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2012年2月

江戸の「月夜」事情

 江戸の人たちは、月を見れば、その日が何月何日か、すぐわかりました。月は毎日、その形と高度を変えますので、慣れれば、月を見るだけで、日にちがわかります。これを「月読(つくよみ)」と言います。

 旧暦は、毎月一日(朔日)が必ず一番細い月、毎月十五日が満月になるように設定されます。一ヶ月の単位は、月の運行を元に設定されるのです。ですから、新暦となった現代でも、その年最初の一ヶ月間を「一月(いちがつ・一回目の月の意)」、二回目を「二月(にがつ)」と、「月」を付けて表現するのです。今でも月のはじめの日を「ついたち」と呼びますが、これは、新しく月が立つと言う意味の「月立ち」が訛ったものです。「ついたち」の月は新月で、夜には月が出ないので闇夜です。月は昼に昇りますから、日食は朔日近辺で発生します。

 二日目の月を「若月(わかづき)」と呼び、薄月です。三日目の月を「三日月(みかづき)」と呼ぶのは有名ですね、眉毛のように細い月なので「眉月(まゆづき)」とも呼びます。四日目の月を「夕月(ゆうづき)」と呼びます、「遊月」とも書きます。

 七日目の月「上弦の月(じょうげんのつき)」と呼びます。「弦月(ゆみはりづき)」とも呼び、暮れ六つ(日暮れ)頃に、右半分の月が、南の高い位置に出ます。十三日目の月を「十三夜月(じゅうさんやづき)」と呼び、美しい姿が江戸人に愛されました。十四日目の月を「小望月(こもちづき)」と呼びます。「十四日月」「十四夜月」とも呼びます。

 十五日目の月が「望月」「満月」です。「十五夜月」とも呼び、三×五=十五から「三五の月(さんごのつき)」とも呼びます。日没と同時に東から昇ります。また、十五夜以降の月は、昇るのが遅いので、午前中も空にうかんでいます、これを「有明の月(ありあけのつき)」「残月(ざんげつ)」と呼びます。十六日目の月を「十六夜(いざよい)」と呼びます。「いざよう」とは「ためらう」と言う意味で、日没後、少し時間をおいて昇ります。十七日目の月を「立待月(たちまちづき)」と呼びます。日が沈んでから、「月の出はまだか?と、立ったまま待っている」と昇る月です。

 十八日目の月を「居待月(いまちづき)」と呼びます。立って待っていても疲れてしまい、座った頃に昇る月です。十九日目の月を「臥待月(ふしまちづき)」と呼びます。月の出を待っているうちに、眠くなり、横に臥した頃に昇る月で「寝待月(ねまちづき)」とも呼びます。二十日目の月を「更待月(ふけまちづき)」と呼びます。待っていてもなかなか昇らない月で、夜が更ける亥の刻(二十二時)頃にやっと昇るので、「亥中の月(いなかのつき)」とも呼びます。

 二十三日目の月を「下弦の月(かげんのつき)」と呼びます。上弦の月とは反対の左半分の月で、子の刻(二十四時)頃に昇ります。「二十三夜」とも呼びます。二十六日目の月を「二十六夜」と呼びます。月の出が一番遅い月で、三日月とは反対の形の月です。昇るのは夜明け前で、これ以降は、朝日に隠れてしまい、月は見えにくくなります。

 その月、最後の月を「月籠・月隠(つきごもり)」と呼びます。一ヶ月の最後の日を「晦(つごもり)」と呼びますが、「つきごもり」が訛ったものです。

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米の食味ランキング

 江戸時代の悪徳商人は、仕入れるときと売るときに容量の違う升(ます)を使ったそうです。たとえば、米や味噌、醤油などを扱う商人は、仕入れの際は量目を多くした升、客に売る際には量目を少なくした升を使ったと言います。

 もちろんこうしたやり方は御法度で、幕府は公に定めた升(京升)以外の使用を禁じましたが、米屋などでは盛んにおこなわれていたそうです。

 ところで、日本穀物検定協会が先週、2011年産米の食味ランキングを公表しましたのでご紹介させていただきます。

 専門パネラーが炊飯した白飯を実際に試食する食味試験により5段階で評価しており、最上位の「特A」は下記の26銘柄となっています。

  <産地>    <銘柄>

  北海道・全道  ななつぼし、ゆめぴりか
  岩手・県南   ひとめぼれ
  宮城・県北   ひとめぼれ
  宮城・県中   ひとめぼれ
  山形・全県   ひとめぼれ、コシヒカリ、はえぬき、つや姫
  福島・会津   ひとめぼれ、コシヒカリ
  福島・中通   ひとめぼれ
  栃木・県北   なすひかり
  新潟・魚沼   コシヒカリ
  新潟・岩船   コシヒカリ
  新潟・中越   コシヒカリ
  新潟・佐渡   コシヒカリ
  長野・北信   コシヒカリ
  三重・伊賀   コシヒカリ
  京都・丹後   コシヒカリ
  奈良・県北   ヒノヒカリ
  福岡・全県   元気つくし
  佐賀・全県   さがびより
  長崎・県南   にこまる
  熊本・城北   ヒノヒカリ、森のくまさん

http://www.kokken.or.jp/ranking_area.html

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シジミ

 「生きた肝臓薬」、或いは「肝臓の守護神」とも言われ、寒さが厳しくなる頃に身が肥えて最も美味しくなる『シジミ』。肝機能を高めるタウリンやグリコーゲンを多く含み、たんぱく質特有のうまみがあります。

 日本でとれる『シジミ』には、「マジジミ」や琵琶湖産の「セタシジミ」など淡水産もありますが、食卓にのぼる大半は海水と淡水が混じり合う汽水域に生息する「ヤマトシジミ」です。島根県・青森県・茨城県が主な産地ですが、全国の漁獲量は水質汚染などでここ50年で4分の1に減っています。

 砂抜きをする場合は、真水につけるとうまみ成分のアミノ酸を放出するため、塩水の方が美味しさを保てます。スーパーなどで選ぶ際は、「触ると素早く殻を閉じるもの」、これが新鮮さの目安となります。

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源平藤橘

 今年の大河ドラマでは平氏と源氏の関わり合いなども描かれていますが、もともとは平氏も源氏も天皇を祖とする氏族です。

 「平氏」は、桓武天皇の孫らが「平朝臣」を賜ってできた姓で(桓武平氏)、桓武天皇が建設した「平安京」に由来した名だとされています。

 一方の「源氏」は、嵯峨天皇の子らに、皇室と祖を同じくするという名誉の意味をこめて「源朝臣」という姓を賜ったのが始まりとされます。後に清和天皇の皇子を祖とする清和源氏が、源頼朝に代表される武門の家柄として栄え、多数の武家が清和源氏の子孫を称しました。

 平氏や源氏の他に藤原氏と橘氏の四つの貴種名族をまとてめて「源平藤橘」と言い、武家は必ずいずれかの「氏」を名乗っていましたが、しだいに地方の豪族も勝手にこれら四氏の子孫と称する風潮がはびこります。弊害もあってかその後、領地などの地名に基づいた名字(苗字)が発生し、その中でも広大な領地を所有する者は大名と呼ばれるようになってゆきます。

 さて、苗字や、氏、姓など厳密に言えばそれぞれ違ったものであり、いろいろ興味は尽きないのですが、例えば、源平藤橘の一つ、藤原氏から派生した苗字は400氏以上にもなると言われています。

 朝廷に近い藤原氏は、近衛・鷹司など公家の屋号、あるいは邸宅のあった地名を名乗り一条・九条など、政権中枢部にいたため敢えて「藤原」を強調しなかったのに対し、地方に流れた藤原氏は、出自を知らしめるために「藤」の一字を残したようです。

 例えば、地名に由来するものとして近江の近藤、伊勢の伊藤、加賀の加藤、遠江の遠藤など。官職名に由来するものとして左衛門尉の佐藤、斎宮頭の斎藤、木工助の工藤、主馬頭の首藤、内舎人の内藤などがありました。また、安倍と藤原で安藤、大江と藤原で江藤など他姓との結合によるもの、藤井や藤田など頭に「藤」を冠した名字も多数あり、さらに藤を富士、不二などに改めた例もあります。

 平氏や源氏由来のものも数あり、例えば北条氏や大庭氏、三浦氏、土肥氏などは桓武平氏から、新田氏や足利氏、佐竹氏、武田氏などが清和源氏からの派生とされています。

 ちなみに1875年の今日2月13日は、明治政府の太政官布告「平民苗字必称義務令」によって、国民すべてが苗字を名乗ることを義務付けられた日です。時には出自を創作し、粉飾が横行していたことや、その発生の多様性から、苗字を辿って得られるルーツは正確ではないかもしれませんが、興味をそそる話題ではあります。

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小松菜

 霜が降りるちょうど今頃、甘味が増して最も美味しくなる「小松菜」(こまつな)。一見、ホウレン草に似ていますが、カルシウムはホウレン草の5倍、カロチンやビタミンC、鉄分等も豊富で非常に栄養価が冬の野菜です。

 都市近郊での栽培が盛んで、東京、神奈川、埼玉など関東地方での生産量が約8割を占めており、消費量も関東が最も多いです。

 栽培されたのは江戸時代からと言われていますが、徳川第8代将軍の吉宗が、小松川(東京)の近くでこの野菜を使った汁を食べたことが名前の由来とされています(5代将軍綱吉との説もあります)。

 その「小松菜」に似た野菜で、愛知県或いは東海地方には「もち菜(もちな)」というのがありました。その「もち菜」だけを入れた極めてシンプルなお雑煮、食べる前に花カツオを上からたっぷりとかける訳ですが、これがまた美味しいです。この「もち菜」、関東地方では手に入らないのが残念です。

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地球カレンダー

 欧州宇宙機関の発表によると、かつて火星の北半球に海があったことを示す、有力な新証拠が見つかった模様。宇宙や天体の話が大好きなだけに、色々と空想の翼が広がります。

 宇宙といえば、昔から議論が尽きないのが地球外生命体の有無。もちろん根拠なんて一切ないですが、私は昔から首尾一貫して「宇宙人のような知的生命体となると、いるかどうか分からない。されど微生物とか原始的な生命体なら、広い宇宙のどこかにきっといる!」という立場です。

 地球誕生から現在に至るまでの46億年を、1年間に凝縮したカレンダーがあります。まず1月1日、地球誕生。2月に入り、陸と海に分かれます。オゾン層が形成されたのは意外に遅く、11月26日になってから。哺乳類が登場したのはさらにその後、12月16日。で、気になる我らが人類はというと、最古の人類とされるアファール猿人の出現が12月31日、16時30分になってから!大晦日の夕方になって、やっと猿人様が現われました。

 では、世界史の授業で習った四大文明ができたのは?これは紅白も見終わって新年のカウントダウンを準備する頃、大晦日の23時59分12秒!ここでようやくスフィンクスやピラミッド登場です。つまり文明のあけぼのから高層ビル、テレビ、インターネットに囲まれた現代まで1分足らず。この「地球1年間カレンダー」のうえでは僅か数十秒の間に人類は驚異的発展を遂げ、文明を作り上げたことになります。これぞ偶然に次ぐ偶然、奇跡に次ぐ奇跡の産物と呼ぶべきか?

 さて、このカレンダーによると生命の起源は思いのほか早く、3月1日には早くもバクテリアが誕生してます。夏場の7月18日には細胞に核を持つ生物が現われ、9月27日には多細胞生物も登場。

 地球が高度な文明を持つに至るまでには信じ難いほどの奇跡の連続があったのでしょうが、なんせ宇宙は広大です。知的生命体、高度な文明とはいかずとも、無数に存在する星の中には地球カレンダーの3月1日、バクテリア誕生ぐらいまでは行ってる星もあるのでは?現在生命がいない星の中にも、かつて多細胞生物登場あたりまで行った星もあるのでは?とか思ったりしてる次第です。

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ガチョウと黄金の卵

 「アリとキリギリス」や「ウサギとカメ」などで有名なイソップ寓話の中に「ガチョウと黄金の卵」という話があります。

 農夫の飼っているガチョウがある日、黄金の卵を産んだ。農夫は初め信じられなかったが、来る日も来る日も同じことが起きて、やがて農夫は大金持ちになった。

 富が増せば増すほど欲が出て、農夫はせっかちになっていった。一日一個しか産まれない黄金の卵が待ちきれなくなった農夫は、腹の中の卵を全部一度に手に入れようとガチョウの腹を開けてしまう。しかし、腹の中に卵はなく、ガチョウまで死なせてしまう。

・・・というお話です。

 人は目標を達成する(黄金の卵を手に入れる)ことには執着しますが、そのための資源や達成する能力(ガチョウ)への配慮を忘れてしまうことが多々あります。

 上記の寓話が教えている教訓は、「欲張り過ぎて一度に大きな効果を得ようとすると、その効果を生み出す資源を失ってしまうことがある」ということです。目標を達成することはもちろん大事ですが、その効果を生み出す資源や能力についてのケアやフォローを疎かにしてはいけません。

 便利な機械もメンテナンスを怠れば後々大きな出費につながります。整理整頓をしない子供に対し、片づけることにばかり目を向けてしまうと、片付けするよう終始小言ばかり言っているということにもなりかねません。しまいには脅迫したり大声で叱ったりということになりがちで、子供のやる気を削ぎ、黄金の卵を産む大切なガチョウの健全な育成を阻害することになってしまいます。


 「ガチョウと黄金の卵」の寓話は「長期的に大きな効果を得るには、その効果を生み出す資源にこそ十分な配慮が必要である」ということを示唆しています。

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冬将軍

 「スーパー寒気」、或いは「冬将軍」とも呼ばれていますが、東北や北陸でもの凄い大雪が降っています。今からちょうど200年前の1812年、フランス皇帝のナポレオンがロシアに攻め込みましたが、冬の寒さに耐え切れず、ナポレオンは「冬将軍」に負けたと表現した人がいたそうです。日本では、特にロシアのシベリア地方からやってくる冷たい気団のことを冬将軍と言います。

 ところで、日本の寒さの記録は以下のようになっています(観測所名)。


  1. 旭川(北海道)  -41.0度 1902年1月25日

  2. 帯広(北海道)  -38.2度 1902年1月26日

  3. 江丹別(北海道) -38.1度 1978年2月17日

  4. 富士山(静岡県) -38.0度 1981年2月27日

  5. 歌登 (北海道) -37.9度 1978年2月17日


 寒波は異常な低温にしばしば豪雪を伴い、大きな被害をもたらします。1902年に青森県の八甲田山で起きた遭難事故は、これを題材にした小説や映画が作られたことで広く知られています。1月23~27日にかけて寒冷地の予行演習を八甲田山でしていた青森第5連隊第2大隊。ちょうどこの時期にマイナス41度の日本最低気温を記録するほどの大寒波が襲い、厳しい寒さと深い積雪によって210人中、199人が亡くなる大惨事となりました。

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イチゴ

 イチゴは、農林水産省の定義では野菜に分類されていることをご存知でしょうか?

 野菜と果物の定義を調べますと、辞書によって微妙に見解が分かれますが、おおまかな区分は下記のようになります。

「野菜」は、食用に栽培された一年生か二年生の草で、様々な部位が食される。
「果物」は、多年生の木になる果実で、一般的に甘く生で食されるもの。果物
      は実だけを食用とする。果物は、本来「木(く)の物」である。

 定義を見ましても、あいまいで人によっては判断が分かれるというのが容易に想像できますが、「一年生か二年生の草」と「多年生の木になる果実」という観点からいきますと、イチゴやメロンなどは野菜に分類されるというわけです。

 ちなみに、イチゴの甘くておいしい実の部分は、狭義には果実ではく仮果あるいは偽果として区別されています。実際にはまわりにたくさん付いている種だと思っているものが実で、さらにその中に種があるという構造になっているとのこと。赤い部分は、もともとは茎だった花床という部分が肥大したものだそうです。

 トマトやスイカなど、野菜か果物かで議論したことのある人も多いかと思いますが、実際に行政によって判断が分かれるケースが少なくありません。野菜はごはんのおかずになるもので、果物はおやつやデザートして食べるものという区別の仕方もあり、一般的には多分に感覚的な判断が優先されています。

 なお、アメリカでは、トマトが野菜か果物かを裁判所で争ったことがあるそうです。

 「甘くて生で食べられるもの」か、「デザートではなく、食事中に食べられるもの」かで争われ、野菜か果物かで関税率が違ったため最高裁までもつれ、最終的には「トマトは野菜である」との判断が下されています。

 ただ、トマトのように果実を食用とする野菜は「果菜」であるとの解釈を目にしますとまたややこしくなってしまいます。

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歌舞伎の日

 出雲阿国(いずものおくに)が江戸城で将軍や諸大名を前に初めて歌舞伎を披露した日にちなみに今日は「歌舞伎の日」となっています。

 今から400年ほど前の出来事ですが、現代におきましても「黒幕」や「十八番(じゅうはちばん、おはこ)」などのように、歌舞伎に由来する言葉が日常的に使われています。

 ちなみに「十八番」は、市川宗家の得意演目が歌舞伎十八番で、その台本を桐の箱に入れていたことが語源となっています。

 「二枚目」は、もともとは歌舞伎を上演する芝居小屋で客寄せのために八枚の絵看板を掲げていたことに由来します。

 その看板は、一枚目の「書き出し」に始まり、「二枚目」には美男の花形役者の絵が書かれており、「三枚目」に道化役が書かれていたことから、二枚目=美男子、三枚目=面白い人という使われ方をするようになったそうです。ちなみに「二枚目半」は、三枚目の要素をもつ二枚目のことを指します。

 また、飲食店での会計の際に使われる「おあいそ」も歌舞伎に由来しています。

 歌舞伎で、女が特別の事情から愛する男と“心ならずも”無理に縁を切ることを「愛想尽かし」と言い、転じて店の主人が勘定を請求する際「誠に愛想尽かしな事ですが・・」とへりくだって言うようになったことから、この「おあいそ」という言葉が勘定を意味するようになりました。

 いつしかその意味だけが残り、今では客が店側に勘定を促す際に使われています。

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味噌汁

 ご飯に味噌汁。この組み合わせはあまりにも当たり前で、普段その価値を考えることはあまりないのですが、言うまでもなく日本人の食生活の基本です。

 日本人が鎌倉時代以降、一汁一菜を食の基本として毎日味噌汁を食べ続けてきたのは、味噌が健康づくりの基本であることを昔の人が経験上よく知っていたからです。

 ご存知の通り味噌の原材料は大豆です。大豆は栄養価が極めて高いのですが、そのまま煮たり炒ったりする通常の料理法では消化吸収が悪いのが難点です。ところが、この大豆を味噌にすることにより、大豆タンパクが酵素によって分解されてアミノ酸となり、炭水化物もブドウ糖になります。

 旨(うま)みが増すうえに、消化吸収もよくなって一挙両得。そしてさらに重要なのは、味噌から大豆のもつタンパク質やビタミンB群を取り入れつつ、味噌汁にすれば野菜や海草、根菜などを煮て汁ごと食べるため、カリウムやマグネシウムほか各種ビタミン、ミネラル、食物繊維を一度にとれることです。期せずして上手に栄養バランスをとることができる訳です。

 ちなみに、日本各地の味噌は、地域によって味や色などそれぞれの特徴がありますが、大まかに分けると主として北関東から東北、北海道地方では辛口味噌。愛知や三重などでは豆味噌、京都を中心とする近畿地方では白甘味噌が好まれ、九州、四国では甘口の麦味噌や米味噌が好まれているようです。

 味噌汁の丁寧な呼び方に「おみおつけ」があります。漢字にすると「御御御付け」となるそうです。「御」を三つも重ねて付けるほど、日本人の食卓には欠かせない大切な汁物というのが伝わってきます。

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閏 年

 今年は平年よりも1日多い366日の閏(うるう)年です。2月29日に生まれた人は誕生日が4年に1回ということになりますが、法律では閏年以外の平年は3月1日で誕生日を迎えるのと同等になります。

 同じ考え方で、閏年の2月29日に期限が到来するものについては、平年では2月末日が満期日となります。

 ちなみに、4年に1度の夏季オリンピック、同じく4年に1度の米大統領選挙、これらのイベントはすべて閏年に行われます。

 オリンピックは大きな商機を提供し、米大統領選挙を有利に運ぶため現職の大統領は景気浮揚を図ることなどから、過去の閏年の多くは好景気となっています。

 地球が太陽の周りを1周するのに365日ちょうどであれば2月29日は存在しないのですが、実際に地球が元の位置に戻るには365日と5時間40数分かかります。1年で約6時間(約4分の1日)のズレが生じるため、4年に1度(4で割れる年)の割合で1日増やし閏年としてそのズレを補正しています。

 しかし、6時間弱を6時間として補正してしまいますと今度は加え過ぎによる反対のズレが生じることになります。

 そのため、例外ルールとして100で割り切れる年は平年、さらにそれでも微小なズレが残るため例外の例外として400で割り切れる年は閏年としています。2000年は通常の閏年ではなく、例外の例外としての閏年でしたので電子回路等のトラブル(2000年問題)が危惧されたというわけです。

 また、わずか1日の増加に過ぎませんが、そのインパクトを単純に計算してみますと、年間では365分の1で0.3%、四半期(1─3月期)では90分の1=1.1%、月間(2月)では28分の1=3.6%ということになります。

 年間ベースではともかく、四半期、月間では無視できない大きさとなり、特に個人消費や小売売上高などの統計に影響が表れます。個人消費を日数の影響を受ける部分(食費等)と受けない部分(家賃等)とに分け、国内総生産(GDP)に占める個人消費の割合を勘案しますと、1─3月期のGDPは閏月によって0.4%押し上げられるとの試算があります。

 わずか1日ですが、そのことによって経済の実力を過大に評価してしまう可能性があるため、GDPは季節調整により閏年の影響を除去した数値で比較することになっています。

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江戸の古着事情

 江戸には「三甚内(さんじんない)」と呼ばれる、三人の著名な「甚内さん」がいました。

 一人目は、江戸の華、元吉原を創設した「庄司甚内」。関が原の合戦直前に、家康側の勝利を見越し、江戸に遊郭の設置を願い出て、元和三年(1617)に元吉原(現・中央区人形町辺)を作り上げた方です。この甚内さんは、後述する後二人の「甚内」が悪人であったため、後に甚右衛門と改名しています。この甚内さんは、元吉原を作るにあたり、江戸市中に散在していた遊女屋に呼びかけて、一ヶ所にまとめるなど、尽力をします。当時、甚内さんは推定年齢四十代、呼び集められた遊女屋の経営者は皆若く、二十代だったため、甚内さんは、仲間内から「親父」と呼ばれ、尊敬されていました。そして、元吉原に顧客が通いやすいように、掘割に橋をかけるのですが、これが甚内さん=親父、がかけた橋と言う事で、「親父橋」と呼ばれるようになります。親父橋は、日本橋から人形町に渡る道にかけられていた橋で、現・中央区小網町あたりにありました。

 二人目の甚内は、「鳶澤甚内(とびさわじんない)」。野盗の頭で、東海道周辺を荒らしまくった泥棒です。

 三人目の甚内は、「向坂甚内(こうさかじんない)」。甲斐武田の武将で、槍の名人と言われた高坂弾正(こうさかだんじょう)の子と言われ、徳川方の先兵となり、風魔(ふうま)一族と戦い、風魔の首領、風魔小太郎を捕らえるなどの活躍をしますが、義兄弟の契りを交わした野盗の頭、鳶澤甚内の裏切りに合い、旧悪を暴かれて、磔にされてしまいます。

 そして、家康公が天下を平定し、平和な江戸時代が訪れると、江戸に潜伏していた鳶澤甚内に、家康公から出頭命令が出ます。江戸を平和な町とするには、鳶澤甚内のような悪人がいては困るのです。ところがさすがの家康公、ただ一辺倒に、鳶澤甚内を探し出し、捕縛し、首をはねる、などの愚挙はしません。鳶澤甚内へ呼びかけた出頭命令では、「盗賊を廃業し、諸国から江戸へ入り込む野盗を防ぐ事が出来たら、今までの罪を免じる」というものでした。まさに、毒を持って毒を制す、というやつです。家康公は、江戸に潜入した鳶澤一味を一網打尽にするのは困難。ならば、一味に、幕府に寄与する任務を与える事により、悪事をやめさせ、自分の手の内に納めてしまおうという、大胆な司法取引に出たのです。すると、鳶澤甚内からの回答は、「諸国から江戸へ入り込む野盗を防ぐと言う任務は、自分の手下一同を動員すれば、可能だが、自分も手下も盗賊であり、盗みをやめたら、全員食えなくなる。代わりに古着の売買を一手に扱う権利と土地屋敷をもらいたい。」というものでした。

 現代では考えられない事かもしれませんが、家康公は、この盗賊・鳶澤甚内の申し出を受け、鳶澤甚内とその手下一同に、日本橋の一部の土地を与え、古着屋の営業を許可します。みんな元泥棒ですから、古着の値踏みなどには長けていたし、正規の古物か、盗品かの見極めなどはお茶の子さいさいなのでしょうね。この鳶澤甚内とその一味が、家康公から拝領したエリアは、頭の鳶澤の名を取って「鳶澤町」と呼ばれていましたが、いつしか、なまって「富沢町」と呼ばれるようになります。そう、これが現・中央区日本橋富沢町。今回お届けした噺は、時代設定が昭和初期なので、古着を買いに八丁堀へ行きますが、江戸期、富沢町の古着市は江戸名物でした。富沢町の古着市は明治十四、五年頃神田岩本町に移転しますが、富沢町には大正から昭和に繊維問屋が多く進出し、現在も繊維会社関係のビルが林立しているのは皆様、ご案内のとおりです。 

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リンゴ

 ミカンと並ぶ冬の果物といえばリンゴです。

       『1日1個のリンゴで医者いらず』

と言われますように、食物繊維やカリウムが豊富で、生活習慣病予防や胃腸の働きを促進する効果があります。

 また、リンゴを丸かじりすると、噛むことで歯肉がじょうぶになり、唾液の分泌もよくなって虫歯や歯肉炎などの予防効果があり、さらに大腸がん予防や便秘の解消・・・等々、幅広い効用があり、貴重な果物と言えます。

 果汁が多い「ふじ」、酸味が少ない「つがる」、甘酸っぱい「ジョナゴールド」が代表品種ですが、青森と長野の両県で国内生産量の7割以上を占めています。

 選ぶ際は、「皮の色が濃く、ツルの周辺のくぼみが深いもの」が果肉が詰まっていて美味しいそうです。

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全国社長分析

 企業を対象にした信用調査会社の帝国データバンクが、全国の社長(約123万人)を対象にした「全国社長分析」の2011年版を公表しましたので内容の一部をご紹介したいと思います。

 今回の全国社長分析によりますと、昨年の社長交代率は2.46%で、中小零細企業における後継者難などにより過去最低を更新しています。また、社長の平均年齢は59歳で、後継者難や事業継承の遅れなどから平均年齢の上昇が続いています。

 ちなみに、出身大学別の社長数は、2万6085人の日本大学が29年連続のトップ。次いで、慶応、早稲田、明治、中央の順となっています。出身地別の社長数は、東京都が10万0375人でトップ。以下、北海道、大阪府、愛知県、福岡県と続いています。

 出身地別社長数を都道府県の人口と照らし合わせ、人口10万人あたりの社長輩出数にすると、1位は福井県の1754人で、同県は30年連続のトップとなっています。以下、山梨県、島根県、富山県、山形県と続きます。

 尚、人口10万人あたりの社長輩出数の下位は、埼玉県、神奈川県、千葉県、大阪府の順となっています。

http://www.tdb.co.jp/report/watching/press/p120106.html

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鍋つゆランキング

 寒さの厳しい晩に食べたくなるのが、体を芯から温めてくれる鍋料理。スーパーなどの店先には、ダシ取りや味付けの手間が省ける鍋つゆが数多く並び、変わり種も続々登場しています。

 以前、料理研究科が選んだ家族で食べるのにおすすめの『鍋つゆ』というランキング調査がありましたが、1位は「ヤマキ 地鶏だし塩ちゃんこ鍋つゆ」でした。塩と地鶏をベースとしたシンプルながらコクもあるスープで、野菜など素材のうまみを素直に楽しめるそうです。

 2位は「フジッコ 美人鍋つゆ」です。鶏ガラを長時間煮込んだ白濁スープは、濃い目の味付けが目立つ鍋つゆとしては、控えめであっさり。昆布だしも加え、飽きのこない味に仕上がっており、キャベツなどの野菜をたくさんとるのに向いているそうです。

 3位は「ハウス カレー鍋つゆ寄せ鍋風」です。様々なカレー鍋つゆが出ていますが、この商品はクミンなど本格スパイスの香りが効いているのが特徴で、だしの深みとスパイスの香りが楽しめるそうです。

 ランキングの1位から10位までは以下の通りとなっていました。

  1.ヤマキ 地鶏だし塩ちゃんこ鍋つゆ

  2.フジッコ 美人鍋つゆ

  3.ハウス カレー鍋つゆ寄せ鍋風

  4.ミツカン ごま豆乳鍋つゆ

  5.モランボン 韓国コク仕込みキムチチゲ用スープマイルド中辛

  6.ミツカン 〆まで美味しいとんこつしょうゆ鍋つゆ

  7.エバラ 坦々ごま鍋の素

  8.ヤマキ 韓福善のキムチ鍋つゆ

  9.イオン トップバリュ寄せ鍋つゆ

 10.キッコーマン よせ鍋つゆ鶏がら塩

 10.モランボン 薬味白湯チゲの素


 以上がベスト10ですが、販売価格はいずれも3~4人前で200~300円程度となっています。

http://layup.blog88.fc2.com/blog-entry-46.html
 

 

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2012年のリスク

 世界中の企業を顧客に抱える米ユーラシア・グループは地政学的リスク分析を専門とするコンサルティング会社で、同社が年初に示す「世界の10大リスク」は日本でも知られているところです。

 ちなみに、同社は2012年のリスクとして、「9.11時代の終わり」をトップにあげており、政治が対テロという方向から向きを変え、経済と完全に重なり合い、政治と経済はこれまで以上に密接に重なってくるという指摘です。

 また、アジア太平洋地域の大国として力を拡大させている中国と、同地域での主導権を譲れない米国との間に今まで以上の軋轢が生じる可能性を示唆。その他、ユーロ圏や中東、北朝鮮、アフリカ等にも触れています。

 一方、デンマークに本社を置く投資銀行のサクソバンクが先日発表した2012年の「大胆予測」は、現時点では想像もできない出来事に焦点をあてており、以前ご紹介いたしました「びっくり10大予想」に似ています。

 参考までに、サクソバンクの2012年の「大胆予測」は下記のようになっています。


  1.アップルの株価、最高値から50%暴落

  2.EUは「長期バンクホリデー」で市場閉鎖

  3.米大統領選を制するのは伏兵候補

  4.オーストラリア経済が後退

  5.バーセルIII(自己資本規制の強化)で欧州50行が国有化

  6.マネーの安全な避難場所としてスウェーデンとノルウェーが浮上

  7.スイスの通貨高阻止が実り、1ユーロ=1.50スイスフランへ

  8.中国人民元は10%切り上がり1ドル=7.00元

  9.バルチック海運指数は100%上昇

 10.小麦相場は倍増


 なお、上記の大胆予想を発表したサクソバンクのコメントを下記にご紹介させていただきます。

「投資家の皆様に枠にとらわれない思考を楽しんでいただき、世界を変えてしまうような異変に備える一助になればという思いから作成しています。」

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フ グ

 「河豚」と書いて「フグ」と読みますが、今その「河豚」が旬を迎えています。「豚」と書くのは体型の事を指すのではなく、フグは身の危険を感じると豚のような鳴き声を発することから「豚」の文字が当てられたそうです。

 また、「河」と書くのは古代中国では黄河など河川に生息していたためで、中国語でも「河豚」という呼び方を使っているそうです。

 「河豚」と言えば「河豚のちり鍋」、「てっちり」が有名ですが、語源は河豚の毒にあたったら死んでしまうため、ふぐそのものを「鉄砲」と呼び、「鉄砲のちり鍋」から促音化したそうです。

 「河豚」はそのうまさゆえ、以前は中毒死する人が多く、豊臣秀吉はふぐの絵を描いて「この魚食べるべからず」の高札を立てた禁止令を出しました。江戸時代には多くの藩が禁令を出し、河豚を食べて中毒死した者は、お家断絶を命じる藩まであらわれました。

 明治21年、時の総理大臣、伊藤博文公が山口・下関の春帆楼(しゅんぱんろう)で遊んだ折、当日はあいにくしけで、魚料理がありませんでした。その旨を女将が申し入れましたところ、伊藤公は「馬関(下関)に来て、魚がないとは・・・」と皮肉りました。

 それではと、女将は打ち首覚悟で禁令の河豚の刺身を差し出しました。すると、伊藤公は「こんなうまい肴を食べない法はあるものか」と感激し、山口県にのみ禁令を解除しました。これが、河豚食解禁のきっかけです。戦後になって、ようやく全国で食せるようになりましたが、こうした経緯を知って食する河豚はまた格別です。

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作業量と喜びの関係は

  「楽」。

あなたはこの漢字を、どう読みますでしょうか。

実はこの漢字。

読み方が、「一通り」しかないのです…。

 南カリフォルニア大学の心理学者であるベルテンは、被験者たちに作業を行ってもらい、作業の量と、気分の関係を調べました。

すると。

 1分あたりの作業量が多いグループは、少ないグループに比べて、楽しい気分でいることが多くなりました。逆に少ないグループは、気分がどんどん暗くなってしまうことが分かったのです。

 すなわち人間、「色々と多くの作業をやっている方が、気持ちがアップしてくる」ということなのです。


 そういえば、かの「相田みつを」さんの言葉に、こんなのがありました。

「なんでもいいからさ
本気でやってごらん
本気でやればたのしいから
本気でやれば つかれないから
つかれてもつかれが さわやかだから」


 最初に読んだとき、
「つかれないって言ったのに、つかれるの!?」
とか思ったのですが、それでも言っていることは真実な気がします。

 何かに夢中になるほど一生懸命にやる。
そうすれば、気持ちはかえって高まっていきます。

 「いやいや、俺は仕事が忙しくて大変なんだ!
それで気持ちが落ちてるんだってば!」

という人もいるかもしれません。

 しかしそういう人は、それこそ「イヤイヤ」やっていて、その結果、無意識にその仕事から、気持ちを引いていませんでしょうか。

それにより、作業の能率も落ちている可能性だってあります。

 そのため全力でその仕事を楽しんで立ち向かっている人に比べて、気持ちが落ちてしまうわけです。

 色々なものをパパパッと片付ければ、「お、自分、できるんじゃない?」という自信が湧いてきます。それが結局、活力につながってくるわけです。

 実際、大企業の社長や、起業家などは、毎日大変な仕事を抱えています。売れっ子アイドルだって同じです。

しかし不思議と、彼らはイキイキとしています。

 逆に、毎日特にやることもなく、パチンコなどで朝から時間をつぶしてる人…。彼らはヒマではありますが、楽しそうかというと、そうではありませんよね。

 とにかく色々なものに立ち向かい、全力でこなしている…。それによって、かえって気持ちは高まっていくわけです。


◆ 何もしないと…。

 仕事や職場の人間関係でストレスを抱えて、休職される人も多かったりします。

 もちろん休むことは大切で、非常に意味があることです。
しかしだからといって、ただ漠然と家で休んでいるだけでは、今の理論から、かえって気持ちは落ちていってしまいます。

そのため、

・一日に一回は外出すること
・好きな本を読んだり、人に接したりすること
・趣味を見つけてみること

などをアドバイスしています。
「何もしない」より、とにかく何でもいいので、楽しめるものを見つける方が、ずっと気持ちは高まっていくわけです。

人間、時間が余るほど、必ずしも精神衛生状態が良くなるわけではないのです。


◆ プラスαを、してみよう。

 もちろんそれでも「今の仕事が楽しくない! それが大変でイヤだ! でも生活のために休むこともやめることもできない…」という人もいるでしょう。

そういう人は、それこそ「副業」を勧めます。

たとえば作家になりたいなら、ネットで発表してみる。
何かを書いて、出版社に持ち込んでみる。

新しい仕事を考えているのなら、そのための勉強をしてみる…。

何でも構いません。

もちろん、今より「忙しく」なることでしょう。

 しかし不思議と、今までよりイキイキしてる自分に気づくのではないでしょうか。
人間、やりたいことであるなら、楽しみが増してくるものです。


◆ リタイヤ、したいですか?

 よく「お金をためて引退したい!」「早くリタイヤして、何もしないで得られる収入だけで生きていきたい!」という人がいます。

でもですね。

 それ、退屈ですよ?
何の楽しみもありませんよ?

「いやいや、自分はそうなってから、楽しい趣味を見つけるんだ」

というのなら、いやそれ、仕事と並行して、今すぐすればいいだけでは、と思います。
何で「リタイヤしないとできない」と思っているのか分かりません。

 いずれにしても、「時間さえあれば幸せだ」「何もやることがなくなれば楽しい」と思うのは、間違いなのです。


◆ 「楽」の読み方は。

そう。

「楽」という漢字は、「ラク」とも読みますし「たの(しい)」とも読みます。


そして、決して同時に読むことはできないのです。

あなたが「ラク」に感じているのなら、それは決して「楽しみ」ではありません。

また「楽しい」と感じているなら、決してそれは「ラク」ではないでしょう。


人は、大変に感じ、一生懸命やるからこそ、楽しみを感じることができるのです。


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● 今回のまとめ。
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◆ ラクに、楽しみはない。楽しみは、ラクではない。


どうか覚えておいてくださいね。



◆ さいごに。

 あなたは人生でもっともつまらないものが、何か分かりますでしょうか。
それは言うまでもなく「何もしない」ことです。

ではそれより一段階楽しいものは、何か分かりますでしょうか。

それこそが「誰かが作った、楽しいものに接すること」です。

本、マンガ、テレビ、映画、絵画、音楽…。

そんな、人が作った、素晴らしい作品に接することは、とても快感です。
でも。

この世でもっとも幸せで快感なこと。
それこそが、「自分で何かを作ること」です。

自分自身にとっては、もちろん仕事です。

話を聞く。
アドバイスをする。
本を書く。
マンガを作る…。
一つ一つ、何よりの喜びです。

あなたにとってのそれは、何でしょうか?
内容は何でも構いません。

それは決して、ラクではありません。

でもだからこそ、楽しみを感じることができるんですよ。

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噺家の『亭号』

 落語家さんの『亭号』って、いろいろありますね。「立川」は東京だけですが、「桂」は東京にも上方にもあります。その他、東京では「三遊亭」「古今亭」「三笑亭」「春風亭」「柳家」「柳亭」、少数ながら「川柳」「滝川」「快楽亭」などなど、「林家」も東京・上方、両方にあります。こんないろいろある亭号ですが、一番古くからある亭号って、どれでしょう? 皆さん、考えた事ありますか。

 日本で一番最初に、「人前で落語形式の話芸を披露した」のは、京都誓願寺竹林院の安楽庵策伝だとされています。しかし、安楽庵と言う亭号は、現代に伝わっておりませんし、なにより、安楽庵の本職はお坊さんで、落語家ではありません。やがて、江戸時代の前期、ほぼ同時期、大坂に「露の五郎兵衛(1643?~1703)」、京都に「米沢彦八(元禄~1714(?))」、江戸に「鹿野武左衛門(1649~1699)」と言う三人の「辻噺」を生業とする方が出現します。「辻噺」とは、街角(辻)に立って、通行人に面白可笑しい話しを聞かせ、金銭を乞うもので、「おしゃべりを商売にする」職業落語家の先駆けです。大阪では、「露の」と言う亭号が現存していますので、日本最古の亭号と思われますが、江戸(東京)では、「鹿野」と言う亭号は現存しておりません。

 武助馬の回でもお話ししましたが、鹿野武左衛門が筆禍事件を起こしてしまい、時の幕府から「辻噺」のような「軽薄な話芸」に対する締め付けが厳しくなり、辻噺の類の話芸は衰退します。しかし、江戸の後期になりますと、江戸に「落語中興の祖」と呼ばれる「烏亭焉馬(うていえんば・1743~1822)」が現れます。江戸期「烏焉馬(うえんば)」と言う比喩があり、どれも似た字であるため、紛らわしい、間違いやすいと言う比喩なのですが、それをもじって亭号にしたのです。この烏亭焉馬は、本名を中村英祝(なかむらひでのり)と言う大工の棟梁でしたが、四十半ばで隠居し、余生は、落語、戯作、歌舞伎に捧げた方で、特に、歌舞伎の市川団十郎を贔屓にし、団十郎の定紋が「三枡」であるところから、「三枡連」と言うグループを主催し、落語の原典となるような、「口上茶番、小言幸兵衛」などを催しました。

 また、市川団十郎が贔屓でしたので、その名をもじった「立川談洲楼(たちかわだんしゅうろう)」と言うペンネームで、「碁太平記白石噺」などの歌舞伎の台本も書いています。

 で、私が何を言いたいのか、お分かりになりましたか?落語もやった烏亭焉馬師の、歌舞伎方面で使っていたペンネームである「立川談洲楼」が、落語家の亭号として使われるようになったので、現在、東京で現存する「落語家さんの亭号」で一番古くからあるのは、「立川」と言う事になるのです。

 やがて、この烏亭焉馬師の門下生として、初代・山遊亭猿松(さんゆうていえんしょう・初代はこう書いた。山でお猿さんが、松の木にぶらさがって遊んでいてるよ、と言う洒落)が生まれ、二代目・三遊亭円生(こう書くのは二代目から)の名跡争いに敗れた方が、上方で修行しなおし、やがて、江戸へ戻り、初代・古今亭真生(こきんていしんしょうと読んだ、後に古今亭志ん生)を名乗り、また、三題噺を得意とした初代・三笑亭可楽(山椒は小粒でぴりりと辛くの洒落)や、道具噺の名人初代・林屋正蔵(「家」ではなく「屋」と書いた、「林家」となるのは五代目から)などなどが傑出し、江戸落語のピークを迎えるのです。

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ミネラルウォータ

 つい最近までは水道水を当たり前のように飲んでいましたが、最近ではペットボトル入りのミネラルウォーターを飲むのがむしろ当たり前になっているのかもしれません。随分と時代は変わったものです。

 ところで、そのミネラルウォーターの生産量が全国で一番多いのは山梨県です。1県だけで日本全体の約3割を占めています(日本ミネラルウォーター協会調べ、2010年)。

 これに静岡県、鳥取県、兵庫県、鹿児島県が続き、上位5県だけで全国のおよそ7割を生産しています。カギを握るのは豊富な水をたたえる山の存在です。

 山梨と静岡は富士山、鳥取は大山、兵庫は六甲山を抱えています。これらの山の麓にある採水地の近くには大手飲料メーカーが相次いで進出、それぞれの地域の名を冠したミネラルウォーターを生産しています。

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生活習慣病

 生活習慣病とは、食生活や運動不足、喫煙の習慣など、生活習慣に起因する疾病を指す呼称・概念で、具体的には三大死因の悪性新生物(癌)、心疾患(心不全や心筋梗塞)、脳血管疾患(脳内出血や脳梗塞など)の他、糖尿病、高血圧、COPD(慢性閉塞性肺疾患)、脂質異常症(高脂血症)、歯周病、メタボリックシンドロームなどがあげられます。

 糖尿病、脂質異常症、高血圧などは主要死因の心疾患や脳血管疾患の下地にもなる病気です。また、喫煙は、肺炎を含む上位4位までの死因すべてに関わる危険因子であり、「予防可能な最大の死因」とも言われます。

 日本人の昨年の死亡者数は126万人ですが、全死亡者数の約1割、12万~13万人の方の死亡には本人の喫煙が影響している見られています。「10人に1人は、本人の喫煙の影響による死亡」という数値は結構驚きです。

 ちなみに、厚労省が31日に発表した最新のデータによりますと、習慣的に喫煙している人の割合は男性が32.2%(前年比6.0ポイント減)、女性は8.4%(同2.5ポイント減)、男女合わせた割合は19.5%(同3.9ポイント減)で、1986年の調査開始以来、過去最低を記録しています。

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2011年の映画概況

 日本映画製作者連盟が2011年の映画概況を先日発表しました。興行収入(興収)は、過去最高を記録した前年に比べ17.9%減の約1812億円となり、東日本大震災の影響もありスクリーン数は18年ぶりに減少に転じ、入場人員は前年比17.0%減の1億4472万6000人となっています。

 興収総額のうち、邦画が占める比率は54.9%で、4年連続で洋画を上回っていますが、邦画1位のジブリアニメ「コクリコ坂から」の興収は44億6千万円、2000年以降に公開ジブリ作品では最も低い興収で、邦画トップの興収が50億円を下回ったのは11年ぶりのことだそうです。

 昨年は東日本大震災の影響を受けて、上映の中止、内容の修正、公開の延期なども目立ちました。クリント・イーストウッド監督、マット・デイモン主演の「ヒア アフター」は、震災前の2月に公開された作品ですが、大津波のシーンがあるとして3月15日には上映が中止されています。

 ちなみに、明日1日は東宝シネマズやワーナー・マイカル・シネマズなどで通常1700円のところ1000円で映画が楽しめる「映画の日(ファーストデイ)」です。また、その他にも「お客様感謝デイ」や「夫婦50割引」など、お得な割引サービスがいくつもありますので、映画が好きな方は上手に利用したいものです。

http://www.eiren.org/toukei/index.html

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へそくり

 表立たないで夫の働きを助ける妻の功績を「内助の功」と申しますが、昔は植物から作られた繊維(麻)を巻き取る内職で妻が家計を助けたりしました。

 そのようにして紡いだ糸を環状に幾重にも巻いたものを「綜麻(へそ)」、巻き取る作業を「綜麻繰り」と言います。つまりこれが「へそくり」の由来で、初めは家計を助けるためでしたが、綜麻繰りで得たお金を夫に内緒で貯め込むようになったそうです。

 ちなみに、損保ジャパンDIY生命が2011年12月に主婦を対象に行った調査では、へそくり(夫に内緒の資産)の所持率は48.2%、所持平均額は376万で、ともに2010年12月調査よりも増加しています(所持平均額は、前回調査の2010年12月比で67万8千円増)。

 尚、へそくりを持つ目的では「老後の備え」「自分の趣味や買い物のため」「子供の将来のため」などが上位となっており、「自然災害への備え」という回答も1割弱見られました。

http://diy.co.jp/cms/news/2012/1201199999.pdf

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ブ リ

 「魚」に「師」と書いて「鰤」(ブリ)。師走によく食べるところから「鰤」になったという説もあるようですが、この時期は特に「寒ブリ」と呼ばれ、富山県氷見のブリが有名です。

 ご存知の通り、ブリは「出世魚」と呼ばれ、成長するにつれて呼び名が変わります。

       15cm   40cm   60cm   100cm

関東では、ワカシ → イナダ → ワラサ → ブリ

関西では、ツバス → ハマチ → メジロ → ブリ


 上記のように呼ぶところが多いようですが、子供の成長や知人の栄進を祝福する時、この出世魚「ブリ」を贈呈することがあります。スーパーなどで切り身を選ぶ際、天然物はややピンクがかっているそうです。

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好きな漬物

 胃もたれ気味になっている時など、炊きたてご飯に漬物と熱いお茶さえあれば食が進みます。先日、その「好きな漬物」というランキングがありましたが、第1位はキムチです。

 キムチは、激辛ブームや健康食ブームを追い風にここ10年ほどで急速に日本の家庭に普及しました。日本の漬物との大きな違いは、野菜と一緒に漬け込む材料の豊富さにあります。トウガラシ、ニンニク、小エビに似たアミ、小魚、果物などを混ぜて乳酸発酵させ、アミや小魚にはたんぱく質、トウガラシには脂肪を燃やす効果のあるカプサイシンなどが含まれています。


 「好きな漬物」ランキングは以下のようになっていました。

 1.キムチ・・・・・白菜キムチ、大根キムチ、水キムチなどが有名

 2.たくあん漬け

 3.野沢菜漬け・・・長野県を代表する漬物

 4.しば漬け・・・・京都を代表する漬物の一つ

 5.らっきょう漬け

 6.千枚漬け・・・・しば漬けと並ぶ京都を代表する漬物

 7.福神漬け

 8.高菜漬け・・・・福岡や熊本など九州を代表する漬物

 9.べったら漬け・・大根のこうじ漬け

10.わさび漬け・・・静岡を代表する漬物


 一言で漬物と言いましても、数多くの種類があります。皆様のお好きな漬物は何でしょうか。?

http://www.eclat.cc/home/yattyan/diary/2011/01/1295577142.html

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江戸の代書屋

 現代でも、役場への提出書類の代筆をする商売として、役場の近所で見られますね。これはもともと「代書人」と言いまして、大正九年に「代書人規則」と言う、官公庁に提出する書類を作成する業務として法律化されています。また、前年の大正八年には、裁判所や検事局宛の書類を作成する「司法代書人」と言う法律も定められており、戦後になって、対官公庁のものが「行政書士」、対裁判所・検事局のものが「司法書士」となります。まだ、読み書きが出来ない人もいた昭和初期には代書屋さんに、履歴書や受領書の代筆を頼みに来る人も多かったのです。

 平和な江戸時代が訪れる以前、いつ戦に巻き込まれるか分からない庶民は、日々の糧を得るのに精一杯で、読み書きどころではありませんでした。しか し、そんな庶民でも、手紙を書いたり、届いた手紙を読まなければならない場合もあります。そんな時はどうしたかと言うと、その村で一番学識のある方の所へ行きました。当時、各村々で学識のある方と言うのは、お寺の住職さんです。子供の頃から、仏教の修行をし、読経のために、当然、読み書きも出来ます。やがて、村々の庶民でも、上層部の人間は「読み書き」の重要さを痛感するようになり、自分の子供だけは無筆で苦労させたくないと考え、子供をお寺に通わせるようになります。これは、お坊さんとして入門する訳ではなく、「読み書き」を学習させるためだけの通学になります。これが「寺子屋」の始まりです。

 やがて、戦国時代が終わり、平和な江戸時代が訪れると、村の上層部の人間だけではなく、中・下層界の方も、生活に余裕が出来、子供を「寺子屋」に通わせるようになり、やがて、読み書きを教えてくれる先生も、お寺の和尚さんだけではなく、各町村に少数いた、当時の「インテリ階級」の方々も、半ボランティア感覚で、近所の子供達に「読み書き」を教えるようになり、「寺子屋」は全国規模で拡大していったのです。

 なお、いつだかもお話ししましたが、「寺子屋」と言うのは、上方での呼び方で、江戸では、物品の売買をしていない方に「屋」の字をつけるのはおかしいとして、「手習い」「書跡(しょせき)指南」などと呼びました。この寺子屋は、男女共学の場合もありますが、男の子専門、女の子専門の現代で言う男子校、女子校の寺子屋もあり、男女共学の場合でも、男の子が使う教科書と、女の子が使う教科書は別物で、それぞれの子供に適した教科書があてがわれました。

 「漢」と書いて、「おとこ」と読ませる場合がありますね。高速道路のトンネルなどに、暴走族のアンチャン達が時々「漢」を「おとこ」と読ませる落書きをしていますが・・・頭の悪いヤツほど、俺は難しい字を知っているぞ!と誇示する、馬鹿の見本です・・・「漢字」は、ご存じのとおり「漢(現代で言う中国)」から伝わった字なので「漢字」と言うのですが、漢から日本に伝わった時点で、字を読み書きするのは、もっぱら「男性」でした。やがて、女性も読み書きを修得するようになるのですが、女性が修得する文字は、目薬07/05/08の回でお話ししたとおり、「漢字」から派生した「ひらがな」でした。漢字が男性用、ひらがなが女性用だったのです。

 そのため、江戸時代は寺子屋で教える文字も、男の子には「男文字」、女の子には「女文字」を教えたのです。江戸庶民が日常使う「草書体のくずし字」でも男女によって、相違があるので、字を見ただけで、書いた人が男か女か区別が付きます。

 吉原の花魁さんも、高級な花魁さんになれば、小さいときから英才教育を受けているので、当然ながら、読み書きは出来ましたが、一般の遊女さんの中には、貧乏な田舎出身で、満足な教育を受ける事もなく、吉原へ身を沈めた方も多く、字の読み書きが出来ない遊女さんも大勢おりました。しかし、遊女さんは、お客に手紙を書き、来店を促すのも仕事の一つです。そんな時はどうするかと言うと、各遊廓には、たいてい、「女文字」も書ける器用な下働きのお爺さんがいますので、字の書けない遊女さんは、いくらかお金を包んで、そのお爺さんに「ラブレターの代書」を依頼し、代書してもらったラブレターを馴染みのお客に送るのです。汚い(失礼!)お爺さんが、鼻水すすりながら書いた女文字の手紙を、自分が惚れた遊女さんが書いた手紙と信じ込み、鼻の下を伸ばしながら、肌身離さず持ってい、幸せな連中が、江戸にはごまんといたのです。

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節 分

 今日は節分。豆まきは、古い暦では立春から新しい年が始まり、その前日の節分に年越しの厄払いの行事として豆を蒔いたことに由来しています。鬼の目、つまり「魔目(まめ)」めがけて豆を投げれば「魔滅(まめ)」につながるといういわれもあるようです。

 ところで、鬼と言えば、もともとは死霊や得たいのしれぬモノを意味し、北東の方位は鬼が出入りする方角「鬼門」として忌まれてきました。福徳を司る歳徳神のいる恵方が四つの方位の間を毎年変わるのに対し、鬼門は常に北東の方角にあります。

 徳川幕府は、京の鬼門を守護する比叡山(延暦寺や日吉大社)に倣い、江戸城の北東に寛永寺を建立し、鬼門守護としました。寛永寺は「東の比叡山」という意味の「東叡山」を山号としています。

 また、鬼門の反対にあたる南西の方角は「裏鬼門」と言い、この方角も不吉な方角とされてきましたが、江戸城の裏鬼門にあたる南西には山王日枝神社が遷座されました。比叡山の名は、古事記では日枝山(ひえのやま)と表記されており、寛永寺も日枝神社も王城守護の比叡山と密接なつながりがあります。

 ちなみに、鬼門(北東)の方位は、風水で言えば丑・艮(ごん、うしとら)・寅の方角となります。もともとは姿形が定まっていなかった鬼でしたが、丑寅の方角を鬼門と呼ぶことから、一般的に丑(牛)の角と寅(虎)の牙を持ち、虎の皮を身に着けた姿として具現化されてきました。

 鬼は本来は恐ろしい災いの象徴ですが、現代の鬼は来年のことを言えば笑い、豆をぶつければ涙を浮かべて逃げまどう、少々愛嬌のある存在となっています。

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ホルムズ海峡

 年明け早々、中国の温家宝首相や日本の玄葉光一郎外相らが相次いで中東を訪問し、サウジアラビアなどから原油の安定供給に向けた保証を取り付けました。

 ちなみに、トップレベルの中国要人がサウジアラビアを訪問したのは、09年に同国を訪問した胡錦濤国家主席以来で、中国の首相としては20年ぶりのことです。

 このような足早な動きの背景には、イラン情勢の緊迫化があります。国連決議に従わず核開発を続けるイランに対し欧米が制裁措置を強化、イラン側もホルムズ海峡の封鎖を警告するなど態度を硬化させています。

 欧州連合(EU)は昨日、イラン産原油の輸入禁止措置を決定しました。イラン産原油の輸入に関して新規契約はただちに禁止、イラン原油への依存度の高いギリシャやイタリアなどに配慮して既存契約については7月1日をもって全面禁止等、イランの原油収入の一部を断つ、これまでで最も厳しい措置となります。

 ちなみに、米エネルギー情報局(EIA)によりますと、イランから最も多くの原油を調達しているのは中国で、イランの原油輸出量の約22%を占めており、2位がEUの約18%、3位は日本で約14%となっています。

 日本は昨今の中東情勢や米側の圧力もあってイラン産原油の輸入量を削減してきましたが、制裁強化をにらみイラン産原油輸入のさらなる削減と、その代替としてサウジの他、ホルムズ海峡を通過せずに調達可能なオマーン産原油などの調達を急ぎ増やしている段階にあります。

 中国は、イランの核開発には反対する一方、同国との石油貿易は今までの水準を維持する方針のようですが、エネルギー安全保障の面から他の中東諸国との関係強化を急いでいます。

 問題はイランとの関係よりも、ホルムズ海峡です。イランが封鎖をほのめかしているホルムズ海峡は、世界の原油消費量の約3割が通過する輸送の大動脈で、日本の大型オイルタンカーの約9割が同海峡を通過します。

 ゆえに万一、イランがホルムズ海峡封鎖という手段をとれば日本をはじめ世界経済に多大な影響を及ぼすことが懸念されます。一方で、海峡封鎖は、イランにとっては経済的にも軍事的にも自殺行為に等しく、封鎖に踏み切ることは十中八九ないだろうとの見方が大勢です。

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タ ラ

 1876年(明治9年)の1月26日、東京で氷点下9度2分を記録し、東京が一番寒かった日だそうです。日本の最低気温は1902年1月25日、北海道旭川市で観測された氷点下41度です。


 ところで、「魚」に「雪」と書いて「鱈」(タラ)。字の如く、雪の降る季節に産卵期を迎え、味が良くなります。すり身の原料にするスケソウダラなどもありますが、単に「タラ」と言う場合は「マダラ」(真鱈)を指すことが多いです。

 タラは食欲が旺盛で、貝や小魚、イカなどを手当たり次第に食べます。実際に食べ過ぎが原因で胃潰瘍(かいよう)にかかる魚もいるといいます。この大食いの性質から「鱈腹(たらふく)」という当て字が生まれたそうです。

 身は脂が少なく柔らかな白身で、たらちりなど鍋物にして食べるのが一般的です。世界でもタラはポピュラーな魚で、揚げたタラにフライドポテトを添えた英国の「フィッシュ&チップス」は有名です。

 ちなみに、「スケソウダラ」は水分が多く、鮮度が落ちやすいため、かまぼこやちくわなど加工品の原料になることが多いです。また、身よりも雌(メス)の卵巣を塩蔵した「たらこ」や唐辛子で漬けた「からし明太子」の方が馴染み深いです。

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