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江戸の古着事情

 江戸時代研究のバイブル、守貞謾稿によりますと、江戸の古着屋は、富沢町と橘町に多くあった事が記されています。そこの古着屋は、毎朝晴天の日は、自店前の道に筵(むしろ)を敷いて、その上に古着を並べ、また、見世(店)にも古着を陳列し、同業者や諸々の人に売っていました。

 巳の下刻(現在の午前十時過ぎ)には、商品をかたして、見世の表に格子を立てるとありますので、早朝から午前中だけの商いだった様です。村松町の古着屋は、筵上には並べず、見世も終日営業で、見世の中に古着を吊ったり、掛けて並べたりして陳列しています。芝口から宇田川町に至る大路の北にある小路を、日かげ町と呼び、この日かげ町にも古着屋が多く、浅草東中町、西中町にも古着屋が多いとの事です。

 その他、見世を持たない古着屋さんもいて、この商人は「竹馬古着屋」と呼ばれました。竹で作った四つ足のハンガーラック(?)を、天秤棒の前後に一つずつ付けています。その竹で出来たハンガーラック様の展示器具が、四つ足で馬の様に見えるのが、「竹馬古着屋」の呼び名の由来です。竹馬古着屋さんは、前後それぞれのハンガーラックに古着や、古着を解いて、襟(えり)や裡(うら)の部分だけにした端切れなどを、ぶら下げて、町内をり、商いをします。落語に登場する様な、貧乏長屋の連中でも、お金がある時は、古着一着を丸ごと買いますし、お金があまりない時は、端切れを購入して、現在着ている着物の破れや穴に継ぎをして、補修します。

 天保頃(1830~44)までは、江戸だけにある商売で、京阪にはなかったのですが、天保以降は、京阪にもごく少数ですが、この商売を行う人が出てきました。

 いずれにせよ、江戸は現代の様な「使い捨て」などしません。リサイクルが徹底的に浸透していた庶民は、着物を新着する事などまずあり得ません。自分を含めて家族全員が着る着物は、古着屋から、古着を購入したのです。 そして、古着屋から買った古着を着るのは、当たり前です。他の人も、みんな古着を着ていたので、恥ずかしいとか、流行遅れ、なんて意識は全然ありません。着物を新着出来るのは、上級武士や裕福な町人層だけ、庶民はみんな、格好良く、古着をリサイクルして着ていたのです。

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