。ただ、「サバの生き腐れ」という言葉がありますように、鮮度が長持ちせず、普通は刺身では食べられません。

 スーパーなどの店頭で選ぶ際は、目が澄んでいて、皮に張りがあるもの。腹がしっかりした太めのものを選ぶと良いそうです。

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政令指定都市

 来年4月1日付けで、熊本市が全国で20番目、九州では3番目の政令指定都市となることが18日の閣議で決定しました。

 政令指定都市になりますと県から多くの権限が移譲され、県とほぼ対等の権限を有することになります。例えば、多くの事務で県知事の許認可や承認等が不要になり、県道や市街地開発事業などについての決定権を持つようになります。また、必要経費の増大に伴い、石油ガス譲与税や宝くじ発売収益金が新たに交付または配分され、地方道路譲与税等の増額など、財源も拡大します。

 参考までに、熊本市を含む政令20都市の人口ランキングは以下のようになっています。※各自治体ホームページに掲載された最新のデータに基づく。

横浜市  (369万人)   仙台市  (104万人)
大阪市  (267万人)   北九州市 ( 97万人)
名古屋市 (226万人)   千葉市  ( 96万人)
札幌市  (192万人)   堺市   ( 84万人)
神戸市  (154万人)   浜松市  ( 81万人)
福岡市  (147万人)   新潟市  ( 80万人)
京都市  (147万人)   熊本市  ( 73万人)
川崎市  (143万人)    静岡市  ( 72万人)
さいたま市(123万人)   相模原市 ( 72万人)
広島市  (118万人)   岡山市  ( 70万人)


 尚、政令指定都市に指定されるには、人口100万人以上というのが要件ですが、去年3月までに大規模な合併をした自治体については70万人をめどに指定できることになっています。ただし、70万人以上という要件に基づく政令指定都市の指定は熊本市が最後で、今後は100万人が基本になります。

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 いよいよ秋めいてきましたが、収穫の時期で食べ物が飽きるほどあることから「飽き」が語源の一つであると言われます。余ったものを交換し融通し合うようになったことから「あきない」という言葉が派生したという説もあります。

 また、秋は「とし・とき」とも読み、歳月や時間の経過を表すこともあります。「一日千秋の思い」は「一日が非常に長く感じられること」を表し、「春秋」と言えば「年月」あるいは「年齢」を表します。

 ちなみに、清少納言は「枕草子」で「秋は夕暮れ時が一番良い」としましたが、秋と夕暮れを題材にしたものとしては「新古今和歌集」に収められた「三夕(さんせき)の歌」(下記)が非常に有名です。


  さびしさはその色としもなかりけり
        まき立つ山の秋の夕暮     寂蓮法師
                        

  心なき身にもあはれは知られけり  
        鴫たつ沢の秋の夕暮      西行法師
             

  見わたせば花も紅葉もなかりけり
        浦のとまやの秋の夕暮     藤原定家朝臣
                

 補足としまして、三夕の歌の三人の作者は、清少納言よりもずっと後の人です。また、三夕の歌はともに三句目が「けり」で終わる三句切れ、最後の五句目を「秋の夕暮」で体言止めにした同形式の歌ではありますが、句の向こう側に見える心象風景は三者三様となっています。

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紅 葉

 風速1メートル(毎秒)で体感気温は1度下がると言われます。

 秋の夜の演出のひとつだった虫の声も、そろそろ鳴りを潜める頃です。虫は外部の気温とともに体温が変化する変温動物で、それによって活動も左右されます。気温が下がるにつれゆっくりと鳴くようになり、15度を下回るようになりますとほとんど鳴かなくなってしまいます。

 さらに気温が下がって最低気温が8度以下になると木々が色づき始め、それから約3週間後に紅葉が見頃となります。標高が100メートル高くなるにつれて気温は0.6度ずつ低くなり、北の方から、高い山々からしだいに色づいてきます。

 都心部で最低気温が10度を下回ってくるのは、例年ですと1カ月程度先になりますが、関東では栃木県の日光、群馬県の赤城山や草津あたりの山々は色づき始めているそうです。

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 秋の味覚「柿」が旬を迎えつつあります。『柿が赤くなれば、医者が青くなる』といわれるほど柿には多くの栄養素が含まれています。

 ビタミンC・カロチン・食物繊維・カリウム・タンニン(渋味の原因)などが豊富で、その他にも、ビタミンK、B1、B2、カロチン・ミネラルなどが多く含まれています。『二日酔いには柿』ともいわれますが、ビタミンCとタンニンには血液中のアルコール分を外へ排出する働きがあり、豊富なカリウムには利尿作用があるからだそうです。

 良い柿の選び方は、「ヘタ隙き」でないものを選ぶということです。「ヘタ隙き」とは果肉とヘタの間に隙間(亀裂)ができる現象で、虫が入る原因となります。虫が入りますと、その部分の色が熟れたように変色して、果肉が軟らかくなってしまいます。その状態を「色虫実」と言うそうです。

 柿を選ぶ際には、ヘタが果実に張り付いているようなものを選ぶのが良いようです。柿には4つの溝があり、その溝にそって切れば種を切ることはないそうです。

 ふと、英語で「柿」を何と言うかと気になって調べましたら、「Persimmon」(パーシモン)となっていました。「干し柿」は「dried persimmon」です。

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神無月

 十月は全国の八百万(やおよろず)の神々が、来年の天候、農作物や酒の出来不出来、人の縁結びなど諸々の相談のため出雲へ出払ってしまいますが、留守を預かる留守神もいます。

 その代表が、七福神の一柱で、烏帽子をかぶり、肩に釣竿、大きな鯛を抱えたご機嫌なおじさんの恵比須さま(えべっさん)です。恵比須さまは、海と漁業の神であり、農村にあっては田の神となり、商売繁盛の神でもあります。

 そして、恵比須さまを祭り、商売繁盛を祈念するのが「えびす講」です。関西では正月十日の「十日えびす」が有名ですが、地域によって時期は様々で、今日十月二十日に行うところもあります。

 ちなみに、昔は中央の権力が及ばない異邦の者のことを「えみし」とか「えびす」と呼んでいたことから、恵比寿さまも外来の、海を渡ってくる神であったとされています。また、恵比須さまにはいくつかの系統があり、少彦名神(すくなひこなのかみ)や事代主神(ことしろぬしのかみ)、または蛭子神(ひるこのかみ)を祭神として祀ります。その蛭子系恵比須の総本社が兵庫県の西宮神社で、毎年正月の十日えびすの際は参拝の一番乗りを競う神事「福男選び
」が大変有名です。

 十月は神無月と申しますが、「神様が出払って居ないんだから自力でなんとかしろ」などと突き放したりせず、留守神を置くことで救済の余地を残しています。程良い加減に曖昧さを残し融通をきかせる・・・先人の知恵です。

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軽自動車

 東京の自動車保有台数における軽自動車の割合・・・17.7%です。

 10%台は、47都道府県のうち、ただひとつです。

 このことだけ見ても、東京にいると地方の状況が理解できないのがよくわかります。

 和歌山
 鳥取
 島根
 高知
 長崎
 沖縄

 これら6つの県では、50%を超えています。

 つまり、県内の自動車のうち、半分以上が、軽自動車。


 40%超をみてみると・・・、

 青森
 岩手
 秋田
 山形
 山梨
 新潟
 長野
 福井
 三重
 滋賀
 岡山
 広島
 山口
 香川
 愛媛
 徳島
 佐賀
 熊本
 大分
 宮崎
 鹿児島

 以上、21県。  50%超の県を加えると、合わせて27県になります。


 これまで軽自動車を販売してこなかったトヨタが、いよいよ販売をはじめるというのも、よくわかります。


 軽自動車の普通車と比較したメリットには何があるかというと・・・

・車体の価格が安い。
・燃費がいい。
・自動車税が断然安い。
・車検費用が安い。
            などなど

 経済面では、断然有利ですね。

 ただ、居住性や安全性などでは、普通車に軍配が上がりそうです。

 長距離移動も、軽自動車は向かないでしょうね。
 


 地方では、公共の交通機関が不便なこともあり、一家に2台以上、車があるのが当たり前といってもいい。

 東京以外の地では、ひと昔前の自動車保有の目的である「ステータス」は、すっかりなくなってしまったといってもいいかもしれません。

 トータルのコスト負担と、近場の移動手段という目的を考えれば、断然、「軽」が合理的な選択ではないでしょうか?。

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自動車保険

 現在の自動車保険(任意保険)の仕組みをご存じですか?

 無事故の期間に応じて保険料を割り引く制度がとられており、私たちドライバーは、1等級から20等級までの20段階に割り当てられ、等級が大きくなるほど、割引率が大きくなります。

 最初に自動車保険の契約をするときは、6等級からスタート。6等級の保険料係数(割引率)は、▲17%です。

 1年間無事故だと、等級が1ランクあがり、7等級になります。7等級の保険料係数(割引率)は、▲23%。

 長期間無事故が続くと、毎年1等級ずつ昇進し、20等級になると、保険料係数(割引率)は、▲37%。

 逆に、1回事故を起こすと、翌年は一気に3ランクダウン。6等級の人は、3等級になります。この場合保険料は割引ではなく割り増しになり、アップ率は、+10%。

 事故を2回起こすと6ランクダウン。1等級のアップ率は、+52%。



 この仕組みが変わりそうです。

 事故を起こすと、以後3年間は、保険料が高くなるという仕組みに。

 7等級から20等級までを、それぞれ「事故あり」と「事故なし」に分けます。

 つまり、「事故なし7等級」と「事故あり7等級」ができ、同じ等級でも当然、「事故あり」のほうが割引率は低い。

 事故なし7等級の割引率は、▲30%。
 事故あり7等級は、▲20% ・・・・・・というふうに。

 事故なし20等級の人が、事故を1回起こした場合、翌年は、「事故あり」+「3等級ランクダウン」となり、「事故あり17等級」になります。

 その年に事故がなかった場合、翌年は「事故あり18等級」。
 また事故がなければ「事故あり19等級」。
 3年間事故がなければ、晴れて、「事故なし20等級」。元に戻れるというわけです。


「事故なし20等級」の人が1回事故を起こすと、翌年は「事故あり17等級」になり、保険料は7割近くアップします。


・・・・安全運転を心がけることが、家計にとって大きなプラス。


 新しい仕組みの導入は、2013年度からになりそうです。

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コーヒー

 一般的に「年度」という場合は「会計年度」を指していますが、他にも慣習や業界によって様々な「年度」のくくりがあります。ちなみに、10月から新しい年度が始まるものとしてはコーヒーがあります。


「やわらかな誰が喫(の)みさしし珈琲ぞ 紫の吐息ゆるくのぼれる」北原白秋


 最近は病気予防効果なども注目されているコーヒーですが、世界に広まる前はイスラム圏で「秘薬」として飲まれており、キリスト教圏では悪魔の飲み物とされていました。しかし、そのおいしさを知ったバチカンの法王が、コーヒーに洗礼を施し、キリスト教徒のコーヒー飲用に許可を与えてからまたたく間に西欧に広まったと伝わります。

 以来、コーヒーは多くの人を虜にしてきました。コーヒーを愛したナポレオンは「体を温め、勇気を出してくれるこのコーヒーを兵士達に与えよう。余の作戦と兵士達がいれば、世界は余の手のひらにあるも同然」と語り、大のコーヒー党であったルソーは「ああ、これでコーヒーカップを手にすることができなくなった」と辞世に残しています。

 そして、コーヒーを語った中で最も有名な言葉は下記になるかと思います。


「悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、

    恋のように甘く、そして・・・あなたのようにほろ苦い」


 この言葉には様々なバージョンが存在しますが、トルコの諺やフランスの政治家タレーランの言葉が原型になっています。

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寝 相

 朝晩涼しくなってきたおかげでようやく夜の寝苦しさから解放されましたが、皆様はご自身の寝相をご存じでしょうか。寝相と性格の関連性についてはいくつかの調査結果がありますが、その中の一つをご紹介したいと思います。

 1)体を丸めて寝る「胎児」型(全体の41%)
       → 頑固そうに見えても内気で繊細なタイプが多い。

 2)横向きで脚を伸ばし、腕は体に沿っている「丸太」型(同15%)
       → 楽天家で社交性のあるが騙されやすい面も。

 3)横向きで脚を伸ばし、腕を体の前に持ってくる「切望」型(同13%)
       → 開放的な面がある一方、疑り深く頑固でもある。

 4)仰向けで腕をわきにつけた「兵士」型(同10%)
       → 性格はおとなしく保守的だが自分にも他人にも厳しい。

 5)うつぶせで手を頭の両側に置く「自由落下」型(同7%)
       → 率直で社交好きな性格は厚かましいと受け取られることも。

 6)あおむけで大の字になる「ヒトデ」型(同7%)
       → 聞き上手で、控えめな人が多い。


 と、こんな具合ですが皆様の場合はいかがでしょうか? ちなみに西洋の諺には「王様は仰向けに寝、賢者は横向きに寝、金持ちはうつ伏せに寝る」とあります。

 また、寝返りのし易さと身体機能の面から最も理にかなっているのは、片方の膝を曲げて横向きに寝る「半退治型」で、病気や何らかの不安があるときには自然とこの姿勢をとることが多いと言われています。

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住んでみたい街

 住友不動産や大京、野村不動産など不動産大手8社の共同運営でマンション関連情報を提供しているポータルサイト「MAJOR7(メジャーセブン)」が2011年版「住んでみたい街」アンケートの調査結果を発表していますのでご紹介させていただきます。


 住んでみたい街 (首都圏)      (関西圏)

       1位  吉祥寺        芦屋

       2位  自由が丘       西宮

       3位  恵比寿        夙川(しゅくがわ)


 首都圏で吉祥寺が1位となるのは4年連続で、関西圏では調査開始以来の7年連続で芦屋が首位となっています。

 首都圏では「生活に便利」や「商業施設の充実」「交通の便がよい」などが選択理由の上位となっており、関西圏では「高級感」「街並みのきれいさ」などのステータス感も選択理由の上位にあがっています。

 尚、同調査は6月から7月にかけて行われており、豊洲や横浜などが順位を下げています。東日本大震災の際に、津波や液状化などで海に近い地域に大きな被害が出たことが影響していると見られています。

http://www.major7.net/contents/trendlabo/research/vol015/

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サツマイモ

 「食欲の秋」を代表する食材の一つ「サツマイモ」が旬を迎えています。石焼き芋・ふかし芋・天ぷら・スイートポテト・大学イモ・キントン・干し芋・・・等々、いずれの調理法でも美味しいです。

 『野菜を凝縮(ぎょうしゅく)するとサツマイモになる』と言われるほど栄養価が高く、リンゴの5倍以上のビタミンCを含み、過熱しても壊れにくいのが特徴です。カロテンやビタミンB、カリウムも多く含まれ、コレステロールの吸収や血糖の上昇を防ぎ、便秘解消にも役立つ繊維質も豊富、昨今は女性に大変な人気があります。

 スーパーなどの店頭で選ぶ際は、全体の色が均一でよく太ったものが良いそうです。色が均一なのは痛んでいない証拠、太ったものは生育環境が良い証拠です。毛穴が深いものや固いヒゲ根のあるものは固くなっているため避けるのが良いです。

 国内での生産地は、鹿児島県・茨城県・千葉県・宮崎県・徳島県が全国のトップ5県であり、この5県で全国の8割、特に鹿児島県は全国の4割を生産しています。ただ、全世界で見ますと日本の生産量は1%程度に過ぎず、トップの中国は全世界生産量の80%超を占めています。

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気温と服装

 日中も半袖では寒く感じることが多くなりましたが、少し動きますと長袖では汗ばむこともあります。

 今の時期は上着で調節することが多いかと思いますが、その日の最高気温を基準にした「気温と服装の目安」はおおよそ下記のようになります。


  25度前後    半袖と長袖の分かれ目

  23度~20度  長袖
           薄手の上着と半袖の組み合わせ

  20度~15度  上着、セーターなど

  15度以下    冬服着用の目安

  10度以下    厚手の上着、コートなど


 
 もちろん個人差はありますが、お出かけの際の参考になればと思います。

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社名の由来

 聞き馴染んでいる企業名というも、由来については意外なものが少なくありません。

 例えば、健康食品や化粧品を手がけるDHCは、もともと翻訳業を営なむ企業で、当時社名として使っていた「大学翻訳センター」の略です。

 同じ業態でも「ファンケル」は「ファインケミカル(純粋に精製された単一の化学物質)」に由来しており、美と健康の「不」を解消するとして「不安を蹴る」ということも理念にあげています。また、「花王」は顔も洗える良い石鹸の「顔」であり、「ライオン」はもちろん牙(歯)が丈夫な百獣の王に由来します。

 証券会社の社員が脱サラして設立、業界で初めて「テリヤキバーガー」を提供した「モスフードサービス」のMOSは「Mountain(山)、Ocean(海)、Sun(太陽)」の頭文字で「山のように気高く堂々と、海のように深く広い心で、太陽のように燃え尽きることのない情熱を持つ」という起業時の志を示しているそうです。

 当初は「MOSTデリシャス」の略とされましたが、本来は同社の前身である「Merchandising・Organizing・System」の頭文字であるとの説明もあります。

 競技用シューズを中心にスポーツ用品を手掛ける「アシックス」は“健全な精神は健全な肉体に宿る”のラテン語の頭文字をとって社名にしています。

 ちなみに世界的なスポーツブランドであるアメリカの「ナイキ」は、ギリシア神話の女神「ニケ」が社名の由来となっておりますが(マークは女神の翼)、もともとはオニツカタイガー(アシックスの前身)製シューズのアメリカにおける輸入販売の代理店にすぎませんでした。

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カボス

 漢字で「香母酢」と書いて「カボス」。9月から10月にかけてが旬で、食卓で爽やかな香りを楽しむことができます。

 料理の風味を豊かにする酸味料として焼き物や鍋物などに果汁を搾って使われることが多いようですが、ビタミンCの宝庫であり、血液を浄化したり、新陳代謝を盛んにしたり、疲労回復、さらにはダイエットにも効果があるということで、アルカリ性健康食品としての注目度が昨今高まっています。

 縦と横に切ると汁をしぼりやすく、サンマにかけたり、カレーや焼酎(しょうちゅう)にたらしたり、蜂蜜とまぜて水で割ってジュースにしたりと、色々なものに合わせて楽しむことができます。

 ちなみに、カボスは大分県で古くから栽培され、全国に出回るカボスの99%は大分県産です。色と形が似ているため、徳島県特産の「スダチ」と混同されることがありますが、大きさが全く違い、スダチは30~40グラム程度、カボスは100~150グラム程度となっています。

 購入する際は、果皮が硬く、濃い緑色をしたものを選ぶと良く、保存は涼しく暗い場所が最適です。

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稲 荷

 青々としていた水田はいつの間にか黄色を帯び、やがて黄金色に輝き、実るほどに頭(こうべ)を垂れた稲穂はやがて収穫の時期を迎えます。

 古来から稲作とともに歩んできた日本人は、その年の収穫を神に感謝し、翌年の五穀豊穣を願ってきました。その神の最もたるものがお稲荷様です。

 稲荷は、稲生、稲成、飯成とも書かれ、狐がその神のように思われがちですが、実際には五穀をつかさどる稲荷神が祀られています。狐は稲荷神の使いという位置づけで、伊勢神宮の鶏、春日大社の鹿、日吉大社の猿、八幡宮の鳩のような単なる神使と違い、お稲荷様の狐には神様の一族のような資格を与えられているそうです。

 赤い鳥居に小さな祠(ほこら)、祠の前に狐が2尾、こうした稲荷神社は都心部でもオフィスビルの一角やデパートの屋上などに見ることができます。個人の家に祀られている稲荷社まで含めると膨大な数の稲荷神が祀られており、その総数は3万とも4万ともいわれます。

 ちなみに、稲荷神社の総本社である京都の伏見稲荷大社は関東以外では最大の初詣客を集めることで有名ですが、岸和田だんじり祭りも伏見稲荷への五穀豊穣祈願が始まりとされています。

 お稲荷様は五穀豊穣の神であるとともに商売繁盛の神でもあります。傍らにいる狐にちょっと怖いイメージを持つ人が多いようですが、お稲荷様は昔から庶民にとって身近な存在で、非常に融通が利き、願い事をするには頼もしい神だそうです。

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江戸のミイラ事情

 江戸幕府は、鎖国政策を取っていましたが、ガチガチの鎖国ではなく、長崎の出島を窓口として、オランダ・中国とは貿易を行いました。特に、名君と呼ばれた八代将軍・吉宗の解放的考えから、西洋の書籍、学術用品が輸入が緩和され、また、様々な珍品も入ってきました。

 寛延二年(1749)年、時の九代将軍・家重公が「ムミア」と言うものを、二十五ポンド(約十一キロ)輸入した記録があります。この「ムミア」こそ、「ミイラ」で、当時の輸入品の台帳には、「ムミアすなわち乾燥した人間の肉」と記載されています。ミイラを輸入して、どうしようとしたのでしょうか?学術研究のため?実は、家重公は、このミイラを薬として服用したのです。現代では考えられない事ですが、ミイラの肉は漢方薬で、日本では不老不死の妙薬として珍重されていたのです。また、当時のヨーロッパでも、ミイラの肉は、薬物として高値で取引されていました。

 九代将軍・家重公は「志村けんの馬鹿殿のモデル」とまで評される「暗愚な将軍」と言われています。実際は、脳性麻痺の疑いが強いのですが、それでも、偉大な父、吉宗にはくらぶべくもない、ダメ将軍だったようです。「なんとかに付ける薬は無い」と言いますが・・・ミイラの肉を服用して、不老不死にはなれなくても、少しは頭の回転が良くなったのでしょうか?

 中東などの国々は、一年を通して高温で、ほとんど雨が降らないため、野ざらしになった遺体は、いとも簡単にミイラ状態になってしまうのに対し、四季があり、一年の温度変化が激しく、多雨多湿の日本では、野ざらしになった遺体は、やがて微生物などに分解され、最後は骨も残らないそうです。日本の気候の中、ミイラになるなら、雨の吹き込まない洞窟に入り、即身仏にならなければ無理のようで・・・もっとも、ミイラになんかなりたいとは思いませんけど・・・

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変換ミス

 ワープロには便利さと同時に不便さがあります。パソコン入力は気をつけないと 読み返す前にエンター押してしまったら、とんでもない誤変換のままになっていることがあります。 新しいパソコンで入力するときには、これまで適切に変換されていた言葉が必ずしもその通りに変換されるわけではなく、また他人のパソコンで作業するときなど、それまで自分の慣れた作業環境が変わったため、ミスを犯すこともよくあることです。

 パソコンの普及につれて、文字処理はだいぶ便利になりましたが、日本語は、英語のように直接入力ではなく、変換が必要です。文字変換するとき、よくうっかりして人を笑わせる変換ミスを犯してしまうものです。自分で文字を書かなくなった現代だからこそ起きる問題です。

 このように変換ミスは誰にでも起こりうるもので、メールを送信する前や、書類を印刷する前に誤りがないか、きちんと確認することで簡単に防げるものです。急いでいるときには特に注意しないと、あとで後悔することになります。

  
 日本漢字能力検定協会は平成20年4月15日、パソコンや携帯電話の文字入力で生まれる秀逸な“漢字変換ミス”を集めた「変漢ミスコンテスト」の結果を発表しました。応募総数2835作品のうち、人気の高い22作品をホームページで公開し、オンライン投票で年間賞を決定しました。

【年間変漢ミスコンテストエントリー作品】 ※()内が正しい変換

1「馬食い家内が象サイズになった」(うまくいかない画像サイズになった)

2「○○さんの質問は幼虫以下と思います」(○○さんの質問は要注意かと思
  います)
3「日本の卑怯100戦」(日本の秘境100選)

4「少額制問題。水野さん大変かを書け」(小学生問題。水の三態変化を書け)

5「何か父さん臭い時がある」(何かと胡散臭い時がある)

6「胸囲ないもんね。ゴメン~!」(今日居ないもんね。ゴメン~!)

7「老いて枯れた感じだ」(置いてかれた感じだ)

8「あの人もう重役になったんだって」(あの人猛獣役になったんだって)

9「裸のままですけど、放送しないんですか?」(裸のままですけど、包装紙ないんですか?)

10「肋骨食って下さい」(6個作って下さい)

11「おれは鹿になった」(おれ麻疹になった)

12「漁解禁よウニお願い」(了解金曜にお願い)

13「新宿は謎の郵便局」(新宿花園郵便局)

14「私魔性」(渡しましょう)

15「今日中に強盗見学できます」(今日12号棟見学できます)

16「豚以下集う」(部隊活動)

17「蚊割ると黄なんだよ」(変わる時なんだよ)

18「職辞し田植え出来てください」(食事したうえで来てください)

19「ふんわり祖父と間食が楽しめます」(ふんわりソフト感触が楽しめます)

20「恋人立ち退き説」(恋人たちの季節)

21「口臭か胃の出血を確認してください」(講習会の出欠を確認してください。)

22「あなたの小鳥怪死体」(あなたのこと理解したい)

 以上の他に、ネット上に発表されている人を笑わせる変換ミスを以下に挙げておきます。

●500円でおやつ買わないと→500円で親使わないと

●5季ぶり快勝→ゴキブリ解消

●ぜんざい3杯の誘惑に負けた→全財産倍の誘惑に負けた

●その辺大変でしょ?→その変態変でしょ?

●地区陸上大会→チクリ苦情大会

●電車間に合いそう→電車マニア移送

●言わなくったっていいじゃん→岩魚食ったっていいじゃん

●深くお詫び申し上げます。→不覚お詫び申し上げます。

●今年中に埋蔵金を発掘したいと思う→今年十二枚雑巾を発掘したいと思う

●規制中で渋滞だ→寄生虫で重体だ

● 助走はできるだけ速く→女装はできるだけ早く

●イブは空いています→イブは相手います

●今年から海外に住み始めました→今年から貝が胃に棲み始めました

●生ごみが散乱しています。→生ごみが産卵しています。

●だいたいコツがつかめると思います。→大腿骨がつかめると思います。

●今日は見に来てくれてありがとう→今日はミニ着てくれてありがとう

●大阪の経済波及効果→大阪の経済は急降下

●内容を理解し対応時には十分に注意→内容を理解したい王子には十分に注意

●うちの子は耳下腺炎でした。→うちの子は時価千円でした。

●「同棲しよう!」…でも言えなかった→「同棲しよう!」…でも家なかった

●誰か、ビデオとってるやついないか!?→誰か、美で劣ってる やついないか!?

●正解はお金です。→政界はお金です。

http://henkan.kanken.or.jp/henkan/

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赤い羽根共同募金

 10月1日から赤い羽根共同募金が全国一斉に始まりました。共同募金は社会福祉法第113条によって定義された特別な社会福祉事業で、民間団体の運営ではありますが実質的には民と官の共同事業となっています。

 赤い羽根共同募金運動は今年で65回目を数え、現在は地域福祉活動を助成する「赤い羽根共同募金」、支援したい市区町村を指定できる「ふるさとサポート募金(ふるサポ)」、被災地で活動する人を支援する「災害ボランティアNPO活動サポート募金(ボラサポ)」の3つの募金運動を展開しています。

 寄付をするともらえる1本あたり1.6円のあの赤い羽根は、三銃士やロビンフッドのように、昔のイギリスでは勇気と正義のシンボルとして真の騎士道精神を持った者だけが兜や帽子につけることを許されたそうです。

 「ひそやかに 吾もまた騎士なりと 赤い羽根」

 ちなみに、現在赤い羽根を使っているのは日本と南アフリカだけで、他の国では主に手と虹を表すマークが使われているそうです。

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プロ野球の珍名さん

 ペナントレースは優勝争い、クライマックスシリーズ進出を賭けた3位争いが白熱してますが、この時期になるとそろそろ気になるのが来年の人事。あまり成績の芳しくない選手は来期も契約してもらえるか内心ヒヤヒヤでしょうし、外国人選手も出場選手登録の枠があるだけに来期もプレーできるか気になるところではないでしょうか?

 その外国人選手、母国では珍しい名前なのかどうか分かりませんが、日本人の感覚からすると珍名というか面白い名前の選手がしばしば。過去に在籍した選手だと、「もっと頑張らんと!」と叱責されること必至のカンバーランド(広島)、あまりテレビは見ないのか?ラジオ(ダイエー)、小動物好きにはたまらないリス(近鉄)、普段どんな格好してるのか気になるマント(巨人)、別にフランス出身ではないパリデス(ヤクルト)、名前は平凡ながらホントにライトを守備位置にしていたライト(南海)、酸っぱそうなレモン(ヤクルト)、僕らの、否、俺らのオレラーノ(日本ハム)、生粋のアメリカ人であるにもかかわらず縁起をかついで「王天上」という名前で登録されたオーテンジオ(南海)・・・。しかし、聞くからに高額年俸というかセレブ感を醸し出すのはやはりマネー(近鉄)か?

 ドン・マネーは実績十分のメジャーリーガーとして84年、鳴り物入りで近鉄に入団。ところがマネーという名の本物セレブにとって日本の住環境は期待に添わなかったか、ゴキブリが出ることを理由にあっさりと帰国を決意、シーズン序盤にして早々に退団!

 そのマネー、名前とは裏腹にお金にはそれほど執着しない性格だった模様で、「自分の都合で退団するのだから」と受け取ったお金は球団に全額返金。途中退団するとはいえそれまでちゃんと試合に出場していたのに、なかなかマネーの・・・じゃなかった、なかなか真似のできることではありませんね。

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コ ン

 心身の力や根気がなくなってしまうことを「精根尽きる」と言いますが、疲れが溜まると集中力がなくなり、気力も失せていまします。そのような時には、「コン」のつくものを食べると良いということが昔から言われてきました。

 「コン」のつくものとは、ダイコン、レンコン、ゴンボウ(ゴボウ)などで、食物繊維が多く含まれている根菜類です。広く知られていますとおり食物繊維には体内を浄化する作用があり、かむ回数が増えることで血行も良くなり、脳や身体の代謝も促し、自ずと疲れもとれてきます。また、食物繊維には腸内環境を整え改善する作用もあるため、大腸がんなどの疾患のリスクを軽減することも知られています。

 コンニャクも食物繊維が豊富で、昔から「おなかの砂おろし」あるいは「胃のほうき」などと言われてきました。体内を浄化する効用は昔の人も経験として知っていたわけです。

 疲れや気力がなくなってきたのを感じましたら、バランスの良い食事とともに、心身をリラックスさせることが大切です。さらにこうした「コン」のつくもので体調を整え、根気を補充してみてはいかがでしょう。

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秋の七草

 コンビニやスーパーのお惣菜コーナーの目立つところには、秋に咲く花の名を持つ「おはぎ」が並びます。

 草かんむりに秋と書く萩は、その名のとおり秋を代表する花の一つで、秋の七草の筆頭にも数えられています。 

 秋の七草は「萩(はぎ)尾花(おばな)桔梗(ききょう)撫子(なでしこ)女郎花(おみなえし)藤袴(ふじばかま)葛(くず)」で、古くは万葉集にある山上憶良の歌(下記)に由来します。


『 秋の野に 咲きたる花を 指折りかき数ふれば 七種(ななくさ)の花、萩の花 尾花 葛花 撫子の花 女郎花 また藤袴 朝顔の花 』


 尾花はススキのこと。憶良の歌にある朝顔は桔梗という説が有力で、春の七草が食して楽しむ花でまとめられているのに対し、秋の七草は観賞して楽しむ草花でまとめられています。ただ、開花時期がそれぞれ異なるため秋の七草を同時期に鑑賞することはなかなか適いません。

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イチジク

 漢字で『無花果』と書いて『イチジク』。果実の内側に花があり、外側からは見えないことから漢字では『無花果』と書くそうです。そのイチジクが出荷の最盛期を迎えます。旧約聖書にも登場するなど歴史の古い果物で、世界中で栽培されています。

 国内では愛知、和歌山、福岡など温暖な土地で盛んですが、1日に1果熟すことから「一熟」と呼ばれた・・・等々、名前の由来には諸説があります。

 聖書にもたびたび登場する「イチジク」は世界最古の栽培果樹といわれ、エデンの園でアダムとイブが食べた禁断の果実はイチジクという説があります。一般的にはリンゴと思われていますが、当時の中東ではリンゴが採れなかったことや、アダムとイブが恥ずかしくて前を隠していた幅の広い葉っぱがイチジクの葉として描かれているからだそうです。

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冬の節電

 3・11以降の以降の電力不足によりこの夏は節電に努めた方が多かったと思いますが、今冬も電力不足が続くと見越して関連商戦が早くも熱気を帯びています。

 ホームセンターなどでは、湯たんぽや防寒テープ(目張り用の隙間テープ)などの品揃えを拡充し、デパートでも様々な節電・防寒アイテムを紹介・提案しており、なるほどそうしたやり方や商品もあるのかと関心させられたりします。

 中でも特に売れているのが、電気を使わない暖房として見直されている石油ストーブです。例年は9月下旬以降に、北国の方から商品が動くのですが、今年は暑い盛りの8月から、しかも北日本と西日本でほぼ同時に売れ行きが伸びているそうです。

 震災発生直後は、電池が売り切れ、ガソリンが手に入らず、紙おむつなども一時品切れとなり、そうしたことが落ち着いた後も、節電対策で扇風機が入手困難になったりしました。そうした経験を経て、今冬の節電と寒さ対策は早めに動く人が多いようです。

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二人の金原亭馬生師

 大阪の五代目・金原亭馬生師(赤馬生・おもちゃ屋馬生)は本名を宮島一太郎。明治三十二年八月に、真打ちとなって、五代目・金原亭馬生を継ぎます。しかし、馬生を継いでからすぐに、大阪へ席を移したため、東京には「馬生」と言う大きな名前の噺家がいなくなってしまいました。そこで、当時、古今亭志ん馬で真打ちになっていた鶴本勝太郎と言う噺家が、大正元年に六代目・金原亭馬生を襲名します。この、六代目・馬生師が、後の四代目・古今亭志ん生(昭和の三大名人、五代目・志ん生師の先代)、俗に鶴本の志ん生と呼ばれた噺家です。しかし、大正八年に、大阪に行っていた五代目・馬生師が、東京へ戻って来たため、東京には「金原亭馬生」と言う噺家が、二人存在すると言う事態になりました。

 そこで、二人の馬生師を区別するために、寄席の客引きなどに使うビラを、六代目・馬生師は墨で黒く書き、五代目・馬生師は、朱墨で赤く書いたので、六代目・馬生師を「黒馬生」、五代目・馬生師を「赤馬生」と呼んで区別したのです。また、五代目は、大阪在住の頃、落語家だけの収入では不安定だと、自宅でおもちゃ屋を開業し、おかみさんに営業させる他、自分の体が空いている時は、自らおもちゃ屋の店先に立って営業していたため、「おもちゃ屋馬生」とも呼ばれるのです。大阪で長年活動し、大阪のネタをたくさん仕込んでから、東京に戻り、大阪ネタを多く、東京に移植したのは、過去のブログでご紹介したとおりです。

 ちなみに、寄席で落語以外の演芸を「色物(いろもの)」と呼びますが、寄席のビラで、落語の演者は墨で黒く書き、落語以外の演芸は朱墨で色を付けて書く事に由来します。

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江戸の「タニマチ」事情

 「タニマチ」とは、皆様ご存じの通り、芸能人・有名人のスポンサー的ファンの事ですが、大元は、明治末期に大阪谷町と言う所に住んでいた外科のお医者様が、相撲贔屓で、怪我をしたお相撲さんを治療しても、治療代を取らなかった事が語源です。

 現代の大相撲ですが、十両以上になると「月給」がもらえます。番付が十両、幕内、小結、関脇、大関、横綱と上がれば、基本給は昇給し、番付が下がっても、昇給した基本給が下がる事はありません。また、三賞を受賞した、金星を上げた、勝ち越した、などで、基本給は昇給します。よく、大相撲で八勝目を賭けた一番を「給金相撲」と呼び、八勝目を上げて勝ち越すと「給金を直す」と言いますが、あれは、勝ち越して給金が上がった、基本給が昇給したと言う意味なのは、お相撲ファンなら、ご承知のとおりです。

 ところが、江戸時代のお相撲さんは、月給・基本給に当たる収入はありませんでした。一場所が終わると、興行主から、それなりの配当がもらえますが、お客さんの入り具合や、興行日数(江戸の相撲は、晴天十日。雨が降ったり、地所を借りている寺社に大きな法要でもあれば順延)の長短により、あまりあてに出来ない配当です。そこで、いきおい、江戸のお相撲さんは、贔屓を頼りにするのです。贔屓からいただくご祝儀が、メインの収入となるのです。ですから、ご贔屓がいなと、生活がままならないのです。

 そして、そのタニマチの最たるものが、当時の阿武松のようなを抱えた様なお大名で、力士は皆、大名のお抱え力士となる事を望んでいました。有望な力士になると、各藩での争奪合戦が起こる事もあります。大名にとって、有名な力士を抱える事は、藩の名誉にもなり、参勤交代で国元へ帰る時に、大名行列で、駕籠脇に力士を同道させれば、見栄えも良いし、国元へ有名力士を連れ帰れば、領民に対しての威厳を高める事も出来ます。

 しかし、これは現代のプロ野球のドラフト制度のようなものでしょうか。 望む側と望まれる側の軋轢もあったようです。古書によると、文政十二年に「鋸清吉」(ふりがながありませんので、正式な読み方は不明ですが、たぶん「のこぎりせいきち」)と言う力士が、出身地に熊本藩細川家に召し抱えを願った記録があります。けっこう出世した力士のようで、幕内で諸藩のお抱え力士との対戦が多くなり、自分もどこかの藩のお抱えとなり、藩から送られた「藩名」入りの化粧まわしなどがないと格好がつかなくなりました。
 この時、「鋸関」には、阿武松関を抱えた長州公(萩藩毛利家=ここのお殿様は、よほどお相撲が好きだったと見えます)や、雲州公(松江藩松平家)から、お抱えにとの声が掛かっていたのですが、「鋸関」は、どうしても、生まれ故郷の熊本藩に抱えてもらいたいと希望し、「素より私義は、生国出生の者に付き、他より如何程太造の御給料下され候共、先祖以来の者共を始め当時在住の家族、親類迄も形の如く戴き奉り候御国恩を今更離れ、他へ罷り出候義、誠にもつて心底嘆かはしく重畳に存じ奉り候に付き、(中略)御憐憫をもつて御国許御殿様御手相撲の御名目を拝領仰せ付け下され候様、恐れながら御畳願ひ上げ賜り候、(中略)御給金等、聊か(いささか)たりとも頂戴の義は素より、願ひがましき義共曾以(かつてもって)仕るべき心底は毛頭ござなく(以下略)」との願書を熊本藩に提出しています。給料はいらないから、召し抱えてくれと言う、現代のプロ野球のドラフトの「逆指名」ですね。残念ながら、この「鋸関」は、その後の記録が無く、希望どおり熊本藩のお抱えになれたのか、他の藩のお抱えとなったのか、引退までフリーだったのかが、不明なのが、ちょっと気がかりです。

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