« 2013年5月 | トップページ | 2013年7月 »

2013年6月

江戸の凧事情

 凧は中国が発祥の地と言われ、それが日本を始めとして、世界各国に伝播したものです。凧上げは、独楽回しと並ぶ、江戸の子供達の代表的な遊びでした。特に、お正月から桜の花の咲く春先頃までがピークで、町中のどこへ行っても、凧上げに興じる子供の姿が見られました。もちろんそれ以外の季節でも、子供には人気のある定番玩具で、「意地の悪い凧屋」の様な凧の行商人が、一年中、凧をたくさん持って、町中を売り歩きましたし、出店・屋台形式の凧屋もあり、町内のオモチャ屋でも、凧は定番アイテムとして必ず売っていました。

 当時の凧の定番は、鳶凧(とんびだこ)と、奴凧(やっこだこ)です。鳶凧は、鳥の鳶(とび)が羽を広げた形、奴凧は町奴(まちやっこ=江戸の町中を徘徊した侠客)が腕を広げた形をしており、現代ノーマルな四角い凧ではありませんでした。もちろん、江戸にも、角凧(かくだこ)と呼ばれる四角い凧もありましたし、六角形の六角凧もありました。

 江戸の子供達は、大勢で凧を上げ、その上がった高さを競い、また、互いの糸を切り合う、凧合戦をした遊びました。相手の凧の糸が良く切れる様に、自分の凧の糸には、胡粉(ごふん・貝殻を焼いて製した炭酸カルシウムの粉末)を水に溶いたものを塗り、その上から、割れた瀬戸物を擦り合わせて作った細かいガラス粒子をまぶすなど、工夫を凝らしていました。いつの時代も子供は遊びの天才ですね。

 江戸の大人達は、子供が口を開けて空を見上げると言う、凧上げの姿勢が、子供の体内の余分な熱を放射して、健康を保つ効果があると考えており、大人も、子供の凧上げを推奨していました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

江戸の按摩事情

 時代劇などの影響で、流し按摩は、小さな竹の笛を「ぴぃー」っと吹きながら、町中を流す姿が思い浮かびますが、笛を吹くのは京阪に多く、江戸では「按摩、針の治療ー」と呼びながら流すのがもっぱらです。通常は、上半身・下半身両方マッサージしてもらって、四十八文が相場ですが、子供の按摩は「上下(かみしも=上半身と下半身の意)もんで二十四文」などと呼びながら流す者もおり、子供の力で揉むので、お安くなっているのです。また、上半身または下半身だけのマッサージを頼むと、半額の二十四文(子供の按摩だと十二文)になります。

 なお、江戸が終わり、明治以降になると「按摩、上下、一貫文」と呼ぶ按摩が多くなります。明治以降の按摩の料金は、十銭になりますが、その当時、十銭の事を一貫と称したための呼び方です。

 また、町内を流さず、店を構えて、お客を待つ按摩さんもおり(現代の整体院ですね)、そんなお店には「足力(そくりき)」と言って、手だけではなく、足まで使ってマッサージするスタイルの者もおり、上半身・下半身、両方マッサージで百文です。

 江戸期の按摩さん(現代の整体師、マッサージ師)は、盲目の方が多いのですが、中には健常者の按摩さんもおります。また、盲目の按摩さんは、「針治療」を兼ねる方が多く、店を構える按摩さんは「灸治療」を兼ねる場合が多かった様です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

食中毒

 ジメジメするこの時期は食中毒の発生しやすい時期です。

 細菌が増殖するためには、栄養・水分・温度の三要素が必要です。すでに食品中には栄養と水分は存在していますが、気温が高くなることで菌が繁殖しやすくなり、さらには湿度が高いと本来乾燥気味の食品も空気中の水分を吸収してしまい、菌の増殖を助長します。

 時には死亡にも至る怖い食中毒。その予防に有効な「食中毒予防の三原則」をご紹介させていただきます。

 1.清潔(菌をつけない)

    手指・調理器具や衣服などを清潔に保つことが大切です。

 2.迅速または冷却(菌を増やさない)
   
    つくり置きはやめ、食品は早めに食べる。冷蔵保存の場合、庫内温度
    は菌が繁殖しにくい5度以下が目安。

 3.加熱(殺菌)

    ほとんどの細菌は熱に弱く、過熱が効果的。調理器具も熱湯殺菌。


 ちなみに、殺菌作用のある食べ物も食中毒の防止に役立ちます。

 例えば、梅干しは殺菌・抗菌作用があると同時に胃腸の働きも助け、殺菌力の強いにんにくや生姜なども食中毒の予防に効果があります。緑茶に含まれるカテキンやココアに含まれるポリフェノール、お酢などにも殺菌効果があり、シソには強い防腐力があります。

 もちろんこれのみで万全というわけではありませんが、そういう時期だということを心に留めておきたいものです。

 年間の食中毒の発生件数は、飲食店や施設などで発生する割合の方が多いのですが、死亡に至るほど重篤化する確率が高いのは家庭で発生する食中毒で、食中毒に関する知識の不測や衛生管理の不徹底が原因として考えられています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

財界総理

 経団連会長の後任人事が話題になっていますが、経団連会長と言えば、以前はその強いリーダーシップを称して「財界総理」と呼ばれていました。そう呼ばれるきっかけとなったのが、旧経団連の第二代会長(1956年~1968年)の石坂泰三です。

 石坂を題材にした城山三郎の著書に詳しい経緯が記されていますが、石坂は53歳で第一生命の社長に就任、在籍8年で中堅だった同社を業界2位の地位にまで押し上げます。第一生命の社長を辞した後、当時は大戦後で、公職追放により多くの経営者が企業から去ることになりました。東芝もそうで、石坂は東芝の社外重役を務めていた縁で、推されて東芝の社長に就任します。齢62のときです。

 当時の東芝は、大量の人員整理か、さもなければ大型倒産かの厳しい状況にあった頃で、東芝は労使決選の天王山と言われるほどに労働争議で荒れていた時期でもありましたが、石坂はその難事を解決するとともに同社の業績を急回復させました。その手腕を買われて今度は経団連会長に推され引き受けたのが70歳のときです。

 会長として経団連会館の建設を巡って当時の大蔵省に掛け合うのですが、幾度となく足を運んでも煮え切らない態度の大蔵大臣に「もう、君には頼まない」と雷を落としたのはあまりにも有名です。この場合、要望を受け入れるか否か、理解しているか否かとかそういうことではなく、話を正面から受けることなしにのらりくらりと誤魔化すかのような態度に我慢がならなかったため、と「もう、きみには頼まない」の著者城山三郎は解釈しています。

 この気骨は、GHQのマッカーサーに対しても、日銀総裁に対してもそうだったようです。政府に頼まれた大阪万博会長を引き受けた際は、あまりの予算の少なさに首相官邸に乗り込み、時の佐藤栄作総理に「これは本来、政府の仕事。100億でやれと言われれば100億のものを、1億でやれと言われれば1億のものを作る。こちらはそれだけのこと。それで成功すれば政府の手柄になるし、失敗した時は恥をかくのはあなたの方だ。それでいいんですか」と一方的に怒りをたたきつけて佐藤総理を慌てさせています。結局、予算はつき、赤字必至とみられた大阪万博を大成功させています。

 また、田中角栄嫌いでも知られており、田中が総理の時、あるパーティーで田中が近寄ってきて石坂に挨拶すると、簡単に挨拶を返しただけですぐに他の財界人に顔を向けてしまい、周囲をあわてさせたそうです。

 それ以来、日本には総理が二人いるとして「財界総理」という言葉が使われるようになりました。こういったところばかり紹介すると、ただの頑固じいさんのように聞こえてしまいますが、戦後の日本経済を立て直し高度経済成長を果たしのは、ひとつには大局をつかむ能力に優れ、懐が深く、強いリーダシップで経済界を束ねた石坂経団連会長の存在があったればこそです。

 また、臨時行政調査会長として活躍した土光敏夫も、土光を石川島播磨から東芝に引き抜き、さらには第四代経団連会長に強く推した石坂の存在抜きには語れません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

雷記念日

 この時期は雷が響くことが多く、「雷鳴れば梅雨明け」との諺もあります。

 ちなみに今日は「雷記念日」とされていますが、その由来は1千年以上も前の平安の頃のお話です。

 現在は学問の神様として崇められている菅原道真公は若くして栄進し、右大臣にまで昇りつめましたが、その才能を妬まれ、策略によって九州の地に左遷、流罪同然の仕打ちを受け失脚させらてしまいます。

 その後、都で疫病が蔓延し、左遷に荷担した公家らが次々と亡くなったりしたことが道真公の祟りであると畏れられるようになりました。

 その頃、日照りが続いていたことから、清涼殿の殿上で雨乞いについて話し合いが行われていた時、にわかの雷鳴とともに殿上に落雷、そこに居た多くの公家達が命を落としました。その日が西暦930年の今日6月26日です。

 この落雷事件をきっかけに、雷の神威とされる天神様と道真公が結びついていったようです。

 陰陽師が歴史の裏表に盛んに登場するのもこの頃で、その後、道真公は名誉を回復し、数々の禍も配下の悪神の所業とされ、それを抑える天満大自在神として崇められるようになりました。

 なお、災難を避けようとして「クワバラ、クワバラ」と唱えるおまじないは、道真公の領土の一つに桑原と呼ぶ地があり、そこには雷が全く落ちなかったことに由来し、もともとは雷除けの呪文だったそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

スパイス

 ジメジメとした梅雨時や夏場はどうしても食欲が落ちてきますが、こんな時に欠かせないのが『スパイス』です。


 『スパイス』と言いますと、「辛い!」というイメージが浮かぶかもしれませんが、苦み・甘み・辛み・渋み・酸味など様々な味のものがあり、ポプリや入浴剤、お茶などに用いられるハーブ類もスパイスの一種です。

 香りづけ、臭み消し、辛みづけ、色づけなどに使われる植物性のものは全てスパイスであり、トマトや柑橘(かんきつ)類、香りの強い野菜なども広い意味でのスパイスと言えます。

 スパイスの主な活用法としましては、

・精神的な疲労や熱があるとき

 発汗作用のあるトウガラシやカレー粉を使った料理、アセロラやグレープフルーツ、タマリンドなどビタミンCを豊富に含む果物を食べるといいとされています。

・口臭が気になるとき

 バジルを噛んだり、フェンネル(ウイキョウ)の種子やグレープフルーツなどのビオフラボノイドを含み、ビタミンCが豊富な果物を食べることで口臭を取り去ります。

・なかなか寝つけないとき

 カモミールやタイムのお茶、クチナシの実とハトムギの煎じ液などを飲むと、神経の高ぶりが抑えられるといいます。

・ストレスがたまっているとき

 ローズマリーやセージのお茶、セロリとはちみつのジュースなどがいいとされています。


 その他、まだまだ多くの活用法がありますが、スパイスの役目は飲食物を美味しくするだけではなく、かつては防腐剤として珍重されていましたし、中国では漢方の生薬として広く利用されてきました。

 さらに、日本でも風邪をひいたときにショウガ汁をたらした葛(くず)湯を飲んだり、夏の食欲のないときに七味唐辛子などを利用したりしてきました。スパイスは料理の味に彩りを添えるばかりでなく、上手に活用することで健康の増進にも役立ちます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

かたつむり

 そういえば久しく見ていない「でんでん虫」。市街地では公園や園庭などでもほとんど見かけませんが、これも地球温暖化による土壌の乾燥、またはヒートアイランド現象(朝夕の気温が下がらないため霧の発生が減り、湿度も高くならない)が一因ではないかと見られています。 


 「舞へ舞へ蝸牛(かたつぶり) 舞はぬものならば

 馬(むま)の子や牛の子に蹴させてむ 踏破(ふみわら)せてむ

 まことに美しく舞うたらば 華の園まで遊ばせむ」


 源平の頃の後白河法皇が編纂した「梁塵秘抄」の囃し歌(上記)に登場する「舞へ舞へ」、もしくは「巻き巻き」から転じた「まいまい」などの呼び名もありますが、もともと京都近辺の方言であった「かたつむり」という呼び名が共通語となっています。また、童謡の影響も大きく、「出よ出よ、むし」から変化した「でんでん虫」という呼び方も広く一般化しています。

 民俗学者の柳田国男は自らの著書で、蝸牛(かぎゅう、かたつむり)には180種以上の呼び方があるとし、京都の方言であった「かたつむり」を基点に言葉が地方に向かって同心円状に伝播していった結果として方言が形成されたのではないかとする「方言周圏論」を展開しました。

 さて、雑事に追われ、時間に追われながら日々を過ごし、何事もクイックリーであることが求められる時代ですが、本当に必要なのはでんでん虫のようなスローな生活なのかもしれません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アジサイ

 梅雨入りとなって湿っぽい陽気が続いています。そうした中、街角で見かける紫陽花(アジサイ)が雨に濡れて生き生きと咲いているのが印象的で思わず足を止めてしまいます。しとしと雨が降る中で咲くアジサイの花、まさしく日本の梅雨の風景かもしれません。

 ご存知の通り、この梅雨から夏にかけて咲くアジサイは、咲き始めから花の終わりまでに色が変化してくるため「七変化」と言われますが、そのためか花言葉は「移り気」となっています。今ではこのアジサイの花には、青、白、ピンク、紫、赤、そして緑・・・と様々な色がありますが、本来の日本のアジサイは青だったそうです。

 アジサイについてよく言われていますが、土壌が酸性だと青くなり、アルカリ性だと赤くなります。もともとの日本の土壌は酸性であるため、日本古来のアジサイは青だったという訳です。幕末から明治にかけて来日した西洋の人々が初めて見る美しいアジサイを持ち帰り、青以外の色の花を作り出したそうですが、元々ヨーロッパの土壌はアルカリ性のため、青かった花が自然と赤っぽくなり、そして色とりどりの花へ変化を遂げたそうです。

 ちなみに、アジサイを西洋に紹介した人物として有名なのは、かのシーボルトですが、彼はアジサイの学名を「ハイドランジア オタクサ(Hydrangea otaksa)」と名づけました。この「Otaksa」は、シーボルトが日本の愛人「お滝さん(楠本滝さん)」を想い、彼女の呼び名を名付けたそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

胆大心小

 大胆であると同時に細かい点にも注意を払うことを「胆大心小」と言い、「大胆にして細心であれ」の言葉は一般社会にも通じるところがあります。

 彫刻をする際は、鼻はできるだけ大きく、目はなるべく小さくとってから始めたほうが良いと言われます。なぜなら、大きな鼻は小さくできますが、小さなを鼻を大きくすることはできません。同じく小さい目は大きくすることができますが、大きな目を小さくすることはできないからです。

 上記は中国の古典「韓非子」に紹介されている話で、どのような場面でも通用します。これは、事を為す場合にはフォローできる態勢をつくっておくことが大切で、一発勝負で修正のきかないようなことはしてはいけないということです。

 そして、修正のきかない部分には慎重さもって臨めば、滅多に失敗はしないものだと韓非子は付け加えています。

 一般社会におきましても一か八かの一発勝負は避けるべきで、常に修正できる余力(精神的にも)を保持しておくことが大切です。同じように見える大胆さでも、成功するのは「慎重」の上に建つ「大胆」です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

トリレンマ

 二つの選択肢のどちらにも何らかの不利益があって意見がまとまらないことを「ジレンマ」と言いますが、三つの選択肢がある場合は「トリレンマ」と呼びます。

 環境問題はまさにこの「トリレンマ」です。「経済発展」と「資源・エネルギー・食糧の確保」、そして「地球環境の保全」、この三つの問題を解決することを目指すのが環境問題です。

 国際金融においてもトリレンマが存在します。「自由な資本移動」と「為替の安定」および「国家ごとの独立した金融政策」のうち2つ同時に実現することはできるが、3つ同時に実現することはできないというものです。

 例えば、中国では「為替の安定」と「中央銀行による独立した金融政策」の達成に主眼を置くかわりに、外国資本の流入に規制を加えてきました。

 一方、日米では「自由な資本移動」と「独立した金融政策」を確保する代わりに、変動相場制によって表向きには為替の安定を放棄しています。EUの場合は「資本移動の自由」と「単一通貨ユーロの安定」の両立を図る一方で、金融政策は欧州中央銀行(ECB)が担っているため、各国が独自の金融政策を採ることはありません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

自動車メーカー

 トヨタ自動車は豊田自動織機の事業の一つとして産声を上げました。同じようにスズキの前身も鈴木式織機であり、一時は日本の産業をリードした繊維業の動力機械に関する技術は、さらに磨きがかけられ次代を担う自動車製造に活かされました。

 三菱自動車は三菱重工業の一部門として立ち上がり、いすゞ自動車も現在のIHI(旧石川島播磨重工業)の自動車部に端を発します。それとは別に当時宮内省御用達の自動車メーカーであった東京瓦斯電気工業があり、両社が合併して生まれたのがいすゞ自動車です。ちなみにいすゞの名は、商標デザインを手がけた島氏が好んだ三重県伊勢市の五十鈴川にちなんだものとされています。

 ここから少し込み入った話になりますが、先の石川島の自動車部が独立して開発した車は出資者のイニシャルをつなげてダット(脱兎)号と言い、そのブランドは戸畑鋳物(現日立金属)が継承します。

 戸畑鋳物の創業者鮎川義介は、後に請われて久原鉱業(後の日立グループの母体)の経営再建を任され、持ち株会社式経営で事業を拡大していきました。その持ち株会社が日本産業であり、傘下に日立製作所や日本鉱業(現JXホールディングス)、日産化学や日本油脂(現日油)などを有して財閥を凌ぐ巨大コンツェルンとなっていきます。

 話を戻し、「ダット」ブランドを継承した戸畑鋳物が製造した自動車はダットの息子という意味でダットサンと名づけられました(英語表記で息子を表すSONは“損”を連想させるためDATSUNと表記、英米ではダッツンと発音されることがほとんどです)。これが日産自動車の源流となります。

 また、飛行機に憧れた少年が世界のホンダを築き上げたことは有名ですが(創業者の夢は「ホンダジェット」として結実)、戦前・戦中の飛行機製造技術は自動車産業が取り込むことになります。ちなみにドイツのダイムラーやBMWも飛行機製造技術を礎にしており、両社のロゴマークは共にプロペラに由来しています。

 当時、戦闘機の隼や零戦に搭載されたエンジンを製造していた中島飛行機は、戦後12社に解体され多くの技術者が流出。ホンダで四輪事業とF1レースのリーダーとなった中村良夫氏もその一人です。そして旧中島飛行機の数社が集まってできたのが富士重工業です。

 富士重工が最初に製造した自動車には、同じく中島飛行機分割後の1社である富士精密のエンジンが提供されました。富士精密は後にブリヂストンに買収され、さらにはプリンス自動車(立川飛行機系)と合併。プリンス自動車は日本のレース界をリードし、後にスカイラインやグロリアなどを開発することになります。日産が「技術の日産」を冠するようになったのはプリンス自動車を吸収してからのことです。

 また、社名に関しましては、創業者の性に由来するマツダの名は、英語表記でmatsudaではなく、mazdaと記します。これはゾロアスター教の光明神アフラ・マズダにかけたもので、自社の自動車が自動車界の光明となるよう願いを込めたとも言われています。現在の大阪大学工学部の開発チームに由来するダイハツは、当時はありふれた「発動機製造」という会社名を使っていましたが、いつしか大阪の発動機製造と言う意味で「大発」と呼ばれるようになったそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

体内時計

 二十四節気の節を基準に四季を区分する節切りでは5月初旬の立夏から夏が始まりますが、英語でいう「サマー」は今日の夏至から始まります。

 また、夏至は昼が最も長い日です。暑さはこれからが盛りですが、昼の長さは今日をピークに徐々に短くなっていきます。「陽は陰を含み、陰は陽を含む」と申しますように、季節の移り変わりが少しずつ準備されていくことに、つくづく自然の妙を感じます。

 ところで、動植物は気温や日照時間などの微妙な変化から行動を変化させています。つまり、冬眠や落葉、日々の睡眠など、動植物には地球の自転や公転に合わせた生理的なリズムが備わっています。

 人間の場合も例外ではなく、体温やホルモンの分泌などに周期的な変化が表れます。これが一般的に「体内時計」と言われるものです。

 体内時計にも時計合わせの起点となるものが存在します。それは「朝の日光を浴びること」であり、それによって人間の身体は活動の準備に入ると言われます。太陽の光でありましたら曇りの日の窓際でも十分だそうです。

 現代人の生活様式は昔と違って様々ですが、たまにはこういったことを意識して生活のリズムを整えることも必要なのかもしれませんね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日経MJヒット商品番付

 日本経済新聞社がまとめた今年上期(1~6月)の日経MJヒット商品番付によりますと、番付1位の横綱には「高級時計・宝飾品」と「住宅ローン」が選ばれています。

 株高による資産効果で美術品・宝飾・貴金属などの高額品の販売が大きく伸びており、住宅ローン金利の上昇により固定型の借り入れが大幅に伸び、変動から固定への借り換えも急増しています。

 また、小結には出光佐三をモデルに書かれた「海賊とよばれた男」と村上春樹氏の3年ぶりの新作「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」が選出されています。いずれも書店では目立つところに積まれており、オンライン書店アマゾンにおきましても今年上半期の文芸部門ラキング1位・2位の実力です。

 ヒット・フレーズでは、老若男女を問わず大人気のNHK朝ドラ「あまちゃん」から「じぇじぇじぇ」、そして今や聞かない日はないという東進ハイスクール林講師の「今でしょ!」が前頭に登場しています。

 他にも今話題になっているモノやサービスやコンテンツなどがランクインしていますが、これから年後半にかけて何が人気になり、番付がどのように変化するのか楽しみです。

http://www.mblog.jp/archives/1784962.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

出生率

 厚生労働省が先日発表した2012年の合計特殊出生率は1.41で、わずかながら2年ぶりに改善し、16年ぶりの高水準となりました。

 合計特殊出生率とは、1人の女性が生涯に産むと推定される子供の数で、終戦直後は4.0を超えていました。その後、2005年の1.26を過去最低に、緩慢ながら持ち直しの動きが続いています。

 昨年の出生率は16年ぶりの高水準となりましたが、中身を見てみますと、20歳代での結婚・出産をためらった団塊ジュニアが30歳半ばを過ぎてから出産するケースが増えてきたことが出生率上昇の要因となっています。「晩婚化」に伴う「晩産化」です。

 ちなみに、2012年における平均初婚年齢は男性が30.8歳で、女性が29.2歳。第1子出産時の母親の平均年齢は30.3歳で過去最高となっています。

 尚、人口が維持できる出生率は2.07とされ、16年ぶりに1.4を超えたとは言いましても、人口減少に歯止めがかかるほどではありません。
 
 参考までに、昨年生まれた子供の数は前年比1万3705人減少の103万7101人で、過去最小を記録。死亡数は過去最多の125万6254人。出生数から死亡数を差し引きますと21万9153人の自然減となり、6年連続の減少となっています。

http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai11/sankou01.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

睡 眠

 蒸し暑くなってきて「なかなか寝つけない」、「夜中に目が覚めてしまい、そのあと眠れない」、「眠りが浅く寝起きが悪い」、「忙しくて十分な睡眠時間をとれない」・・・等々、巷では眠りに対する不満が多くあるようです。

 寝つきをよくして質の高い睡眠を得るためには、例えば、ぬるめのお湯(38~40度)に胸の下まで20~30分ゆっくり浸かる半身浴が効果があります。血液循環を盛んにして筋肉にたまった疲労物質を取り除いたり、昼間働いていた交感神経を鎮めて、心身ともにリラックスさせる効果があるためです。

 お湯にリラックス効果のあるローズマリーやラベンダー、アンジェリカなどのエッセンシャルオイルを数滴垂らしたり、入浴剤を入れて血行を改善するのも有効な方法です。一方、熱いお湯は交感神経の働きが促進され、脳や体が興奮するため、寝る前には逆効果となります。

 また、食事のとり方も安眠のためには重要なポイントになります。寝る間際になって食事をすると睡眠中に胃腸が働くことになり、その情報が脳に伝達されて眠りが浅くなってしまいます。ですから、夕食は遅くとも寝る2~3時間前には済ませるのがベターです。

 さらに、寝室の環境も安眠には大切な要素となります。一般的には18~22度くらいが暑さや寒さを感じないで熟睡できる室温といわれていますが、あまりにも外気温と開きがあるのも問題で、夏や冬は外気温との温度差を8度前後に調節するのが目安です。湿度は50~70%が睡眠に適しているとされています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

毎月勤労統計

 厚労省が発表している毎月勤労統計調査は、賃金や労働時間、雇用市場の動きを見る代表的な指標で、速報値は調査月の翌月末頃、確報値は翌々月の中旬に公表されます。※4月の速報値は明日公表。

 この調査は、従業員が一定以上の民間・官公営事業所を対象に行われます。現金給与額、労働時間、労働者(常用雇用者)数、入職率、離職率、パートタイム労働者比率等が公表されており、その中でも注目度が高いのが現金給与総額、労働時間、労働者数の三つです。

 現金給与総額とは「定期給与」と言われる「所定内給与(基本給+諸手当)」と「所定外給与(残業手当)」、それに「特別給与(ボーナスや結婚手当等)」を合わせたもので、所得税や社会保障費等を差し引く前の金額を言います。

 現金給与(名目賃金)は、企業収益・労働需給・物価動向の影響を強く受けます。例えば、物価の動向(インフレかデフレか)によって現金の実質的価値が違ってくるため、物価(消費者物価)を考慮したものが「実質賃金」で、実質賃金の伸び率が「サラリーマンの懐具合」を表す指標となっています。

 また、ボーナス支給月の6月と12月は名目賃金が高くなるという季節性があるため、前年同月の水準と比較する必要があります。

 労働時間は、所定内労働時間(就業規則等に定められた制度上の労働時間)と、所定外労働時間(残業時間)とに分けられ、残業時間は景気動向に敏感に反応することから「景気のバロメーター」とも言われ、景気の先行指標としての特徴もあわせ持っています。

 労働者数の変動も景気の良し悪しを判断するのに有用ですが、集計範囲の差異から、労働者数の統計としては一般に労働力調査の雇用者数が利用されています。ただ、労働力調査では確認できない細かな産業別の雇用動向を見るには毎月勤労統計が適しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

クアッガ

 ヒトに乱獲されたせいで絶滅しちゃった動物は枚挙にいとまがありませんが、かつて南アフリカに生息してたウマ、『クアッガ』もまた食肉にされたり、皮革製品にされた末、この世から姿を消した仲間の一つ。

 そのクアッガ、ビジュアルが非常に斬新!体の前半分、すなわち頭側は白と黒のツートンカラーで、いわゆるシマウマ。そんでもって体の後ろ半分、つまりお尻側は茶色い肌の、普通のウマ。何ゆえこんなデザインになったのかは知る由もありませんが、何と申しますか、とにかく日焼けサロンとかで下半身だけ真っ黒に日焼けさせたシマウマって感じの風貌です。

 乱獲されまくったクアッガは当然のように個体数激減、19世紀半ばには野性下では姿を見かけぬように。動物園で飼育されてる個体は数匹いたものの、当時の動物園は入場料収入こそがすべてで「種の保存」には関心なかったらしく、気が荒く、扱いにくい個体はあっさり薬殺!カタストロフ!・・・かくしてクアッガは1883年、完全絶滅。

 19世紀後半ともなると、この不思議なウマを絶滅から救おうとする識者も当然いたものと思われますが、そんな呼びかけも関係者にとっては「馬の耳に念仏」だったのか?第二、第三のクアッガを出しちゃいけません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

父の日

 今日は「父の日」です。アメリカではまず「母の日」が認知され、相前後して「父へ感謝する日」が広まりました。今からおよそ100年ほど前のことです。

 ちなみに、「地震・雷・火事・親父」の親父は、もともとは「大山風(オオヤマジ)=台風」だったそうです。時代を経るにつれ「オオヤマジ」が「オヤジ」に変化していったとのことですが、昔はこれが違和感がないほど「父親=怖い存在」という雰囲気がありました。

 ところで、父と母が対になった言葉は多く、例えば「自然は文明の母、労働は文明の父」「経験は知恵の父、記憶はその母」「必要は発明の母、ひらめきは発明の父」などがあります。

 また、「母なる大地」には「父なる太陽」あるいは「父なる空」が対になっています。手を伸ばせばいつも変わらず其処に在り、命を育む温かい大地のような母に対し、父は近寄りがたく、それでいて必要な時には必要な光を授け、時には雷も落とす厳しい存在でもありました。そして「海より深い母の徳、山より高い父の恩」という言葉もあります。

 「父」という字は手に斧を持った男性を表し、家族を守り、家族を養い、家族を率いるという役割を象徴しています。

 現代における父親とはどのような存在なのだろうと、ふと思ったりもします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

その一言

 古来から洋の東西を問わず、言葉にはある種の力が宿るとされてきました。いわゆる「言霊(ことだま)」です。

 日本では「良い言葉を発すると良い事が起こり、不吉な言葉を発すると凶事が起こる」とされ、忌み言葉などもこの思想に基づきます。「言葉は人格を表す」と申しますが、不満や悲観ばかり口にする人は幸運まで遠ざかっていきそうです。

 言葉は相手を落胆させたり勇気づけたり、やる気を引き出したり、奪ったり
もできます。その例としてこんな話があります。

 勉強があまり出来なかった生徒に、担任の教師が言ったそうです。「おまえは高校に進学するよりも、中学を卒業したら家業を継いだほうがいい」と。それでもその劣等生は高校に進学しました。

 そこである先生と出会い、「今から簿記の勉強をすれば税理士になれる」と励まされました。本人もその気になり、高校卒業一年目の19歳で見事合格したそうです。ご存知のように税理士試験は国家試験の中でも難関といわれる試験であり、しかも全国最年少合格者(当時)というおまけ付きでした。

 長く幼児教育に関わってきた高橋系吾氏は「その一言」と題する一編の詩を書いていますのでご紹介したいと思います。ちなみに高橋氏が園長を務めていた道灌山幼稚園の卒園者には水泳の北島康介選手がいます。


 「その一言」    

その一言で、励まされ
その一言で、夢を持ち
その一言で、腹が立ち
その一言で、がっかりし
その一言で、泣かされる
ほんのわずかな 一言が
不思議に大きな 力持つ
ほんのちょっとの一言で
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

贈り物のタブー

 贈り物をする際に、「心がこもっていれば何でもいい」とつい思いたくなりますが、そう簡単にはいかないのが世の中のようです。贈り物のタブーは現在も生きている場合が多く、こちらが無垢の心で贈っても、先方が不愉快に感じてしまってはせっかくの気持ちも台無しになりますので注意が必要です。

 いくつかタブーを挙げてみますと、結婚式の包丁、ナイフ、はさみなどは「縁を切る」に通じるため嫌われます。新築祝いのストーブ、卓上ライター、真っ赤な花などは火事を連想させるということでパスした方が無難です。

 病気見舞いの鉢植えは「根がついている」ということで「寝つく」を連想させると言われています。またシクラメンはシク=死苦の響きがよくなく、椿や山茶花も花が首からポトリと落ちることから嫌われるようです。

 ちなみに、弔事には偶数、慶事には奇数が用いられることが多いようです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ロコモ

 脳卒中や認知症などよりも、近年は骨折や関節疾患など運動器の障害により要介護・要支援になるケースが増えています。スポーツでの事故やケガの治療が主だった整形外科も、今は骨折治療で訪れる高齢者の姿が目立ちます。

 そのような現状を踏まえ「ロコモ」予防の啓発活動が各地・各方面で行われています。

 ロコモとは「ロコモティブシンドローム」の略で、和名は「運動器症候群」と言います。骨や関節などの運動器が衰え、要介護状態になるリスクの高い状態のことを指しており、新たな国民病として認識されつつあります。

 また、ロコモによって骨がスカスカになる「骨粗しょう症」がすすみ、1回の骨折が引き金となりその後も骨折を繰り返す「ドミノ骨折」も高齢者に多く、骨折が原因で寝たきりになってしうまうケースが年々増加しているそうです。

 世話になりたくないと我慢してしまったり、傷みを訴えてもそれを聞いた家族は「またか」という思いで対応が鈍くなったりするケースもありますため、周りはロコモやドミノ骨折の事を念頭に入れながら注意深く接することが大切です。

 今は昔と違い世の中が便利になり、日常生活において運動する量が格段に減りました。そういう意味では誰もがロコモになりえます。ロコモは日常生活でできる限り身体を動かすことを心がけ、実行するだけで防げると言います。インターネットで「ロコモ」を検索しますと、判定テストや予防法なども知ることができますので興味のある方は調べてみてください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

オクラ

 「秋葵」と書いて「オクラ」と読みますが、今その露地栽培の「オクラ」が旬を迎えています。

 「ぬめり」があるために好き嫌いがはっきりと別れているようですが、非常に栄養価が高い野菜であり、この「ぬめり」に整腸作用やコレステロールを減らす作用があり、「ぬめり」こそがベクチン等の食物繊維そのものです。

 ベクチンは血糖値の急上昇を抑える効果があり、糖尿病の予防にも役立ちます。また、カルシウム、鉄分、カロチン、ビタミンA・Cが含まれており、夏バテ解消にはもってこいの野菜です。

 刻んでサラダにしたり、天ぷらにするのが代表的な食べ方ですが、店頭で選ぶ際には、緑色が濃く、表面の産毛がびっしりと生えたものを選ぶのが良いそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

雑 節

 本日は雑節の一つ「入梅」。実際の梅雨入りとは異なりますが、梅の実が黄色く色づき、梅雨に入る頃となります。この日から約30日間が梅雨の期間になります。

 入梅鰯(にゅうばいいわし)と言われるこの頃の真鰯は、一番脂が乗って美味しいとされています。

 ちなみに、雑節には以下の9つあります。節分(2月3日)、八十八夜(5月1日頃)、入梅(6月11日頃)、半夏生(はんげしょう、7月2日頃)、二百十日(9月1日頃)、土用(1月17日、4月17日、7月20日、10月20日頃)、彼岸(3月20日、9月23日頃)。


 ところで、早いものであれから41年が経ちましたが、1972年(昭和47年)の本日6月11日、田中角栄氏が「日本列島改造論」を発表しました。都市部の人口過密や農村の過疎化といった問題を解消するため、日本列島を新幹線や高速道路などで結んでヒトやモノの流れを地方分散し、地方の工業化などを推進するというものでした。

 列島改造ブームが起き、開発の候補地とされた地域では土地の買い占めが行われ、地価が急激に上昇。この影響で物価が上昇してインフレーションが発生し、1973年春頃には物価高が社会問題化しました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

時の記念日

 本日6月10日は「時の記念日」です。天智天皇の御代(西暦671年)のこの日、水時計を設置し初めて人々に時を知らせたことが日本書紀に記されており、この日は時間の大切さを再認識する日とされています。

 文明が進み人が往来できる範囲が広くなってきますと基準時刻という概念が必要になってきますが、どこの時刻を基準にするかについては1884年の国際会議で、当時すでに海洋国家として覇権を確立していたイギリスのグリニッジ天文台を通る子午線(経線)を基点(本初子午線)としたグリニッジ標準時(GMT)を世界標準時にすることが正式に決定されました。

 ※子午線とは、子(北)の極と午(南)の極を結ぶ大円。

 日本標準時(いわゆる「日本時間」)の基準となる東経135度の子午線は京丹後市、福知山市、淡路市など12市を通過していますが、日本で最初に標識を建てた明石市が「子午線のまち」として知られています。

 地球は24時間で自転しているため、地球(360度)を24分割した経度15度で1時間の時差が生じることになります。本初子午線から15度ずつずらした子午線の時刻を、概ね各地の標準時としており(厳密には他の要素も考慮)、日本の場合は東経135度(GMTとの差は9時間)の時刻を標準時としています(北海道の東端と九州の西端とでは、実際には1時間程度の時差があります)。

 経度15度で1時間の時差ということを知っていますと、世界地図や地球儀からもおおよその時差を知ることができます。ちなみに、本初子午線の真裏にあたり、ほぼ経度180度(=東経180度=西経180度)の地点を結ぶ便宜上の線が日付変更線です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

零和有限確定

 一定のルールの下で勝敗を競う「ゲーム」にはいくつかの分類の仕方がありますが、その中に「二人零和有限確定完全情報ゲーム」というのがあります。

 二人零和有限確定完全情報ゲームとは、プレーヤーは二人で、相手の損はそのまま自分にとっての得になり、偶然の要素が入り込まず、全ての情報が与えられ(お互いに手の内がオープン)、必ず終了があるというものです。

 なにやら難しそうですが、オセロ、五目並べ、三目並べ、はさみ将棋などが二人零和有限確定完全情報ゲームに分類されます。

 これらのゲームの特徴は、理論上は完全な先読みが可能であり、双方のプレーヤーが最善の手を選択すれば必ず先手必勝か後手必勝か引き分けかが決まるという点にあります。

 完全な先読みと相互に最善の手を打つと仮定すれば、オセロや五目並べは先手必勝、三目並べは引き分け、はさみ将棋は後手必勝になることが知られています。

 ただ、人間があらゆる手の可能性を考慮しつつ完全に先読みすことは困難であり、ミスを完全に排除することも難しいためゲームとして成り立ちます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

梅 雨

 『梅雨』と言えば6月と思いがちですが、旧暦に直すと5月となります。昔の人は5月の雨を「さみだれ」(五月雨)と呼んでいました。もともと、「ばいう」(梅雨)は中国から伝えられた言葉で、梅の実のなる時期に長雨が続いたことから使われるようになったと言われています。

 また、梅雨(つゆ)を「梅」の「雨」と書くのは、梅の実が黄色く熟する季節の雨だからとも言われています。

 梅雨の季節になると、体調をくずしたりする人もいますが、これを乗り切る最適な食品の1つが『梅干し』です。梅の効用は含まれるクエン酸が胃液の分泌を高め、殺菌効果から胃の中をきれいにし、大腸での良性細菌の増殖を促進させたりします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

江戸の「クモスケ」事情

 街道の宿場などに滞留して、駕籠かきなどを生業としているクモスケ(雲助)は、ついも汚れた下帯(ふんどし)一本で、ほとんど裸同然。よほど寒い時だけ、ボッコと言うボロ布を縫い合わせた袖無し半纏を着るのですが、年中裸のため、日焼けして、全身赤銅色。力仕事ばかりしているので、肩の肉が盛り上がり、ヒゲも髪も手入れをしないので、ボウボウとし、目つきは悪く、言葉使いも乱暴で、みんなが避けたがる存在でした。

 このクモスケさんたちは、もともと宿場近在の農村から、助郷(すけごう)制度で駆り出された連中です。助郷制度と言うのは、幕府などの御用がありながら、各宿場で伝馬や人足が不足する場合に、近隣の農民に応援の人馬を負担させる制度なのですが、農繁期は忙しいので、人馬を出せない。そこで、お金を払って使役を免除してもらうのです。すると各宿場では、そのお金で無宿者や無頼の徒を集め、御用をつとめさせるのです。

 ところが、そんな連中は、御用が終了しても、帰る所が無いので、雲助小屋と言う粗末な小屋を建てて、そこに共同で住み着いて、旅人相手に力仕事を請け負う事を生業としているのです。そんなクモスケさんも、上・中・下のランクがあって、上級は長持ち(衣服・調度などを入れて保管したり運搬したりする、長方形で蓋のある大形の箱。)担ぎ、中級が通常の駕籠かき、下級は荷物担ぎで、もちろん賃金にも格差があります。上級のクモスケさんになると、通常は六人で担ぐ三十貫(約百十キロ)の長持ちを四人で担いでしまいます。もちろん、料金はしっかり六人分請求するのですね。

 それから、江戸時代の街道には、ご案内のとおり「関所」があって、手形が無いと通れないのですが、クモスケさんに酒手をはずむと、堂々と手形無しで、関所を通過出来たと言います。まあ、クモスケさんと関所の役人の間で、何らかの裏取引(袖の下、賄賂)があるのは確実です。

 話しは変わりますが、江戸時代「太郎兵衛あいびやれ」と言う通言がありました。「あいびやれ」とは江戸訛りで、漢字で書くと「歩(あゆ)びやれ」、つまり「歩きなさい」と言う意味です。太郎兵衛と言う人が、酔っぱらって駕籠に乗り、駕籠の底を抜いてしまって、結局歩いて行ったと言う事例から、「太郎兵衛あいびやれ」または「太郎兵衛駕籠」とは、いくら行っても栓が無い、あれこれやっても結局は前と変わりが無い、もとの通りで変化なし、なんて状況を表します。駕籠の底を抜いてしまい、歩かざるを得ない、江戸川柳です。「太郎兵衛あいびやれみいらの迎ひ也(吉原で居続けの遊び人を迎えに行ったがミイラ取りがミイラになってしまった)」、「居続けの迎ひ太郎兵駕籠で行き(吉原で居続けの遊び人を迎えに行っても効果がない)」、「みいら取り太郎兵衛駕籠に乗ってくる(そんなヤツを迎えに行ってもミイラになるばかり)」。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メートル法

 1875年5月20日にメートル条約が締結されたことから、先月20日は「世界計量記念日」となっており、日本が条約に加入したのは1885年(明治18年)のことです。

 日本では、明治の頃までは長さの単位は「尺」であり、重さは「貫」が広く用いられていました。

 もともと掌を広げた際の親指先から中指の先までの長さを基準とした1尺の長さは、時代とともに変換し、現在は30.303cmと定義されています。ちなみに相撲の土俵の直径4.55mは、15尺をメートル換算したものです。貫(約3.75kg)は一文銭の中央の穴に紐を通して(貫いて)1000枚一組したことからその呼び名がついています。

 メートル法の施行により長さ・面積・体積・質量の単位を国際的に統一しようと図られてきましたが、対象ごとにそれぞれの基準が今でも存在し、商品市場などでは慣例として昔ながらの単位が使われています。

 例えば、原油の取引単位である「バレル」。バレルの語源は「樽」であり、昔は樽で計られていたビールや穀物などの単位にその名残りがあり、それぞれに体積が違っています。石油の場合は1バレル=42ガロン(米国液量ガロン)であり、リットル換算しますと1バレル=約159リットルとなります。

 「ガロン」という単位も樽の体積に由来しています。どういった樽を基準にするかで体積が違ってきますが、米国液量ガロンの場合は「ワインガロン」(3.785リットル)が使われています。ちなみに、カウボーイハットのようなつばの広い山高帽を「テンガロンハット」と言いますが、どの言語にも見られる一種の誇張表現で、10ガロンも入りそうな大きな帽子という意味から来ています。

 ブリキ製の一斗缶は、容量が1斗(10升=18リットル)であったことからその名で呼ばれましたが、それ以前は石油を入れて輸入されたため石油缶と呼ばれており、戦後はその容量から5ガロン缶とも言いました。一斗缶は現在でも主に工業用として使われていますが、家庭用には18リットル容量の赤いポリタンクが普及しています。

 日本で養殖技術が確立し、世界に先駆けて産業化に成功した真珠は、重さの単位として日本で使われていた「匁(もんめ)」(約3.75g)が世界的に通用します。(英語表記は「momme」で、「モミ」と発音)

 金や銀、プラチナなどの貴金属の取引単位である「トロイオンス」は、中世フランスのトロアという都市で使われていた取引単位で、1トロイオンス=約31gとなっています。ダイヤモンドの「カラット(carat)」は、イナゴ豆に由来し、1カラット=0.2gと規定されています。

 尚、金には「24K」や「18K」のように「K」という単位も存在し、一般的には「24金」あるいは「18ケイ」などと言われることが多いようです。

 この場合の「K」とうい表記は「krat」の略で、ダイヤモンドの単位と読みは同じですが、ダイヤモンドが質量(大きさ)を表すのに対し、金のカラットは純度(金の含有量)を表しています(「0.9999」のように0から1の数値で表すこともあります)。純金は「24K」ですので、「18K」の場合の金の含有量は24分の18(75%)ということになります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アスパラガス

 「疲れた時には、アスパラガスを食べるといい」と聞きますが、今、その「アスパラガス」が旬を迎えています。柔らかさや香りはこの時期が1番で、サラダや炒め物に人気があります。

 スーパーなどで見かける「アスパラガス」は、ほとんどがグリーンです。ホワイトもたまに見かけますが、傷みやすいために缶詰が中心です。品種は同じで、芽が出る前に土盛りして地中で育てたのがホワイト、日光をたっぷり浴びたのがグリーンです。

 アスバラガスには、ビタミン群やアミノ酸の1種であるアスパラギン酸などが豊富に含まれていて非常に栄養価が高く、そのアスパラギン酸は新陳代謝を促すとともに、タンパク質合成を高める効果があり、疲労回復や滋養強壮に優れています。

 また、カロチン、ビタミンC、ビタミンEを同時に摂取することができ、抗腫瘍作用もあり、赤血球をつくるために必要な葉酸を含んでいるため貧血にも効果があるそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

山本五十六

 新社会人となったばかりの新入社員は、一通りの基本研修を終え、そろそろOJT(オン・ザ・ジョブトレーニング:職場での実務を通じて行う訓練)の段階です。

 不慣れな環境で新入社員も大変なのですが、教育担当の先輩やインストラクターも気苦労が絶えないと思います。

 司令長官として連合艦隊のトップ(太平洋戦争開戦時)に立った山本五十は、人にものを教えるとき、人を動かすとき、大変参考になる言葉を残していますのでご紹介させていただきます。

   「やってみせて 言って聞かせて 

      やらせてみて ほめてやらねば 人は動かじ」


 上杉鷹山の影響を受けたとみられる大変有名な言葉ですが、これには以下のような続きがあります。


   「話し合い 耳を傾け 承認し 任せてやらねば 人は育たず

      やっている 姿を感謝で 見守って 信頼せねば 人は実らず」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

歯の衛生週間

 昨日6月4日から「歯の衛生週間」が始まりましたが、虫歯予防には正しいやり方で歯を磨くことはもちろん、食事の際によく噛むことも大切です。

 虫歯は、口内悪玉菌が歯の表面を溶かす脱灰(だっかい)という現象によって進行しますが、唾液にはカルシウムやリン酸が含まれ、脱灰を修復してくれる作用(再石灰化)があります。つまり、よく噛むことは唾液の分泌を促すため、虫歯予防にもつながります。

 「医食同源」という言葉がありますが、よく噛んで食べることは虫歯予防以外にも健康に役立つ効用がたくさんあり、消化を助け、歯と歯茎を丈夫にし、唾液の分泌を促し、脳を活性化、言葉や味覚の発達に寄与し、生活習慣病の予防にも有効であることが科学的に立証されています。

 ちなみに、固いものを噛む機会が減少した影響で現代の子供は歯並びが悪くなってきており、歯並びの悪さも虫歯の原因とされています。

 噛む回数と食事時間を比較したデータを参照してみますと、今から2千年ほど前の弥生時代には1食あたりの噛む回数は3990回で、51分ほどかけて食事をしていたそうですが、戦前は1420回で22分、そして現代は620回で11分にまで減少しているそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

女性の眉毛

 流行色や髪型のように、女性の眉毛も時代を映し変化してきました。

 その時々の人気のタレントや女優を見てもそうですが、バブル期の頃は石原真理さんのような太くて力強い眉、次いで安室奈美恵さんのような細眉、そして今は蒼井優さんや剛力彩芽さんのような自然な感じの眉型が人気となっています。

 最近のトレンドが太眉に回帰しつつあることから、今まで眉毛を処理してきたために抜きすぎて生えてこないという悩みや自然な眉毛を生やしたいというニーズが高まっています。

 そういった時代の要求を受けて売上を伸ばしているのが森下仁丹の眉毛用育毛剤「ペレウス」です。

 「ペレウス」は従来からあった第1類の医薬品ですが、販売権を取得した森下仁丹が化粧品のようなパッケージに変え、化粧用品の棚の近くに並べて置いた結果、医薬品としては異例の売上げとなっているようです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

春キャベツ

 本日から「衣替え」のところも多いかと思います。この「衣替え」は、平安時代から始まった習慣で、当時は「更衣」(こうい)と呼んでいました。

 明治期になって今の国家公務員にあたる人達の制服が定められ、夏服と冬服の更衣の時期がそれぞれ6月1日~9月30日、10月1日~5月31日と定められました。やがて、これが学生服にもおよび、さらに一般の人たちにも定着していったようです。


 ところで、葉が柔らかく、サラダなど生食に向く「春キャベツ」(新キャベツ)が出荷のピークを迎えています。形が丸く、葉は緩く巻いているのが特徴で、やや扁平(へんぺい)な形で固く締まっている「冬キャベツ」(寒玉)とは別の品種です。

 冬キャベツは夏に種を蒔き、12月から4月にかけて収穫するのに対し、春キャベツは秋に種を蒔き、3月から6月にかけて収穫します。産地は冬キャベツが愛知県の渥美半島などが中心。一方、春キャベツは千葉県の銚子市や神奈川県の三浦市などが主産地です。

 ちなみに、キャベツは愛知県、群馬県、千葉県で全国の出荷量の約5割を占めています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

熱中症予防情報メール

 気温が上がるにつれて熱中症に対する注意が必要ですが、環境省が明日から始める無料のメール配信「熱中症予防情報メール」も役立ちそうです。

 同メールは、全国841地点から選択された最大5地点について、日々の湿度、気温、日差しの強さの3要素で暑さを表す「暑さ指数」に基づき、「ほぼ安全」「注意」「警戒」「厳重警戒」「危険」の5段階で熱中症に対する注意を喚起してくれます。

http://www.wbgt.env.go.jp/mail_service.php

| | コメント (0) | トラックバック (0)

中山道

 ご案内のとおり中山道は、江戸開府時、徳川家康公により、江戸日本橋を拠点として整備された五街道(東海道、中山道、奥州街道、日光街道、甲州街道)の一つで、日本橋から板橋を経て、高崎、下諏訪から京の参上大橋に至る全長約百三五里二二町(約540Km)、宿場数六九の山沿いの街道です。幕末、公武合体のため十四代将軍・家茂公に降嫁する和宮(かずのみや・孝明天皇の妹)が、京から中山道を通って江戸へ下ったのは有名です。ちなみに和宮様は、この道中の最中、初潮を迎えたと言う逸話もあります。

 江戸時代後半、天保年間(1830~44)の資料を元に、中山道を日本橋からたどってみますと、

日本橋(スタート)-日本橋から二里十八町(約10Km・以下同じ)01板橋(旅籠五四、人口2448)-四里二八町(約19Km)02蕨(旅籠二三、人口2223)-六里六町(約24Km)03浦和(旅籠十五、人口1230)-七里十六町(約29Km)04大宮(旅籠二五、人口1508)-九里十六町(約37Km)05上尾(旅籠四一、人口793)-十里十四町(約41Km)06桶川(旅籠三六、人口1444)-十二里八町(約48Km)07鴻巣(旅籠五八、人口2274)-十六里十四町四十間(約65Km)08熊谷(旅籠十九、人口3263)-十九里四町四十間(約76Km)09深谷(旅籠八十、人口1928)-二一里二九町四十間(約86Km)10本庄(旅籠七十、人口4554)-

二三里三十町四十間(約94Km)11新町(旅籠四三、人口1437)-二五里十二町四十間(約100Km)12倉賀野(旅籠三二、人口2032)-二六里三一町四十間(約106Km)13高崎(旅籠十五、人口3235)-二八里二五町四十間(約113Km)14板鼻(旅籠五四、人口1422)-二九里十九町四十間(約116Km)15安中(旅籠十七、人口348)-三一里三五町四十間(約126Km)16松井田(旅籠十四、人口1009)-三四里十四町四七間(約135Km)17坂本(旅籠四十、人口732)-三七里十三町十四間(約147Km)18軽井沢(旅籠二一、人口451)-三八里十八町十四間(約152Km)19沓掛(旅籠十七、人口502)-三九里二一町十四間(約156Km)20追分(旅籠三五、人口712)-

四十里三一町十四間(約161Km)21小田井(旅籠五、人口319)-四二里二町十四間(約166Km)22岩村田(旅籠八、人口1637)-四三里十三町十四間(約171Km)23塩名田(旅籠七、人口574 -四四里四町十四間(約174Km)24八幡(旅籠三、人口719)-四五里十四間(約178Km)25望月(旅籠九、人口360)-四六里八町十四間(約182Km)26芦田(旅籠六、人口326)-四七里二四町十四間(約188Km)27長久保(旅籠四三、人口721)-四九里二四里十四間(約195Km)28和田(旅籠二八、人口522)-五五里六町十四間(約217Km)29下諏訪(旅籠四十、人口1345)-五八里三町十四間(約228Km)30塩尻(旅籠七五、人口784)-

五九里三三町十四間(約235Km)31洗馬(旅籠二九、人口661)-六十里二七町十四間(約239Km)32本山(旅籠三四、人口592)-六二里二七町十四間(約247Km)33贄川(にえかわ)(旅籠二五、人口545)-六四里二二町十四間(約254Km)34奈良井(旅籠五、人口2155)-六五里三五町十四間(約259Km)35藪原(やぶはら)(旅籠十、人口1493)-六七里三二町十四間(約267Km)36宮ノ越(旅籠二一、人口585)-六九里二四里四四間(約274Km)37福島(旅籠十四、人口972)-七二里三町二四間(約283Km)38上松(旅籠三五、人口2482)-七五里十二町二四間(約296Km)39須原(旅籠二四、人口748)-七七里六町四七間(303Km)40野尻(旅籠十九、人口986)
-
七九里二七町四七間(約313Km)41三留野(みどの)(旅籠三二、人口594)-八一里六町四七間(約319Km)42妻籠(旅籠三一、人口418)-八三里六町四七間(約327Km)43馬籠(まごめ)(旅籠十八、人口717)-八四里十二町八間(約331Km)44落合(旅籠十四、人口370)-八五里十二町八間(約335Km)45中津川(旅籠二九、人口928)-八七里三十町八間(約345Km)46大井(旅籠四一、人口466)-九一里十二町八間(約359Km)47大湫(おおくて)(旅籠三十、人口338)-九二里三十町八間(約365Km)48細久手(旅籠二四、人口256)-九五里三十町八間(約377Km)49御嶽(旅籠二八、人口600)-九六里三十町八間(約381Km)50伏見(旅籠二九、人口485)-

九八里三十町八間(約388Km)51太田(旅籠二十、人口505)-百里三十町八間(約396Km)52鵜沼(旅籠二五、人口246)-百五里四町八間(約413Km)53加納(旅籠三五、人口2728)-百六里二二町八間(約419Km)54河渡(ごうど)(旅籠二四、人口272)-百七里二九町八間(約424Km)55美江寺(旅籠十一、人口582)-百十里一町八間(約432Km)56赤坂(旅籠十七、人口1129)-百十一里十三町八間(約438Km)57垂井(旅籠二七、人口1179)-百十二里二七町八間(約443Km)58関ヶ原(旅籠三三、人口1389)-百十三里二七町八間(約447Km)59今須(旅籠十三、人口1784)-百十四里二七町八間(約451Km)60柏原(旅籠二二、人口1468)-

百十六里九町八間(約457Km)61醒井(さめがい)(旅籠十一、人口539)-百十七里九町八間(約461Km)62番場(旅籠十、人口808)-百十八里十町八間(約465Km)63鳥居本(旅籠三五、人口1448)-百十九里二八町八間(約471Km)64高宮(旅籠二三、人口3560)-百二一里に八町八間(約479Km)65愛知川(えちがわ)(旅籠二八、人口929)-百二四里十町八間(約488Km)66武佐(旅籠二三、人口537)-百二七里二八町八間(約502Km)67守山(旅籠三十、人口1700)-百二九里十町八間(約508Km)68草津(旅籠七二、人口2351)-百三二里三四町八間(約522Km)69大津(旅籠七一、人口14892)-三里(約534Km)京都(ゴール)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年5月 | トップページ | 2013年7月 »