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都々逸

 都々逸はご案内のとおり、初代・都々逸坊扇歌(どどいつぼうせんか・1804?~1852・常陸生まれ、船遊亭扇橋の門下)と言う江戸後期の寄席芸人が、天保年間(1830~1844)、江戸の寄席で歌い一世を風靡した、流行俗謡です。

 雅言を用いず、主に男女相愛の情を口語をもって作り、七・七・七・五の四句を重ねるもので、「潮来節(いたこぶし)」「よしこの節」より転化したものと言います。また、五・七・七・七・五の五句からなるものもあります。

 この噺の様に、現代の小学校では、都々逸、川柳、落語など、日本の古典芸能を積極的に授業に取り入れている学校も多い様で、噺家さんに、関東各地の小学校さんから、「子供達の前で落語をやってほしい」と言う依頼があるようです。(ただ、小学校って、ギャラ安いんですよね・・・通常は落語一席20分程度お話しして、五千~一万程度頂けるのですが、小学校での持ち時間は、授業一コマ分、45~60分ほど。落語だけではつなげないので、枕(まくら=落語の導入部)で、カゼ(扇子)とマンダラ(手拭い)を使い方を様々に実践して見せて、落語が終わったら、質疑応答(落語っていつ始まったの?誰が始めたの?長い台詞をどうやって覚えるの?などなど)をして、最後に、生徒さんの中から希望者を選んで、実際に短い小噺を演じてもらうなど、なんとか持ち時間こなして、ギャラ三~五千円・・・それでも、収入がないよりマシですから、喜んで行かせてもらっていますが・・・との事です)

 現代の小学校では、都々逸まで授業に取り入れる・・・と、書きましたが、実はそれ以前の小学校でも、「都々逸を教えていた!」のをご存じでしょうか?小学校高学年の社会(歴史)の授業で、明治維新を紹介する時に、「ざんぎり頭を叩いてみれば、文明開化の音がする」と言うフレーズを教わったのを覚えている方も多いと思いますが、これ、立派な都々逸です。この都々逸に対抗する様に、「ちょんまげ頭を叩いてみれば、頑迷固陋(がんめいころう=古いことに頑固に執着し、かたくなで正しい判断ができないこと。)の音がする」と言うのもあります(こっちはそんなに有名じゃありませんけど)。

 都々逸は、落語の中にも多く登場しますので、私の知っている都々逸の中から、落語に出て来るもの、ちょっと秀作と思えるものを少しピックアップしてお届けします。(後書きの括弧内に良く出てくる落語を追記しておきます。

【七七七五の部】
 (秀作部門)
夢でも良いから持ちたいものは鐘のなる木と良い女房(中村仲蔵・芝浜)
つねりゃ紫食い付きゃ紅よ色で仕上げた私の体(稽古屋)
鳴けと言われて山ホトトギス鳴かぬホタルが身を焦がす(抜け裏)
松の双葉はあやかりものよ枯れて落ちても二人連れ(浮世根問)
しわの寄るまであの梅の実は味も変わらず酸(好)いのまま(浮世根問)

お酒呑む人花ならつぼみ今日もサケサケ明日もサケ(酒飲みの噺)
親の意見と茄子の花は千に一つの無駄も無い(道楽者若旦那の噺)
角な玉子と女郎の誠あれば晦日に月が出る(廓噺の枕)
星の数ほど男はあれど間夫(まぶ)と思うは主(ぬし)一人(廓噺の枕)
九尺二間に過ぎたるものは紅のつきたる火吹き竹(たらちね)

朝の湯壺の鏡に映す今日から女になった顔(たらちね・お歯黒の噺)
隅田川さえ竿さしゃ届くなぜに届かぬ我が思い(野ざらし)
私ゃあなたに火事場のまとい振られながらも熱くなる
私の人ではない人なれど余所の人にもしたくない
芝で生まれて神田で育ち今じゃ火消しのまとい持ち

梅にウグイス私にあなた今日も明日も春らしき
泊まると決まって笑顔と笑顔うれしいついでに春の雨
泊めてよかったあのまま帰しゃどこかで濡れてる通り雨
思い体を身に引き受けて抜くに抜かれぬ腕枕
千住出てから巻の野までは棹も櫓舵も手につかぬ

千住通いを止めよとすれどお出でお出での文が来る
咲いて桜と言われるよりも散って牡丹と言われたい
他の人にもこうかと思ゃお前の情けが仇になる

 (迷作部門)
相撲に負けても下駄さえあればカッタカッタの音がする(相撲の噺)
古木拾って金釘貯めてこれが売れたらブタを食う(三助の遊び)
富士の山ほどお金を貯めて端から五円っつ使いたい(紙屑屋・辰巳の辻占)
最初はそれ程思わぬけれど今でもちっとも思わない(紙屑屋・辰巳の辻占)
一生懸命走っちゃみたがやっぱり電車にゃかなわない(紙屑屋・辰巳の辻占)

橋の上からビリグソ垂れりゃ下の魚は玉子とじ(紙屑屋)
惚れて通えば千里も一里長い田んぼも一またぎ(廓噺の枕)
先で丸く出りゃ何わしじゃとて角にゃ出やせん窓の月(粗忽の釘)
落語家殺すにゃ刃物はいらぬあくび三つで即死する(多くの落語の枕で)
かわいそうだよズボンのおなら右と左に泣き別れ(四宿の屁・将軍の屁)

歳は取っても浮気は止まぬ止まぬはずだよ先が無い(野ざらし)
冷やかし千人客百人良い人十人間夫(まぶ)一人(廓噺の枕)
一人寝るのは寝るのじゃないよ枕担いで横に立つ(たらちね)
浮き世を離れた坊主でさえも木魚の割れ目で思い出す(万金丹)
ほめりゃのぼせるしかればすねるいっそ殺せば化けて出る(志ん生師の枕)

人の悪いは鍋島薩摩暮れ六泊まりの七つ立ち
こうしてこうすりゃこうなる事と知りつつこうしてこうなった
忙しいとて二階から落ちて落ちたその後は暇になる

 (ペアリング部門)
お相撲さんにはどこぞで惚れた稽古帰りの乱れ髪
落語家さんにはどこぞで飽きた稽古帰りの間抜け面
火鉢かき寄せ灰掻きならし主(ぬし)の名を書き目に涙
火鉢かき寄せ灰掻きならし焼けた天保銭でも出れば良い
吾妻橋とは吾が妻橋よそばに私(渡し)が付いている
吾妻下駄とは女の下駄よそばに裸足が付いている

【五七七七五の部】
叩かれて放り出されて悔やむなキセル惚れなきゃ口まで吸やしない(巌流島)
この舌で嘘をつくかと思えば憎い噛んでやりたい時もある(二人旅)
竹ならば割って見せたい私の心先へ届かぬ不幸せ(節合わせ)(浮世根問)
玉の輿乗損のうてもくよくよするなまさか味噌漉しゃ下げさせぬ(唐茄子屋)
後悔を先に立たせて後から見れば杖を突いたり転んだり(道楽者若旦那の噺)
三日月は痩せるはずだよありゃ病み(闇)上がりそれを知らずかホトトギス
お供えは二つ仲良く並んでいても後で焼いたりふくれたり

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投稿: 柳家紫文 | 2019年1月10日 (木) 04時03分

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