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天照大御神

 日本において「女王」という呼び名は、天皇からみて直系で三親等以遠の皇族女子に与えられる称号の一つで、大正天皇からみて三親等、すなわち大正天皇の曾孫にあたる典子殿下もその地位にあります。

 ところで、奈良時代(8世紀)に成立した「古事記」は大和王権(天皇家)が国家統治の正当性を主張するための啓蒙書であり、神々の物語から第33代推古天皇へと続く歴史書となっています。

 古事記以前にも諸氏族が独自に作成した歴史書(帝紀や旧辞など)がありましたが、大和王権が諸氏族の上に立ち地上支配の正当性を主張するために統一した国史として編纂されたのが「古事記」です。その際、古来から別個の有力勢力として存在していた出雲を取り込む必要があったわけで、それが古事記に記された大国主(オオクニヌシ)の国造りと国譲りの神話です。

 ちなみに伝承上の初代とされる神武天皇は、「山幸彦と海幸彦」の神話で知られる山幸彦の孫という設定です。山幸彦は、地上を統治するために降り立った(天孫降臨)ニニギノミコトの子であり、ニニギは天照大御神の孫という系譜になっています。

 天照大御神の弟であるスサノオの子孫という系譜を与えられた大国主(出雲大社の祭神)は、地上の国を譲って後は黄泉の国(死後の世界)を司ったため、天照大御神(天皇家の祖にして伊勢神宮の祭神)とは陰と陽の関係にあります。

 今回、ご婚約を発表した典子女王殿下は祖先を辿れば天照大御神に連なる皇族であり、お相手の千家国麿(せんげくにまろ)氏は出雲大社の祭祀長として「出雲国造(いずものくにのみやつこ、いずもこくそう)」の称号を代々受け継いできた御家柄で、天照大御神の第二子である天穂日(あめのほひ)を家祖としています。

 つまり、今回は、天照大御神の長男の家系(天皇家)と天照大御神の次男の家系(千家家)のご婚約であり、縁結びで知られる出雲大社の御利益(ごりやく)あって、2千年を超える悠久の縁(えにし)で結ばれようとしています。

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