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2012年3月

タ イ

「 魚」に「周」(あまねく)と書いて鯛(タイ)。名前の通り、日本周辺に生息しています。代表格は真鯛(マダイ)で、祝い事に用いる習慣は江戸時代に定着したそうです。

 「タイに旬なし」と言いますが、桜の咲くこの時期が産卵前で最も美味しいとされています。3~4月の産卵期、内海に入ってくる天然物は脂が乗ってうまみが増し、体色も赤みを帯びて一段と冴えた色合いを見せてくれます。

 この時期の真鯛は体色が鮮やかなピンクとなり、見た目も美しく、桜の時期とも重なるため「桜ダイ」とも呼ばれます。

 ただ、最近は年間を通して安定供給できる四国などの養殖物が主流で、天然物に比べて浅場で育つため日焼けしてしまい、黒ずんだ色になっています。尾びれが丸いのが養殖物、力強くハネたものが天然物です。

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春敲門

 春は東から吹く柔らかい風に乗って訪れると言います。書道の神と崇められる小野道風(おののみちかぜ・おののとうふう)の書「春敲門(しゅんこうもん)」にはそんな意味が込められているそうです。

 ところで、「悲観主義者は、機会の中に難しさを探す。楽観主義者は、難しさの中に機会を見いだす」との言葉がありますが、物事をどのように捉えるかはその人によって異なります。そして、そのことが結果を大きく左右します。

 よく引用される次のような話があります。ある靴メーカーが未開の島に営業マン二人を派遣したところ、一人は「この島では靴を履く者がいないので見込みはない。靴は売れないだろう」と報告し、もう一方は「この島は誰も靴を履いていない!(たくさん売れそうだから)今すぐ大量に靴を送れ!」と連絡したそうです。

 「悲観論は気分。楽観論は意思の力」とも言い、物事に悲観的になることは容易く、それを理由に努力を放棄するのであればそれはそれで楽な選択ではありますが、悲観的な気分での行動が良い結果につながるのは稀なことです。上記の例では一つの事象に対し全く異なる捉え方をしているのですが、とっかかりのこの差はその後の展開に大きな差を生じさせます。

 ちなみに冒頭でご紹介しました道風には次のような逸話があります。

 道風は自分の才能のなさに自己嫌悪に陥り、書の道をやめてしまおうかと真剣に悩んでいたそうです。そのような時期のある雨の日、蛙(かえる)が柳に飛びつこうと、何度も何度も挑戦しているのを見かけます。

 道風は、蛙の挑戦をバカにして見ていましたが、その瞬間、偶然に風が起こって柳がしなり、蛙は見事に柳に飛び移ります。これを見た道風は蛙をバカにした自分を恥じます。懸命に努力をして偶然を自分のものとした蛙ほどの努力を自分はしていないことに気づき、その後の血を滲むほどの努力をするきっかけになったといわれます。

 花札で人物が登場する唯一の絵柄「雨(に小野道風)」はこの場面を描いたものです。

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江戸風流小噺

【下肥】
 今は家庭菜園などが盛んでございますが、昔はお城でも菜園を作りましたんだそうで、もっともこれは、食べるより植物研究が主でございますから、あんまり美味しい植物は育たない。
殿様「これ、三太夫。」
三太夫「お召しにございますか。」
殿「今宵のひたし菜は、ちと風味が薄いの。」
三「恐れ入りましてございます。先日お下屋敷にて差し上げましたる菜は、
 城下の百姓が作ります、下肥をかけて作り上げます。本日差し上げました
 る菜は、屋敷内にて、清らかなる水肥をかけて作りましたるもので、下肥
 と水肥の差がございますので、風味が薄いのかと存じます。」
殿「下肥をかけると風味が良いか。」
三「御意にございます。」
殿「では、苦しゅうない、これへ少しかけてまいれ。」

【すかしっ屁】
 若い連中が大勢集まりまして、車座になって馬鹿話しの最中、一人がすかしっ屁をしまして。
男壱「誰かすかしっ屁をしやがったな。」
男弐「こりゃあ臭くてたまらない。」
 なんてんで、みんな懐へ顔を突っ込みまして、すかしっ屁をしたヤツも、素知らぬ顔で懐へ顔を突っ込みましたが、すぐに顔を出しまして。
男参「中より、まだ外の方がましだ。」

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風媒花

 花粉の飛散がピークとなり、雨上がりの日や風の強い日、気温が高い日などは特に飛散量が多くなるため注意が必要です。

 ところで、植物が美しい花を咲かせ、蜜を分泌し、甘い香りを放つのは、鳥や昆虫などを誘引し彼らに花粉を運んでもらい受粉を媒介してもらうためです。

 このように虫や鳥を誘因するために適応し進化した花を「虫媒花」または「鳥媒花」と呼びます。

 一方、風に花粉を運ばせることを選択しそこに運命を委ねたのが「風媒花」。

 虫や鳥に限らず人をも魅了する美しい花や甘い蜜は、風媒花にとってはすべてが無用なもので、目立たない花をつけ、風が吹くのをひたすら待ちます。そのため風媒花の花粉は風に乗りやすいようにさらさらしており、量も多いのが特徴です。

 生き残る術として風に花粉を託すのが風媒で、そこに悪気は一切ないのですが、人間社会において時として悪者になってしまうのが風媒花です。

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ティーバッグ紅茶

 家でのんびりしたい時、仕事で疲れた時など、一杯の紅茶があるとホッとしたりします。紅茶は産地や茶葉によって様々な個性があり、味わい方も様々です。

 先日、専門家がブラインド方式で試飲して選んだおすすめの『ティーバッグ紅茶』という調査結果がありしましたが、順位は以下の通りとなっていました(日経調べ)。


 1.ダージリンオータムナル            シンゲル農園

 2.桃の花            リーフルダージリンハウス銀座

 3.ダージリン                   ティージュ

 4.イングリッシュブレックファストティー    TWG Tea

 5.クイーンヴィクトリア         セントクリストファー

 6.ダージリン                     ベノア

 7.シャンパーニュ ロゼ               ルピシア

 8.エディアール ブレンド            エディアール

 9.アールグレイ                ウェッジウッド

10.ヌワラエリア            カレルチャペック紅茶店


 ちなみに、ティーバッグ紅茶を美味しく入れるコツは、最初にお湯でカップを温め、蒸らすときには受け皿などで蓋(ふた)をする。こうすることで透明感があって香り高い紅茶ができるそうです。バッグを振る、2度漬けする、最後に絞る、雑味やえぐみが出るので、この3つは避けた方が良いそうです。

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ブルーマンデー

 一般的に、気分が乗らず、憂うつな気分で迎える人も多いことから、休み明けの月曜日は「ブルーマンデー」とも呼ばれます。

 海外では月曜日は脳卒中や心筋梗塞などの心血管系疾患の発生が多いことが知られています。日本でも同様の調査結果があり、ゆったり過ごした週末から、仕事などで緊張する平日に変わることからくるストレスが影響するものと考えられています。ストレス起因ということで言えば、自殺が最も多い曜日は男女ともに月曜日ということが厚労省の統計でも明らかになっています。

 このようないわゆる「月曜日病(ブルーマンデー症候群)」は、休日の朝寝坊にも関係があるようです。休日に遅い時間に起きることで体内時計に狂いが生じ、軽い時差ボケ状態で月曜日を迎えてしまうことが月曜日病の一因と言われています。

 ある調査では、休日の「寝だめ(朝寝坊)」は平日の不眠を招き、結果的に抑うつ(うつ状態)を招く要因となることが明らかになっています。つまり休日の「寝だめ」は逆効果で、身体的にも精神的にも悪循環に陥る可能性が高いのだそうです。

 ちなみに、従来、月別で自殺が最も多い月は3月で、3月は「自殺対策強化月間」と定められていますが、昨年は自殺者の数が最も多かったのは5月で、例年と様相を異にしています。

 全体としては、60代、50代、40代の順で多く、職業別では「無職者」が全体の約6割を占めていますが、昨年5月は「30代」「男性」「勤め人」の自殺が目立って増加し、年間でもピークとなっています。

 企業倒産の増加など、東日本大震災による経済情勢の変化が5月の自殺者数に影響したものと見られています。また、震災直後の「皆で頑張ろう」という雰囲気が発生直後の自殺を思いとどまらせ、その反動が5月に表れたとの見方もあります。

 尚、被災地での自殺者数に関して、一時的に減るものの、被災から数年後に多くなる傾向を専門家は指摘しており、長期的なケアの必要性を説いています。

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世界長者番付

 先日、米誌フォーブスが2012年版の世界長者番付を発表しました。10億ドル、日本円に換算して約810億円以上の資産を所有する『富豪』は前年より16人増え、過去最多の1226人となっています。

 1位はメキシコのカルロス・スリム氏で資産690億ドル(約5.5兆円)。2位はビル・ゲイツ氏で約610億ドル、3位は米著名株式投資家のウォーレン・バフェット氏で約440億ドルとなっており、トップ3の順位は昨年と同じとなっています。

 日本のトップは、「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングの柳井正氏の88位で、資産は100億ドル(約8100億円)となっています。国別では、アメリカ425人、ロシア96人、中国95人、ドイツ55人、イギリス37人、日本24人、台湾24人、韓国20人、フランス16人・・・となっています。

 世界のベストテンは以下の通りです。

 1.カルロス・スリム    690億ドル テレフォノス・デ・メヒコ
 2.ビル・ゲイツ      610億ドル マイクロソフト
 3.ウォーレン・バフェット 440億ドル 株式投資家
 4.ベルナール・アルノー  410億ドル LVMH
 5.アマンシオ・オルテガ  370億ドル ザラ
 6.ラリー・エリソン    360億ドル オラクル
 7.エイキ・バチスタ    300億ドル EBX
 8.ステファン・パーション 260億ドル H&M
 9.李嘉誠         250億ドル 長江集団
10.カール・アルプレヒト  250億ドル アルディ


 尚、日本人の上位は以下の通りです。

 88. 柳井正   100億ドル ファーストリテイリング
127. 孫正義    72億ドル ソフトバンク
161. 三木谷浩史  62億ドル 楽天
169. 毒島邦雄   59億ドル SANKYO
248. 田中良和   43億ドル グリー
314. 森 章    35億ドル 不動産

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六 曜

 本日は「大安」。冠婚葬祭などの日取りを決めるときに、「大安なので、この日に結婚式を・・・」とか、葬儀の日を決めるのに「友引なので、葬式を繰り上げよう・・・」といった話をよく聞きます。

 ここで使われている「大安」・「友引」などは、古代中国の「六曜」(ろくよう)という暦の考え方にもとづいており、三国志で有名な諸葛孔明が戦いの際に、吉凶の日を知るのに利用したことに端を発しているそうです。

 この六曜が日本に伝わったのは江戸時代半ばで、現在使われている六曜のそれぞれの日には、次のような意味があります。

・先勝(せんしょう、せんがち)・・・午前が良く、午後は悪い

・友引(ともびき)      ・・・正午のみが凶

・先負(さきまけ、せんぶ)  ・・・午前が悪くて、午後が良い

・仏滅            ・・・1日じゅう最凶の日

・大安            ・・・1日じゅう良い日。大安吉日という。

・赤口(しゃっこう、しゃっく)・・・昼だけが吉。朝・夕は凶で災いに出合
                  いやすい


 本来は中国で、戦いや争いごとの吉凶の日を占うものでしたが、次第に日本では日常生活全般に用いられるようになりました。

 なかでも「友引」は、その文字の連想から「友を引く」との意味に取られるようになり、葬儀などの弔事が避けられるようになったそうです。

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西行と清盛

 『 願はくは花の下にて春死なむ そのきさらぎの望月の頃 』

 西行は生前につくったこの歌のとおりに、桜の咲いていたその日(旧暦の2月16日)に亡くなったとされています。ちなみに今年の旧暦2月16日の望月(満月)の日は3月8日です。
 
 ところで、歴史小説作家の陳舜臣は「歴史は勝者によって書かれる」と言いましたが、その点については誰しも異論がないところです。

 古い時代においては、著作物は権力者におもねることで生き延び、歴史を作る勝者側に配慮することで後世に名を残します。そのため、正史においても勝者の都合の良いように脚色されるのは当たり前で、敗れた側(悪役)をより暴虐非道に描くのは至極当然です。

 京都三大祭りの一つに数えられる時代祭は、明治維新からしだいに時代を遡って行列絵巻を見せてくれますが、つい最近まで室町時代が除外されていました。

 南朝(後醍醐天皇)よりの「太平記」を踏まえ、江戸時代に成立した水戸学において、正統な天皇(後醍醐天皇)を放逐した足利尊氏(室町幕府創始者)を逆賊として否定的に扱ったため、その影響が後世にも残りました。近年になり尊氏に対する再評価がすすみ、2007年の時代祭でようやく室町時代が復権したという経緯があります。

 平家や平清盛についてもそうです。鎌倉時代に成立した「吾妻鏡」や「平家物語」なども自ずと権力側(源氏)に配慮したものになり、敗者側の平氏に対しては批判的にならざるを得ません。そうしたことが影響して現代の平清盛のイメージが出来上がっています。敗者側であるが故に資料も少なく、悪者との評価ゆえに人気がなく、それ故に感情移入がしづらいというのが今までの清盛像です。

 ところで、大河ドラマ「平清盛」は娯楽作品であり、フィクションです。荒唐無稽の挿話や必要以上の対比、「ありうべからざる」場面もいちいち目くじらを立てるほどのことでもありません。

 ちなみに、大河ドラマに北面の武士(院御所の北面に詰め、上皇の身辺を警護した武士)として登場する佐藤義清(さとうのりきよ)は後の西行で、同世代の清盛が同時期に北面の武士に任じていたことは史実のようです。

 ずいぶん後の話で、清盛の悪評の一つですが、清盛は反対勢力の一掃を狙い、南都(奈良)の興福寺や東大寺を焼き討ちにします。西行(出家後の義清)は晩年に東大寺再建の勧進(寺院建立・修理のための寄付を募ること)を行うため奥州藤原氏のもとへ向かうのですが、旅の途中で鎌倉に立ち寄り源頼朝と面会したと吾妻鏡に記されています。

 その際、頼朝は、弓馬の達人として名が知られていた西行に教えを乞います。そしてその翌年から鎌倉で流鏑馬(やぶさめ、疾走する馬上から的に矢を射る儀式)が奉納されるようになったそうです。

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毒なしフグ

 東京都がフグの取扱いを規制緩和、有毒部位を取り除いた「身欠きフグ」ならフグ調理師のいない店でも販売できるようになる見通しだとか。めったに食べられない高級魚・フグもこれで少しは安くなるのか?

 江戸時代には「フグは食いたし命は惜しい」なんて言葉もあったほどで、フグの毒は大変危険。「テッポウ」という別名も「当たる(中毒になる)と死ぬ」ことに由来すると聞きます。加工技術の進歩で今では安心して食べられる魚となりましたが、海にいるフグが今なお猛毒を持ってることには何ら変わりありません。

 しかしながら熱い食へのこだわりがなせる業か、最近は「毒なしフグ」を作り出し、肝まで安心して食べられるようにしちゃおう!というプロジェクトが進行中。研究の結果、フグは先天的に毒を持っていたり、自身で独自に毒を作り出す能力があるわけじゃなく、単に毒のあるエサを食べて育ったから体内に毒素が凝縮されてるらしいと判明。細菌が作った毒が貝やゴカイに取り込まれ、さらにそれを食べたフグにも毒が取り込まれ・・・という生物濃縮だったようなのです。

 ならば毒のないエサだけ食べさせて養殖すればOK!ってことで、実際に毒が検出されないフグがすでに完成。これら毒なしフグのデータをもとに、佐賀県はフグ肝の食用を認める「フグ肝特区」作りを政府に申請。一度は「データ数も少ないし、まだ100%安全と言いきれないし」と却下されたものの、その後さらに無毒フグ作りの実績を積み、引き続き特区へのチャレンジを続けている模様です。

 さて、山口県や九州の一部では幸福の「福」とかけて、フグのことを「フク」と呼ぶ方が多いとか。皆さまにも良い「フク」がありますように!

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LCC元年

 世界の国際線に占めるLCCの座席供給シェア(2009年)は英国やドイツが30%前後であるのに対し、日本・韓国・台湾などは1%程度にとどまります。米国では国際線のLCCのシェアは6%弱に過ぎませんが、国内線ではサウスウェスト航空などのLCCが大きなシェアを占めています。

 これは移動距離が大きく左右しており、欧州域内や米国内での移動は、移動手段として格安なLCCが利用されますが、米国内から国外へ飛ぶ場合などは快適性も求められるということです。これをアジアに当てはめてみますと、比較的短時間で移動できるアジア域内の移動ではLCCのシェアは今後大きく伸びると予想されます。

 ところで、ピーチ・アビエーションには、全日空が約39%、香港の投資会社ファースト・イースタンが約33%、日本の官民出資の投資ファンドである産業革新機構が28%出資しています。

 既存の航空会社と競合するLCCに、全日空がなぜ出資するのかと言えば、今後LCCのシェアが高まるのであれば、そこからの恩恵も受けようとするのが狙いです。

 全日空はさらにアジアでLCC最大手のエアアジアと組み、8月にもう1社のLCC「エアアジア・ジャパン」を立ち上げ、来年4月には傘下にANAやLCCなどを並列で持つ持ち株会社に移行します。

 7月には日本航空が豪カンタスグループと三菱商事と組んだ「ジェットスター・ジャパン」が運行を始める予定です。日本市場にはすでに海外からLCC10社が参入しており、今年は少なくとも全日空系2社と日航系1社、計3社のLCCが参入します。既存のANAやJAL、スカイマークなどはサービス向上に努める構えで、競争激化が予想されています。

 LCCの認知度が高まるにつれて、今まで飛行機を利用しなかった消費者の需要を喚起し、航空需要の拡大も期待されています。LCCの相手は既存の同業他社のみではなく、鉄道や高速バスなども巻き込み熾烈な顧客獲得競争が始まる気配です。

 「LCC元年」とされる今年、高速バスや新幹線並みの身近な移動手段としてLCCが定着するか、本日就航したピーチが試金石となりそうです。LCCの参入が相次ぐ今年は、関連する話題をこれから何度も耳にすることは間違いありません。LCCのような新しいビジネスの展開・新しい交通手段の利用拡大によって、それとはまた別の新しいビジネスの拡大が期待できそうです。

 

 

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江戸のお彼岸事情

 今日は三月二十日(旧暦二月二十八日)、春分の日です。春分の日は、秋の秋分の日同様、二十四節季のひとつで、ほぼ昼と夜の長さが同じ日なのは皆様ご存じの通りです。
この春分の日をはさんだ前後三日間を春の彼岸、秋分の日をはさんだ前後三日間を秋の彼岸と呼びます。彼岸の最初の日を彼岸の入り(今年の春の彼岸では三月十七日(旧暦二月二十五日))、最後の日を彼岸開け(同じく三月二十三日(旧暦三月二日))と言うのもご案内のとおりです。

 人は死ぬと、仏様となり、三途の川を渡り、極楽浄土へ行く、とされます。彼岸(ひがん)とは、つまり三途の川を渡った彼方の岸、煩悩を脱した悟りの境地を指し、私たちがいる、煩悩や迷いに満ちた現世を、こちら側の岸と言う意味で「此岸」(しがん)と言います。

 お彼岸の法要は日本独自のもので、極楽浄土(阿弥陀如来が治める浄土の一種)は、西方浄土とも呼ばれ、西方の遙か彼方にあると考えられています。春分と秋分は、太陽が真東から昇り、真西に沈むので、西方に沈む太陽を礼拝し、遙か彼方の極楽浄土に思いをはせたのが彼岸の始まりとされ、やがて、生を終えていった祖先を供養する行事として定着したと言われます。

 江戸での春の彼岸は、みんな菩提寺に参詣し、仏様へのお供え物として作ったお団子、ぼたもち、精進寿司などを配り合います。春の「ぼたもち」と秋の「おはぎ」は、どちらも、炊いたご飯を丸めて、アンコやゴマ、黄粉をまぶしたもので、実際は同じなのですが、春、牡丹の花が咲く頃に食べると「ぼた(牡丹)餅」。秋、萩の花が咲く頃に食べると「おはぎ(萩)」と呼ぶのも、今更解説する必要ありませんね。

 そして、江戸の彼岸では、「六阿弥陀詣で」が行われました。これは、阿弥陀如来が安置されている六ヶ所のお寺を、太陽の運行にしたがって、東から西へ順番に参詣するもので、

●西方六阿弥陀 壱・西大久保大養寺、弐・飯倉善長寺、参・三田春林寺、肆・高輪正覚寺、伍・白銀正源寺、陸・目黒祐天寺

●山手六阿弥陀 壱・四谷了学寺、弐・四谷西念寺、参・青山高徳寺、肆・青山善光寺、伍・青山梅窓寺、陸・赤坂竜泉寺

●北方六阿弥陀 壱・駒込西福寺、弐・足立延命寺、参・西が原無量寺、肆・田畑与楽寺、伍・下谷常楽院、陸・亀戸常光寺

 などがあり、どのコースも日本橋から八~九里(おおよそ三十Km)の行程で、一日ですべてお詣りするのが原則です。江戸川柳に「六つに出て六つに帰る六阿弥陀」とあるように、現代の午前六時頃出発して、午後六時頃帰宅と言うコースです。

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コンシューマー・リポート

 米大手消費者団体が発行する品質調査専門誌「コンシューマー・リポート」が、恒例の自動車信頼性ランキング(2012年版)を発表しました。

 このランキングは、数十回にも及ぶ路上試験を繰り返し、安全性、燃費、快適性、乗り心地などの項目を、同誌が独自に調査した結果に基づいて評価したもので、2012年モデルの部門別ベストカーは下記のようになっています。

 ちなみにこのランキングは、米消費者の購買動向に大きな影響を及ぼすと言われています。



 <グリーンカー>      プリウス      トヨタ

 <低価格ファミリーカー>  ソナタ       現代自動車

 <小型車>         インプレッサ    富士重工

 <ファミリー向けセダン>  カムリハイブリッド トヨタ
 
 <小型SUV>       RAV4      トヨタ

 <ファミリー向けSUV>  ハイランダー    トヨタ

 <スポーツカー>      マスタング     フォード

 <スポーツセダン>     インフィニティG  日産

 <ミニバン>        シエナ       トヨタ

 <ピックアップトラック>  アバランチ     シボレー(GM)



 今回は5部門でトヨタの車が最高評価を獲得しており、単一ブランドが10部門中5部門を占めるのは2003年のホンダ以来、9年ぶりのことだそうです。

 また、同時に発表された主要自動車メーカー13社のランキングでは、1位富士重工、2位マツダ、3位トヨタ、4位ホンダ、5位日産と、日本勢が上位を独占しています。

 大規模リコールで一時トヨタへの信頼が揺らいだことから10年のコンシューマー・リポートではトヨタの首位は1部門にとどまりましたが、11年は3部門に増え、今年は5部門を独占するなど、米大陸での信頼回復が着実に進んでいることを印象付けています。

 尚、トヨタは、米調査会社J・D・パワー・アンド・アソシエイツはが行った2012年版の自動車耐久品質調査で、同社の高級ブランド「レクサス」が4年ぶりに首位に返り咲いています。

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サヨリ

 冬から春にかけて水揚げされるサヨリ。その姿形から漢字では「針魚」、「細魚」と書きます。石川県では春の県魚に指定され、「花見魚」の別名で呼ばれ、京都府でも春の府魚に指定されるなど春を告げる風物詩になっています。

 昔から多くの詩人の歌などにも詠まれ、

  ・橋影に 失せてはのぼる サヨリかな   吾 亦紅

  ・汁椀に 沈むさよりの 結び文      山本 櫓村

  ・サヨリはうすい サヨリはほそい

   銀の魚 サヨリきらりと光れ サヨリお姉様に似ている  北原 白秋

等々があります。

 脂の乗り具合はほどほどで、姿形と同様に味は上品。刺し身が最も一般的ですが、てんぷらやお吸い物、一夜干しにしても美味。寿司店では、通好みのネタとして扱われています。

 鮮度が落ちやすく、腹部から痛んでくるため、スーパーなどで選ぶ際には、腹部が銀白色のものを選ぶとよいです。

 ちなみに、お腹の部分を開けると中が真っ黒なため、腹黒い人のことを「サヨリのような人」 と言う場合があるようです。

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江戸吉原の借宅事情

 借宅とは、吉原が火事で燃えてしまった時、営業再開出来るまで、吉原以外の地で仮営業を許された臨時の遊里の事です。

 江戸の初期、吉原の創設者である庄司甚内(甚右衛門)が、幕府に願い出て、江戸市中に散在していた遊廓を一カ所に集めます。幕府から許可された土地は、当時、江戸の町はずれだった日本橋葺屋町(ふきやちょう)の北、二町(約220m)四方の場所。大川(隅田川)の堆積物で出来た、葦(よし)が生い茂った湿地帯でした。ここを埋め立て、遊廓街を築き、葦が生い茂っていた土地だったので「葦原」と名付けられ、商売繁盛の縁起を担ぎ「吉原」となります。この最初に出来た「吉原」は、現・中央区日本橋人形町あたりになります。

 しかし、江戸の町が拡張していくと、いつしか町はずれだった吉原が、市中の真ん中に存在する様になります。その様な施設が市中にあるのはまずいと言う事になり、明暦二年(1656)、吉原に移転命令が出ます。幕府が移転先として提示したのは、浅草寺裏か大川(隅田川)を渡った本所のいずれか。当時、大川に架かっていた橋は、文禄三年(1584)に架橋された千住大橋だけで、しかも、千住大橋は本所の地よりはるか上流にあります。ちなみに両国橋が架橋されたのは万治二年(1659)、新大橋は元禄六年(1693)、永代橋は元禄十一年(1698)、吾妻橋は安永三年(1774)の架橋です。つまり、江戸から本所へ行くには渡し船を利用するしかなく、その渡し船も強風や増水で船留めになり、夜間は運行していません。そこで、当時の吉原の名主たちは、浅草寺裏に移転する事にします。幕府からは、移転に伴い、今まで二町四方だった営業区画を、二町×三町と1.5倍とする事、今まで昼だけの営業だったのを夜間営業も認める、吉原以外のモグリ営業風俗産業を禁止する、などの有利な条件が出され、さらに、十分な引越料を与えられました。

 そして、移転は明暦三年三月着工、八月完成の予定で幕府と吉原との間で合意が成立します。ところが、明暦三年一月十八日に、明暦の大火(振り袖火事)が起こり、江戸の町の三分の二が塵芥に帰し、人形町の吉原も全焼してしまいます。時々、江戸関連の本で、「吉原は、明暦の大火で人形町の吉原が燃えてしまったので、浅草寺裏へ移転する事を余儀なくされた」様な書き方をしている書籍がありますが、それは間違いで、すでに吉原移転計画が出来ていた時に、明暦の大火に遭遇した、とするのが正しいようです。

 浅草寺裏の移転工事は、当初の計画通り、明暦三年三月に着工されますが、併せて、人形町の吉原も五月には仮小屋を建てて、営業を再開するまでになります。ところが、この大火を機に、江戸市中の復興改造計画を立てた幕府により、人形町吉原の土地は、その年の五月を持って明け渡しとなりました。浅草寺裏の吉原が完成する八月までの二ヶ月、無収入と言う訳にはいかないため、吉原の名主たちが、幕府に願って、その二ヶ月間、町屋の中での仮営業を申請し、これが認められたのが、「吉原借宅」の始まりです。そして、八月に浅草寺裏に新設の吉原が完成し、遊廓はそこへ引き移り、以降、人形町にあった吉原を「元吉原」、浅草寺裏に出来た吉原を「新吉原」と呼ぶようになります。

 以来、新吉原が火事で燃えてしまうと、吉原の遊廓は、吉原が再建するまでの間、「借宅」として、町屋の中で営業を許されました。新吉原は完成から江戸幕府終焉までに二十回を越える火災があり、いずれも全焼です。江戸には「いろは四十八組」の町火消しがありましたが、新吉原エリアを担当する組はありませんでした。新吉原は、浅草田んぼの真ん中に位置するため、火災になっても、延焼の恐れがないため、ないがしろにされていたようです。一応、新吉原にも、現代の消防団の様な自営消防組織があるにはあったのですが、団員は、落語でお馴染みの「喜助さん(若い衆)」などで組織された、消化に関しては素人の集団で、いざ火事になると真っ先に逃げ出してしまうなどで、ほとんど役に立たない組織でした。

 そして、新吉原が全焼してしまうたびに、再建されるまで、吉原の遊廓は町屋を借りて借宅営業をします。現代でも、自宅の近所に「ソープランド建設」が計画されれば、町内そろって反対運動をしますが、江戸期も同じで、近所に吉原の借宅が移転して来るのを知った住民は、反対運動をしますが、いざ、仮宅が出来てみると、「たかが売春婦」と見くびっていた花魁さんたちは、教養もあるし、気さくで明るく、すぐに近隣住民と打ち解け、仲良くなりますし、仮宅に来るお客により、近所の商店は売り上げが倍増します。そして、二十世紀の世でディズニーランドが出来た時、すぐに駅前であやかり商品の「ミッキーマウス饅頭」が売り出された様に、仮宅の近所では、借宅の遊女さんをあしらったあやかり商品を販売し、利益を得ます。『借宅時分に深川にいた花魁』を描いた柱隠しと言うのも、そんなあやかり商品の一つだったのでしょうね。さらに、仮宅が吉原へ戻った後でも、その地は、花町や繁華街として繁盛を続けたのです。

 文化十四年(1817)に刊行された「墨水消夏録(ぼくすいしょうかろく)」と言う本によると、元吉原の創設者・庄司甚内(甚右衛門)は、正保元年(1644)十一月十八日、六十九歳で没としてあります。とすると、鈴が森で家康公に伺候して江戸に遊廓の設置を願ったとされる慶長五年(1600)の時は二十五歳。幕府に一回目の遊廓設置の願書を出した慶長十年は三十歳、二度目に願書を出した慶長十七年は三十七歳、そして、幕府から人形町に遊廓設置の許可が下りた元和三年(1617)は四十二歳と言う事になります。なお、甚右衛門さんは正保元年(1644)の没ですから、明暦三年(1657)に移転完成した『新吉原』は知らないことになります。

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行儀作法

 現代社会は行儀作法を教わる機会が少なく、それらを関連本などで学ぶ人が多いと聞きます。

 ちなみに、司馬遼太郎は行儀作法に関して、「快適にその日その日を生きたい、という欲求が、人間ならたれにでもある。あらねばならんし、この欲求を相互に守り、相互に傷つけることをしない、というのが日常というもののもとのもととなるものだ。だから、群居している人間の仲間で、行儀作法が発達した」と述べています。

 つまり行儀作法は、自分も不愉快な気持ちを持ちたくないように、相手にも不愉快な思いをさせないためのものであり、相手に対する感謝や相手を思う心そのものです。

 立ち居振る舞いの美しさ、またはそれを教えることを、身を美しくすると書いて「躾(しつけ)」と言いますが、昔はどこのご家庭にも行儀作法を厳しく言ってくれる人がいました。

 たとえば下記のような言い回しで注意されることが多く、「三つ子の魂百まで」で自然と身につけることができたように思います。


 「炊きたての米にお汁をかけて食べると、目がつぶれる」

 「敷居を踏むことは、親の頭を踏むのと同じ」

 「御飯を食べてすぐ横になると、牛になる」


 行儀が悪いから良くないと言われるよりも、「牛になる」と言われるほうが余程インパクトがあります。挨拶の仕方や箸の持ち方、姿勢や歩き方等々、今思えば孫のため子のためのことであったことがよく分かります。

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割れ窓理論

 今から40年ほど前にアメリカの心理学者が人を対象に実験を行い、次のような結論を導きだしました。

*人は匿名性が保証されている、または責任が分散されているといった状態におかれると、自己規制意識が低下する。

*その結果、情緒的・衝動的・非合理的行動が現われ、又、周囲の人の行動に感染しやすくなる。


 現代のネット社会の一面を説明しているようで興味深いですが、上記のことを踏まえて提唱されたのが「割れ窓理論」です。

 割れ窓理論とは、割れた窓が放置されたビルは管理されていないことが一目瞭然で、そのまま放置しておくと建物全体の荒廃が進み、さらには地域全体が荒れていくというもので、ビジネスの現場でも採用されています。

 例えば、ある小売店でトイレをまめに掃除して清潔に保つように努めた結果、お客や従業員のマナーが良くなったという話も耳にします。

 昔は、やって来た営業マンの靴を見ればその営業マンの質が分かると言われていました。本気で考えれば細かいところまで心が行き届くはずという考え方です。

 不祥事を起こす企業というのは道徳や倫理の面でどこか欠落したところがあり、内部管理体制も確立できていない場合がほとんどです。

 そうした企業の品格は、経営者の言動や社員の振る舞いであったり、ちょっとした部分に自ずと現われるものです。

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サラリーマン川柳

 「川柳の伝統的な3要素は『うがち』『軽み』『おかしみ』。こんなの川柳じゃない!」とご立腹の方もいらっしゃいそうですが、そんなのいいではありませんか・・・面白ければ。

 第一生命のサラリーマン川柳。もう第25回になるのですね。

 これを皮切りに世の中に読者投稿の川柳ブームが起こり、いまや、遺言川柳、マネー川柳、バレンタイン川柳、数学川柳・・・・なんにでも川柳です。

 ことほどさように、わが国民は「5・7・5」が好きらしい。

 第25回 サラリーマン川柳の「100句」が公表されました。
 このなかからみんなが自分のベスト10を投票。

 投票期間は2月16日~3月15日。確定申告期間と同じですので今日までです。
 

 投票結果は4月下旬に第一生命公式ホームページなどで発表されます。

 第25回 私が選ぶサラ川ベスト10
→ http://event.dai-ichi-life.co.jp/company/senryu/index.html


 100句のなかの私のベスト10は・・・・


 キレやすい 部下を替えたい LED

 叱らずに 育てた部下に 怒鳴られる

 節電で 早く帰ると なげく妻

 おとうさん 胃酸でるけど 遺産なし

 俺知らぬ 妻のつぶやき 世界知る

 うちの娘も ねだる時だけ 芦田愛菜

 携帯に やっと慣れたら 皆スマホ

 がんばろう 日本とあんた 妻が言う

 スマホより トクホが先と 妻が言う

 娘に言う 君かわウィ~ね しかとされ


 みなさんのベスト10は???

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はまぐり

 ちょうど今頃が旬の「蛤」(はまぐり)。ペアの貝殻同士でしか形が合わないことから、相性の良い相手に出会えるようにとの願いを込め、桃の節句や婚礼のお膳に吸い物などにして並べられます。

 吸い物のほか、焼いたり酒蒸しにしたりして食べますが、火にかけると勢いよく殻を開きます。京都御所の「蛤(はまぐり)御門」は、江戸時代の大火の際に開門したことからこう呼ばれています。

 かつては日本各地で採れましたが、1980年代以降の干拓や埋め立て、海岸の護岸工事などによって生息地の浅海域が破壊されたために一部の地域を除いて絶滅状態になり、最近は中国産のシナハマグリが大半を占めています。

 輸入されたシナハマグリは、日本の浅海域で一時畜養されると、「国産」・「~県産」・「地はまぐり」の表記が可能となるために、これが市場に大量に出回っています。

 「ハマグリ」という名前は、浜辺にあり、栗と形が似ていることから「浜栗」と呼ばれたことに由来するそうです。 

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二つの意味

 「急いては事を仕損じる」と申しますが、一方で「善は急げ」と言い、「渡る世間に鬼はなし」と思いきや「人を見たら泥棒と思え」と言ったりします。

 このように反対の意味を持つことわざがあるのは珍しくありませんが、一つのことわざが二つの正反対の意味を持つという例もあります。

 たとえば、いろは歌留多の一番に登場する「犬も歩けば棒に当たる」です。

 この札には棒で打たれて逃げ廻っている犬の絵柄が描かれていますように、用もないのにうろうろ出歩いていると災難に遭うという教訓を伝えていますが、一方でこの言葉は積極的に出歩いていると思いがけない幸運に出会うことがあるという意味でも使われます。この札が登場した江戸時代の半ば頃から、両方の意味が存在したそうです。

 他に、二つの意味を持つものとしては「斧を研いで針にする」(努力すれば成功する、ムダな骨折り)などもあります。

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携帯電話

 携帯電話とPHSの加入契約数が、昨年末の時点で1億2986万8000台に達し、初めて日本の総人口(約1億2800万人)を上回って、国民1人に1台以上普及していることが総務省のまとめで明らかになりました。

 電波を利用する移動式の民生用通信サービスは、1979年に日本で始まった自動車電話サービスが世界初の実用化でした。自動車電話の機材は全て当時の電電公社からのレンタルで、保証金20万円、月額基本料3万円、通話料は6秒で10円というとても高額なものでした。

 自動車のバッテリーから給電されていた自動車電話に、持ち運び可能な電源を付けて自動車から切り離したのがショルダーフォンで、当初は大手企業の経営者などの利用に限られていました。

 2007年3月末の携帯電話の人口普及率はおよそ8割、2010年3月末に9割を超えました。自動車電話の登場から約30年を経た現在、携帯電話のサイズは手のひらに収まるまでに小型化され、普及率は100%を超えました。

 音声による通話機能のみだった携帯電話は、携帯型情報端末(スマートフォン)へと変貌を遂げました。同時に、様々な関連ビジネスが生まれ、経済のけん引役にもなっています。

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うがい

 うがいは日本独自の衛生習慣らしい。2002年から2003年に掛けての冬に、京都大学のチームがその「うがい」による風邪予防効果を研究・検証したことを最近知りました。

 『ボランティア387名を募り、くじ引きで「水うがい群」「ヨード液うがい群」「特にうがいをしない群」の3群に割り付け、2ヶ月間にわたって割り付けられたうがい行動をとってもらって風邪の発症を追跡した。その結果、発症率はうがいをしない群の1ヶ月あたり100人中26.4人に対して水うがい群は17.0人、ヨード液うがい群は23.6人であった。多変量解析で群間のばらつきをそろえると、水うがいをした場合の発症確率はうがいをしない場合に比べて40%低下することになる。一方ヨード液うがいでは12%の低下にとどまり、統計学的にも意味のある抑制効果は認められなかった。』とのこと(出典:京都大学保健管理センター)。

 更に、『水の乱流によってウィルスそのものか、埃の中にあってウィルスにかかりやすくするプロテアーゼという物質が洗い流されること、水道水に含まれる塩素が何らかの効果を発揮したことなどが考えられる。またヨード液でそれほど効果が出なかったことについては、ヨード液がのどに常在する細菌叢(そう)を壊して風邪ウィルスの侵入を許したり、のどの正常細胞を傷害したりする可能性が考えられる。』(出典:同)と続きます。

 これは新鮮な驚きでした。水恐るべし。早速今日からうがいは水にしました。出先などでうがい薬がなくて水でうがいをするときも、今までよりも効果がありそうです。病は気から。水のパワーでパシッと防衛したいと思います。

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江戸の「一両小判」事情

 家康公が天下を平定し、平和な江戸時代が訪れます。家康からその子供の二代将軍・秀忠を通じ、孫の三代将軍・家光の代には、四百万両(現代価格約六千億円)もの遺産と、天領四百万石の年貢、幕府の天領となった全国の金山・銀山からの収入、長崎を通じた貿易権の独占などで、幕府の財政は潤っていました。

 しかし、家光公は寺社の造営、修復に金を湯水のように使い、心底尊敬する祖父・家康公が祀られた日光東照宮へも、大名行列で度々参詣します。この家光公の日光参宮は、一回当たり十万両(約百五十億円)もの費用が費やされました。そして、四代・家綱公の代に、明暦の大火がおこり、江戸の町の復興に莫大な支出を強いられます。そして、五代将軍に就いた綱吉の、奔放(悪く言えば気まぐれ、場当たり)政策により、護持院、護国寺などの大寺院の建設、生類哀れみの令に発する巨大犬小屋の建設とその維持、そして、なにより、その綱吉当人の派手好きな性格からなる乱費により、江戸幕府の財政は、音を立てて崩れて行きました。

 そんな時、現れたのが、現代の財務省の局長クラスの地位である「勘定吟味役」の荻原重秀です。当時、まだ三十八歳だった荻原は、時の将軍・綱吉に「貨幣改鋳」を建白します。これは、現在流通している小判を改鋳し、その金の含有量を減らすことによる出目(でめ=改鋳により生じる益金)を幕府のものにしてしまうと言うものでした。こうして、元禄八年(1695)新しく製造された『元禄小判・重量17.9g』は、それまで通用していた『慶長小判・重量17.9g』(慶長六年(1601)鋳造)の金含有量86.8%に比べ、金含有量57.3%と質の悪い金貨となります。しかし、金の含有量を約三分の二にする事で、慶長小判二枚で元禄小判三枚を作る事が出来ます。この改鋳により、幕府は五百万両(七千五百憶円)とも言われる大金を得る事が出来ました。そして、荻原重秀は、この改鋳で幕府に多大なお金を得させましたが、自らもを莫大な金を隠匿したと言う奸臣でした。

 しかし、江戸の貨幣制度の大元を作った家康公は「子々孫々まで貨幣の品位を落としてはいけない」と言う遺命を残していた上に、貨幣の品位を落として出目で儲けると言う行為も「武士として卑怯である」と言う批判が起こります。当然、市中はおろか、日本国中がインフレの嵐に見舞われ、大混乱となります。

 パンドラの箱を開けてしまった荻原重秀は、続く宝永八年(1710)にも改鋳を行い、金含有量は84.3%ながら、重量9.4gと言う宝永小判を作り上げ、経済を混乱させます。しかし、幕政の中心についた儒者・新井白石が荻原の罷免を六代将軍・家宣に要求し、荻原は解任され、新井白石は、正徳四年(1714)に重量17.9g、金含有量84.3%と、慶長小判の品質に近い『正徳小判』を鋳造し、さらに享保四年(1714)重量17.9g、金含有量86.8%と、慶長小判と同品質の小判を鋳造します。

 しかし、幕府の財政危機は続き、名君・八代将軍・吉宗公は、不況からの脱却をめざし、元文五年(1740)に、重量13.1g、金含有量65.7%と言う元文小判を改鋳します。この政策は、『荻原』のような奸佞がからんでいなかったので、一応の評価を受け、八十年ほど通用しますが、老中・水野忠成が、文政二年(1819)に、出目を狙って改鋳を行い、重量13.1g、金含有量56.4%と言う文政小判を改鋳します。その後、幕府は坂道を転げ落ちるように、天保八年(1837)に、重量11.3g、56.8%の天保小判を、安政六年(1859)に、重量9.0g、金含有量56.8%の安政小判を、幕末の万延元年(1860)には、重量3.3g、56.7%と言う、江戸初期の慶長小判の、重量にして五分の一以下、実質の金の重量に至っては、八分の一以下の万延小判と言う悪貨を鋳造し、幕末の混乱に拍車をかけたのです。

 「荻原重秀」さんの事を悪く書いてしまいましたが、重秀さんは、悪貨鋳造の他に、長崎貿易改革、災害処理などで活躍し、五代・綱吉公の代に幕府の財政再建に大きな貢献をし、悪貨鋳造の翌年には、現代の財務大臣とも言える勘定奉行に昇進、綱吉公の死後も、六代・家宣公に使えた有能な官吏だったようです。正徳二年(1712)、新井白石に失脚させられると、翌正徳三年、五十六歳で死去しています。病死の他、失意の内の死去の他、自殺、はては新井白石に幽閉されての死亡などの諸説があり、その死因は明らかで はありません。息子の乗秀が建てた供養塔が、新潟県佐渡島の相川下寺町の 本典寺に現存しています。

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漱石枕流

 普段使っている日常の言葉でも、なぜこんな字が当てられたのかとふと疑問に思うことがあります。「流石(さすが)」などもそのひとつで、調べてみますと次のような故事がありました。

 古代中国において、皇帝から帝位を譲ると言われた人物が、耳が汚れたと言って川で耳を洗ったという伝説があります。

 この伝説を踏まえ、隠遁を決意したある人が「世を捨てて、流れに漱ぎ(すすぎ)、石に枕して暮らしたい(枕石漱流:ちんせきそうりゅう)」と言うべきところを、「石に漱ぎ、流れに枕す(漱石枕流:そうせきちんりゅう)」と言ってしまいました。

 間違いを指摘された際、咄嗟に「枕流は世俗のくだらない話を聞いてもすぐに洗い流すため。漱石は歯を磨くためだ」と言い返したそうです。

 上記が「漱石枕流」という故事で、こじつけや負け惜しみが強いことを意味しており、上手いこじつけだと感心したところから、感心した際の「さすが」は「流石」の字があてられたようです。

 ちなみに夏目漱石の名も上記の故事に由来しており、当時の文部省から文学博士の称号を贈る旨のことを打診された際、漱石は「自分には肩書きは必要ない」として辞退したそうです。

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海洋国家

 世界最高の掘削能力を誇る地球深部探査船「ちきゅう」が、愛知県渥美半島沖で「メタンハイドレート」の海洋産出試験に向けた海底掘削を始めました。

 日本付近には北米プレート、太平洋プレート、フィリピン海プレート、ユーラシアプレートの4枚もの大きなプレートの境界線があります。それら境界線付近では地震が発生しやすいという負の面がある一方、プレートの境界線上には無尽蔵ともいえる海底資源が存在しています。そうした観点から、地震大国の日本は「資源大国」になれるポテンシャルを有していると言えます。

 日本の国土面積は狭く、その点から見れば世界61位の小国です。しかしながら、領海(沿岸から最大12海里・約22kmまでの水域)と排他的経済水域(沿岸から200海里・約370km圏内の経済的な主権が及ぶ水域で、水産資源や鉱物資源の探査と開発に関する権利を有する)を合算した自国権利のおよぶ海域の広さでは、日本は世界6位の「海洋国家」に躍り出ます。

 日本の権利がおよぶ広大な海域には有望な海底資源が眠っています。その一つは「海底熱水鉱床」です。高温の熱水が、熱で溶けた金属元素とともに海底で噴出し、海水で冷却されることによって噴出口付近に沈殿して生成された鉱床が海底熱水鉱床で、金、銀、銅、亜鉛をはじめ、ガリウムなどのレアメタルも豊富に含んでおり、伊豆、小笠原、沖縄海域では世界最大級の複数の海底熱水鉱床が確認されています。

 海中の山の斜面に堆積している「コバルトリッチクラスト」も有望な海底資源です。コバルトリッチクラストには、コバルト、マンガン、ニッケル、白金の他、レアース(希土類)も豊富に含まれ、回収可能な資源量は11億トン、うちコバルトの資源量は日本の年間使用量の358年分、金額換算で100兆円を超えるとの推計もあります。

 天然ガスと同じ成分であるメタンが低温・高圧の海底で氷状に固化した「メタンハイドレート」は、日本近海に天然ガス国内消費量の約100年分、エネルギー価値で約120兆円に相当する量が存在すると試算されており、海底熱水鉱床やコバルトリッチクラスト、メタンハイドレートなどの海底資源の規模はおよそ300兆円との試算(日本プロジェクト産業協議会)もあります。

 尚、「ちきゅう」による今回の掘削は3月下旬まで続く予定で、来年1~3月に世界初のメタンハイドレート海洋産出試験を実施。安定的に取り出すことに成功すれば、2018年度の商業化を目指すことになります。

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高島嘉右衛門

 「夕暮迫れば、灯(あかり)がともり、文明開化の色を見る」

 明治5年、日本で初めてガス灯が燈った横浜に大勢の見物人がやってきたそうです。日本初のガス会社を興しガス灯を設置したのが高島嘉右衛門(たかしまかえもん)です。現在でも横浜の馬車道には、当時の型を復元した街灯が配置されています。

 高島は、他にもセメント会社を興し、石炭会社を経営、水道事業等にも関わるなど明治期を代表する実業家の一人で、東京・横浜間の鉄道敷設を計画し、路線短縮のため海の埋め立てを実行、その所産が現在の横浜市営地下鉄高島町駅や高速鉄道みなとみらい線新高島駅の駅名に残ります。

 高島嘉右衛門が豪商になる前、若くして家業の材木商を継いだ頃の話ですが、ある時、幼少の頃からたしなんだ易占いで大地震の発生を予言し、大量の材木の買い入れに動きます。間もなく起こった大地震が「安政の大地震」で、江戸の町は倒壊と火災とで甚大な被害を被りましたが、その復興事業で高島は巨利を手にします。

 高島の名は実業家としても名を残していますが、それよりさらに有名で皆様もよくご存じの業績を残しています。

 復興事業で大金を手にした後、一転して巨額の負債を背負ってしまうのですが、横浜で商売をしている時に外国人との取引で国内と国外の金と銀の交換比率の違いに気づき、それを利用して利益を得、負債を完済します。今でいうところの為替のディーリングで、このやり方が当時のご禁制であったため入獄。獄中の数年間と出所後は易学の修養に励みました。

 時に占いをもって会社経営にあたり弊害もあったとされていますが、高島の占いの的中率は高く、大久保利通や西郷隆盛、山県有朋、大隈重信、伊藤博文ら時の政府高官にも指南する易占の大家となってゆき、伊藤博文の死期については、暗殺であることや暗殺者の名前まで予見したとされています。

 この人が皆様ご存じの高島易断を創始した「易聖」高島呑象(どんしょう)です。
 
 ちなみに呑象(どんしょう)の名は、勝海舟から号をつけたらどうかと勧められ際に、「どうしよう」の語呂合わせから付けられたそうです。

 尚、昭和31年の呑象の御子息の寄稿文には、世の中に数多く存在する「高島」を名乗るすべての団体や易者は、高島呑象の門下でも縁故の者でもなく、当家とは関わりはないと記されています。また、営業を妨害するつもりはありませんがと断った上で、「高島易断を謳って当家又は当家縁類の者であるかの如く、又、亡父門下生であるかの如く社会一般に於いて信じられ居る事は迷惑至極で御座います」としています。

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地熱発電

 現在、全国に54基の原発がありますが、稼働しているのは北海道電力泊3号機、東京電力柏崎刈羽6号機、関西電力高浜3号機の3基のみです。それら3基も順次点検に入り、4月下旬には稼働原発がゼロになる予定です。

 もし、原発稼働ゼロで一昨年夏並みの猛暑となった場合、最大電力に対する供給力が全国で7%不足するとの試算があり、そうなれば国民皆協力して節電に努力しなければなりません。もちろん、産業的にも、消費的にも、メンタル的にも打撃を被ることになります。

 そんな状況もあって、民主党は定期点検で停止中の原発の再稼働を容認する方向で調整を始めたと報道されています。原発に対する安全神話が崩れた現在、簡単に結論がでる議論だとは思いませんが、行方を見守りたいと思います。

 ところで、資源エネルギー庁がまとめた平成22年度の発電実績(震災前の数値)は下記のようになっています。

  火力     60.25%
  原子力    31.39%
  水力       8.08%
  地熱       0.27%
  風力・太陽光 0.01%

 
 今回の災害で再生可能エネルギー導入の必要性が高まっており、すでに様々な動きがあることは周知のことかとは思いますが、地熱発電について少し触れておきたいと思います。

 昨日の当ブログで、日本は世界6位の「海洋国家」だと申しましたが、火山の多い日本は地熱発電に関して、インドネシア、アメリカに次ぐ世界第3位の資源量を保有しています。日本には地熱で2340万キロワット発電できる資源量があるとされていますが、しかし実際の発電容量は55万2千キロワットで、資源量の40分の1程度しか利用できていません。実際の発電容量では世界8位にランクを落とします。

 地熱発電は地熱を使ってタービンを回すため、風力発電や太陽光発電と違い、天候に左右されず安定的に確保できるという利点がありますが、利用できる熱源のおよそ8割が、法律により開発が厳しく規制されている国立公園や国定公園の「特別地域」にあるため開発を進めようがないというのが実情です。

 また、熱源の周辺にある温泉地との共存も大きな課題です。湯は温泉の命であり、地熱発電のためにボーリングを実施し、その影響で湯量が減ったり、湯の温度が下がるようなことがあったらどうなるのか・・・その問題に解決の道筋が見えない限り、温泉地の反対で開発は困難になります。

 「特別地域」が障壁になっている問題に関しては、環境省が検討会を開き、景観に影響を及ぼさないという条件付きで、特別地域の外から特別地域の地中の一部に斜めに掘ることを認める基本的な考え方を示しました。環境省はこの考え方を基に検討を重ね、来月中には新たな開発の方針が示される見通しです。

 温泉地への影響に対する懸念については、既存の源泉の井戸を使い、温泉発電ユニットを追加する「バイナリー発電」が注目されています。この方法だと新規掘削をする必要がないため、温泉への影響はありません。

 実際にバイナリー地熱発電の導入を検討している温泉組合も出てきており、バイナリー発電で温泉地の電力を賄うとともに、温室利用や魚の養殖などの案もあるようです。

 いずれにしましても、地熱発電の本格利用に向けた動きは始まったばかりで何もかもこれからという状況ですが、かなりのポテンシャルを秘めていることは間違いなさそうです。

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おすすめの梅の名所

 公園や山寺、緑豊かな住宅地などを歩きますと、紅白の梅の花がほのかに香り、春の訪れを感じる季節になりました。先日、専門家が選んだ「おすすめの梅の名所」というランキングがありましたが、1位は東京都青梅市の「吉野梅郷(ばいごう)」となっていました。

 もともと食用の梅農家が多かった地域に、青梅市が1972年に町おこしをねらって観賞用に「梅の公園」を整備。4万5000平方メートルの土地に赤、白、黄など1500本の梅が咲き誇るそうです。

 2位は神奈川県の湯河原梅林で、1996年から一般公開が始まりました。4000本の梅が紅白鮮やかに咲き、視覚を圧倒する風景が持ち味だそうです。

 3位は菅原道真ゆかりの北野天満宮(京都)で、道真の命日である2月25日に「梅花祭」が開かれました。「舞妓」(まいこ)や「芸妓」(げいこ)たちが梅の咲く境内で茶会を開く光景は京都ならではです。

 ちなみに、「舞妓と芸妓、どう違うの?」と思ったことがある方も多いと思いますが、「舞妓」と「芸妓」は、唄や踊り・三味線などの芸で宴席に興を添えることを仕事とする女性の事をいい、「舞妓」とは「芸妓」になる前の15歳から20歳くらいまでの未成年の少女のことを言い、「舞妓」として約5年間修行した後に「芸妓」になるそうです。

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ツバキ

 魚偏に秋と書いて鰍(カジカ)、冬は鮗(コノシロ、幼魚はコハダ)、春は鰆(サワラ)、残念ながら魚偏に夏という字はありませんが、しいてあげればハモ(鱧)やアワビ(鰒・鮑)あたりが相応しいように思います。

 一方、木偏には四季がそろいます。榎(エノキ)、楸(キササギ)、柊(ヒイラギ)、そして椿(ツバキ、英名カメリア)です。

 落花の際、花全体がぽとりと落ちる様子が忌まれたりしますが、冬の間も艶のある葉を持ち、寒風の中で花を咲かせる姿に霊力を感じ昔から親しまれてきた花です。

 京都の地蔵院(別名椿寺)には、加藤清正が朝鮮から持ち帰り、椿好きの秀吉に献上したとされる「五色八重散椿(二世)」が遺り、京都には他にも利休や織田有楽斉など所縁の名椿の古木が数多く現存します。

 「椿の里」をPRする岩手三陸の大船渡市でも、恒例の椿まつりが始まりました。震災の影響で例年よりも1カ月遅れの開催ですが、全国から椿の寄付が相次いだことで種類は13カ国600種、数は700本に増大したそうです。

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「鍋」

 この冬は寒さが厳しく、全国的にも「鍋」を囲む機会が増えているのではないでしょうか。

 先日、ウェザーニューズが行ったアンケート調査では、日本一鍋が好きなのは山梨県民となっていました。また、日本人の3割は「鍋奉行」であり、その鍋奉行の割合が最も多いのは香川県民という結果も出ていました。

 好きな鍋の一番人気は「寄せ鍋」、2位は「キムチ鍋」。続いて「すき焼き」、「しゃぶしゃぶ」となっています。

 一冬に食べる鍋の回数は全国平均で11.31回。最多は香川県の13.54回で、最小は沖縄県の9.22回です。ただ、1回の鍋にかける金額が最も多いのは沖縄県民となっています。

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民間事故調

 あれから1年が経とうとしていますが、東日本大震災が発生した当時の災害対策本部、特に原発力災害対策関連の会議の議事録が作成されなかったことは政府・民主党の責任逃れだという見方がありますが、多分そうでしょう。

 未曽有の危機に際し、教訓として活かされるべき記録を作成しなかったという事実は、未来に対する責任放棄であり、不作為の罪という点では犯罪に等しいものです。つまりは自分たちの失策が後で露見し問題にならないように、故意に記録を残さなかったのだろうとの見方が事実に近いのかもしれません。

 ところで、政府と東電が「国民を守る」責任をどこまで果たしたか検証するとして、政治家や官僚でもない民間人が主体となった福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)がまとめた報告書には、今さらながら背筋が寒くなるような経緯が記されています。

 報告書は、パニックと極度の情報錯綜(さくそう)に陥った当時の菅首相や官邸中枢はテンパッた(報告書の表現)状況となったとし、言い出したら聞かない(報告書表現)菅氏の無用の現場介入により混乱が拡大したと結論づけています。

 また、放射性物質の広がりを予測する「SPEEDI(スピーディ)」は、危機の際に住民の避難にいかすべく、約120億円をかけて開発されたシステムですが、災害対策を指揮する官邸は当初その存在すら知らされず、その件に関して所管の文部科学省は「データの信頼性が低く、説明の必要はないと判断した」としています。つまりは、原発を立地する際に住民の不安を和らげるためだけの小道具に過ぎず、所管官庁もそのように認識していたということです。

 民間事故調の報告書は、自己弁護に終始した政府事故調の報告とは一線を画し、「専門知識・経験を欠いた少数の政治家が中心となり、稚拙で場当たり的な対応を続け、官邸による現場介入は無用な混乱を招いた」と指摘しています。

 また、前首相に対して罵倒したりなじることはせず一定の配慮を示しながらも、「菅首相の個性が政府全体の危機対応の観点からは混乱や摩擦の原因ともなった」との見方を紹介しつつ「政府トップが現場対応に介入することに伴うリスクについては、重い教訓として共有されるべきだ」としています。

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レンコン

 蓮(はす)の根と書いて「蓮根」(レンコン)。「先が見える、見通しがきく縁起のいい食材」として重宝され、ひな祭りの時期にはちらし寿司の材料として、またおせち料理の材料として需要が増えるなど、今でも祝い事が近くなると消費が伸びます。

 今では年中出回っていますが、このレンコンには、ビタミンCが豊富で、みかんの1.5倍、大根の3.7倍に相当する量が含まれているそうです。

 ご存知の通り、レンコンは蓮(ハス)の開花後にできる地下茎で、穴があいているのは水中で生育する特性から空気を運ぶ通気組織が発達したためです。

 最近は気軽にレンコンの栄養素を吸収できるように、粉末加工した品も出回っています。湯で溶かして飲めば、風邪やのどの痛みの緩和に効果があるといいます。主産地は茨城県で、全国の3割以上を占めます。人気がありますのは徳島県産で、一本一本手掘りで収穫するため品質もよく、産地に近い関西圏では卸値が他産地の2倍になることもあるそうです。

 尚、選ぶ際は、形に丸みがあって、ずん胴形のもので、表皮につやがあり、淡褐色のものがよいそうです。

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ブランド価値ランキング                   

 「ブランド」とは本来、自家の所有物であることを示すために家畜に押した焼き印のことを言いましたが、それが現在では企業や商品を差別化しイメージづけると同時に、顧客にとりましては選択の際の判断基準になるという重要な価値を帯びるようになっています。

 高いブランド力は、同様の商品でありましても他社よりも高い価格をつけることを可能にします。こういった場合のブランドの価値は「超過収益力」と呼ばれます。

 ブランド価値は無形資産であり、一般的に客観的な数値で見積もることができないため自社の資産項目に計上することはできませんが、合併の際には「のれん代」として計上されます。他社を買収する際、相手企業の収益力以上の巨額ののれん代を支払ったケースは少なくありません。

 ブランド価値の定量化(数量化)は難しいとされますが、世界最大のブランドコンサルティング会社のインターブランドが、日本発で海外にも展開しているブランドを対象に価値評価ランキングを発表していますので下記にてトップ5をご紹介させていただきます。


 <日本のベスト・グローバル・ブランド> 2012年版

           ブランド価値 ※1ドル=78.5円で円換算・概算

  1位 トヨタ   2兆1800億円
  2位 ホンダ   1兆5200億円
  3位 キヤノン    9200億円
  4位 ソニー     7700億円
  5位 任天堂     6100億円
 

 尚、上記は前年順位と変わらずで、3位までが前年よりも価値が増えているのに対し、ソニーと任天堂のブランド価値は2ケタ減となっています。
 
 また、インターブランドはトヨタに関して、「2010年のリコール問題でブランドへの信頼が一時揺らいだが、プリウスの成功によりグリーン・イメージを確固たるものにしているだけでなく、グローバルにおける環境イメージで競合ブランドの追随を許さない状況となっている」と評しています。

 ちなみに、インターブランドの評価では、ドイツのフォルクス・ワーゲンのブランド価値は約6200億円、韓国のヒュンダイ(現代自動車)は約4700億円となっています。

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