« 2015年8月 | トップページ | 2015年10月 »

2015年9月

アップルサプライヤー

 米アップル製品の部品及び製品の製造拠点は世界中に分散されていますが、群を抜いて多いのが中国の334拠点で、次いで日本の131拠点となっています。

 ちなみに、アップルは同社と取引のあるサプライヤー企業のリスト(製造元リスト)を公表しており、2015年版には下記のような日本企業が名を連ねています。


   4005 住友化学       6753 シャープ
                   
   4062 イビデン       6758 ソニー
                   
   5201 旭硝子        6767 ミツミ電機
             
   5741 UACJ       6770 アルプス電気
                   
   5802 住友電工       6794 フォスター電機
                   
   5803 フジクラ       6807 日本航空電子
                   
   6367 ダイキン工業     6971 京セラ
             
   6502 東芝         6963 ローム
              
   6594 日本電産       6976 太陽誘電
                
   6640 第一精工       6981 村田製作所
                
   6723 ルネサスエレク    6988 日東電工
                  
   6724 セイコーエプソン   7282 豊田合成
                  
   6740 ジャパンディスプレイ 7915 日本写真印刷
                  
   6752 パナソニック
 
   日本メクトロン(NOKの連結子会社)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

招き猫

 本日9月29日は「くる(9)ふ(2)く(9):来る福」の語呂合わせで「招き猫の日」となっています。

 農作物や蚕を食べるネズミを駆除する猫は、農家にとりまして豊穰と富を象徴する生き物でした。そのため、招き猫は古くは養蚕の縁起物であり、養蚕が衰退してからは商売繁盛の縁起物として親しまれています。

 招き猫には右手(向かって左)を上げたものと左手(向かって右)ものとがありますが、右手を上げている猫は金運を招き、左手を上げた猫は人(客)を招くとされ、両方を飾る場合には上げている手が外側にくるように配置します。

 また、最もポピュラーな白地の三毛猫の他、厄除けの黒、病除けの赤、縁結びの黄、安全祈願の青、合格祈願の緑、満願成就を願う金など、最近は様々な色の招き猫が登場しています。

 日本発祥の縁起物の招き猫は、中国や台湾でも見かけることができ、アメリカでも「ウェルカム・キャット」あるいは「ラッキー・キャット」との呼び名で人気があり、ドル硬貨を抱えた招き猫(ダラー・キャット)がよく知られています。

 ちなみに、日本風の手のひらを下にした「おいでおいで」の仕草は、アメリカでは「シッシッ」と追い払う仕草になるため、ダラー・キャットは日本のものとは手の向きが逆で「Come on in(おはいりなさい)」のジェスチャーになっています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

か き

 「柿が赤くなれば、医者が青くなる」という言葉があるほど栄養価が高い「柿」。そろそろその「柿」が出回る頃となりました。歴史のある果物だけに柿にまつわる日本の食文化は多様です。生で食べたり、干し柿にしたりするほか、柿の葉ずしや柿ようかんなど食材として広く用いられています。


 その「柿」(かき)という言葉は欧州でも通じる名称で、日本と同じく「カキ」と発音されるそうです。欧州に知られたのは江戸時代で、18世紀末にスウェーデンの学者のツーンベリーが日本を訪れ、初めて見る柿に興味を示したことがきっかけだそうです。


 珍しさのあまり、神々の食べる果物という意味を示す「ディオスピロス・カキ」と名づけました。今でもスペインやイタリアでは甘柿をデザートとして珍重して食べるそうです。

 柿の生産量ベストスリーは、1位が和歌山県、2位は「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」の奈良県、3位は福岡県となっています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

忌み言葉

 今が旬の「梨」は、その名が「無し」に通じることから「有りの実」などと呼ばれたりします。

 まんがの舞台で有名な東京都葛飾区亀有も、昔は「亀梨」という地名でしたが、「なし」という音を嫌って現在の名に改められたそうです。

 忌み言葉と言って、このようなケースは多々あります。

 お祝い事は「おしまい」とはいわずに必ず「お開き」と言い、お正月の鏡割りもそうは言わず「鏡開き」と言います。いずれも良いイメージを持つ言葉に直された結果です。

 ギャンブルで負けた時に「お金を摩る(する)」と言いますが、「スルメ」のスルは「摩る」に通じるとして「アタリメ」に言い換えられ、シネマのシネを避けて「キネマ」という言葉もあります。

 同じように刺身や切り身の場合も「刺」や「切」の切腹に通じるイメージが避けられ「お造り」という言葉が生まれました。

 鉄という字は「お金を失う」と書くため、社名ではあえて旧字体の「鐵」などが使われたりします。ちなみに「鐵」という字は「金の王なる哉(かな)」とも読めます。

 証券会社にも證券と証券がありますが、戦前からの証券会社が登録時の證を継続して使っているケースがある一方で、戦後の当用漢字制度で證の字が旧字体となって登録に使うことができなくなったため、二つの字体が混在しています。

 余談ですが、證の字のつくりは「登」で、「登」は相場が上る(のぼる)に通じるためゲン担ぎになっているとも言われます。しかしながら、証券不祥事が相次いだ際には、(大手が証券ではなく證券であったことを踏まえ)「正」という字が欠けているからだと揶揄されたものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

馬券哲学

 菊池寛は、私費で雑誌「文藝春秋」を創刊、日本文藝家協会を設立し、芥川賞や直木賞を設立した昭和の文豪です。事業で成功し、「文豪」のイメージらしからぬ才能も持ち合わせていました。

 競馬に熱中していたことでも知られた菊池寛は、「我が馬券哲学」として手記を残していますのでご紹介したいと思います。(抜粋)


一、馬券は尚禅機の如し、容易に悟りがたし、ただ大損をせざるを以て、念とすべし。


一、二十四、五円以下の配当(小配当)の馬を買うほどならば、見ているにしかず。何となれば、世に絶対の本命なるものなければなり。


一、「何々がよい」と、一人これを言えば、十人これを口にする。ほんとうは、一人の人気である。しかも、それが十となり百となっている。これが競馬場の人気である。


一、その場の人気の沸騰に囚われず、頭を冷徹に保ち、ひそかに馬の実力を思うべし。その場合の人気ほど浮薄なるものなし。


一、損を怖れ、本命々々と買う人あり、しかし損がそれ程恐しいなら、馬券などやらざるに如かず。


一、一日に四、五十円の損になって、よき鑑定をなし、百四、五十円の中穴(好配当)を一つ当てたる快味あれば、償うべし。


一、サラブレッドとは、いかなるものかも知らずに馬券をやる人あり、悲しむべし。馬の血統、記録などを、ちっとも研究せずに、馬券をやるのは博打打ちである。


一、馬券買いに於て勝つこと甚だ難し。ただ自己の無理をせざる犠牲に於て馬券を娯しむこと。(中略)勝たん勝たんとして、無理なる金を賭すが如き、慎しみてもなお慎しむべし。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

殺生禁断

 江戸の人々は、現代人に比べると、極端に動物虐待や自然破壊をしませんでした。それは、仏教の教えから来る「もののあわれ」「信心深さ」「罪深いと言う考え方」があるからです。魚を釣るのは良い、網で捕るのも良い。しかし、川にヤナ(木を打ち並べて水を堰き止め、一ヵ所に流すようにして、そこに流れて来る魚を梁簀(やなす)に落し入れて捕る罠)を仕掛けて、魚を全部捕ってしまうとか、「毒流し」「毒もみ」と言って、池や川に毒を流し、魚を皆殺しにしてしまうのは、罪深い事。江戸の人々はそう考えていたのです。村人たちが毒流しを計画していると、どこからともなく、異様な旅の老僧が現れ、その殺生を戒める、そこから話の始まる「魚王行乞譚(ぎょおうぎょうこうたん)」と言う膨大な説話群は、日本各地に分布しています。

 「耳嚢(みみぶくろ)」にも「魚王行乞譚」の話しがあります。その戒める殺生は、毒流しではなく、ウナギの穴釣りです。「釣りもなし給はんが、穴にひそみてゐる鰻を釣り出すなぞは、その罪深し」。ウナギをたくさん殺すからではなく、そのやり口が非人道的なので罪深いとされています。

 また、寺社の権威、人々の信仰も自然を保護していました。多くの寺社の池は、殺生禁断であり、鯉、フナ、鯰、鰻などが生息し、寺社の広い境内の「鎮守の森」は、動物や昆虫のサンクチュアリであり、狸、狐、猪、鹿などの獣、そして、朱鷺、鶴、鴨、鷹などの鳥類、さらには蝉、カブト虫、クワガタ、蛍などの昆虫類のハピタート(生息地)であり、宿泊施設であったのです。

 海へ行けば、やはり殺生禁断の海があって、寺社に供えるためだけに漁が許される漁場でした。しかし、貧困にあえぎ、魚を捕りたいと思う者からすれば、非情な掟であったでしょうし、当然、密漁をする者もいたはずですが、阿漕ヶ浦(あこぎがうら)に曳く網の、いつかは人目について、罰せられる事もあったでしょう。

 しかし、そんな殺生禁断の池、海、森が、動物、魚類、昆虫、植物の保護や自然保護に役だっていたのはあきらかです。

 江戸の将軍が鷹狩りをする広大な猟場は、ことごとく「お止め場(禁漁区)」に指定されていました。これを、猟の獲物を庶民には捕らせず、捕ろうとすれば、首をはねる、暴虐な独裁者と見るか、広大な土地が、将軍一人が年に一、二回、鷹狩りをする以外は、動物保護区になっていたと見るか・・・私は多分に後者だと思います。世界に先駆けて、ナショナル・パークやバード・サンクチュアリを作ったのは、日本の「江戸」なのです。

 江戸期の動物達は豊かで、幸せだったはずです。おそらくニホンザルだけで数万頭、ツキノワグマが七、八万頭、カモシカ、シカ、イノシシなどは数えられない程いたに違いありません。

 カワウソは、江戸市中にいくらでもいました。彼らはビクを下げ、釣竿を肩にして行く釣師たちの獲物をこっそり狙いました。雨夜に好き者の御隠居さんが、妾宅へ通う途中に差し掛かったお堀端で、御隠居さんの唐傘の上に飛び乗って、爪で傘を引掻いたいたずら者のカワウソもいました。人間の女性と心中しそこねて、女性は助かって、自分だけ死んで、尻尾を出してしまった、化けるのが下手な狸もいました。江戸の人々は、そんな「遺産」を私たちにしっかり残してくれたはずなのに、それを現代人たちはどんどん殺してしまっている。反省だけなら猿でも出来る、現代人として、自然保護、動物保護のため、何をすれば良いのか、今一度、現代人に考えてほしいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

紫 苑

 キク科の多年草の「紫苑(しおん)」の花時はちょうど今時分で、薄紫の花を咲かせます。日本での栽培の歴史は古く、平安時代の「今昔物語」には以下のような話として登場します。

 父を亡くした兄弟はともに深く悲しみますが、兄はその思いを忘れようと父の墓のそばに萱草(かんぞう、忘れ草)を植え、弟は見た人の心にあるものを決して忘れさせないと言われる紫苑を植えて思慕の念をいっそう強くしました。

 屍を守る鬼は弟に感じ入り、身の上に起こる事を予知する能力を弟に授けました。このようなことから、「嬉しきことあらむ人は紫苑を植えて常に見るべし。憂へあらむ人は萱草を植えて常に見るべし」と語り伝えられています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ソーラー充電器

 色々気になることがあり、小型のソーラー充電器を買ってみました。大きさは私が持っているスマホとピッタリ同じで、厚みも重さも倍程度。かなり小ぶりです。

 性能は、と云うと、部屋であまり明るくないスタンドライトを点けて、テーブルの上に充電器を置いてスマホを繋ぐと、10分で電池量が10%程度のペースで増えて行きました。

 スマホを使いながらでもちゃんと充電されて行きます。これは便利です。正直そのパフォーマンスに驚きました。有事にも有効ですが、長い会議などに参加しながらスマホを使う時にも便利でしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

江戸のハゼ釣り

 江戸の人々は、秋の彼岸を過ぎると、大川(隅田川)などに、ハゼ釣に出かけました。

 秋の彼岸過ぎのハゼは大きくて、さばいて天ぷらにしても良いのですけれども、多くの江戸人は、これでハゼ節を作りました。

 ハゼの腹を裂いて内臓を出して、焼いて、これを干して、カンカンと音がする位堅くなったヤツを取っておくのです。

 そして、お正月になると、さらしの袋を縫って、その中にハゼ節を入れて、煮て、出汁を取って、ハゼ雑煮を作るのです。

 江戸っ子が食べる、お正月のお雑煮のお汁はハゼ味。江戸のお雑煮は彼岸過ぎから用意しておかなければ、食べられないものでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ランキング

 業種分類で「食品」に属する銘柄を、売上高の多い順に並べてみました。

         ※売上高は前期実績、時価総額は前日の値です。


              <売上高>    <時価総額>

1位 キリンHD   2兆1957億円  1兆4701億円

2位 JT      2兆1539億円  8兆0520億円

3位 アサヒグループ 1兆7854億円  1兆7239億円

4位 サントリーBF 1兆2572億円  1兆3951億円

5位 日本ハム    1兆2128億円    5226億円

6位 明治HD    1兆1611億円  1兆2756億円

7位 味の素     1兆0066億円  1兆4460億円

8位 山崎製パン     9950億円    3810億円

9位 森永乳業      5948億円    1284億円

10位 キユーピー    5534億円    3593億円


 ちなみに、時価総額順位では下記銘柄がTOP10入りします。

 ヤクルト本社(売上高3679億円、時価総額1兆0325億円)
 キッコーマン(売上高3713億円、時価総額  6890億円)
 日清食品  (売上高4315億円、時価総額  6119億円)
 カルビー  (売上高2221億円、時価総額  5406億円)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

軽減税率

 先々週、2017年4月からの消費税率10%へのアップと同時に導入が検討されている「軽減税率」について、財務省が案を出しましたね。

 そもそも、この軽減税率とは、消費税の逆進性に配慮し、低所得者の負担を軽減するために、食料品などの生活必需品の税率を低くしようとするものです。

 消費税は、高所得者にも低所得者にも、同じモノに同じ税率がかかるので、軽減税率が導入されると低所得者の負担を和らげるように思えます。

 しかし、実際はそうとも言えません。

 たとえば、消費税が10%になるときに、主食である「お米」の税率を8%にとどめておくとしましょう。

 「お米」は、低所得者も高所得者も買いますから、低所得者の負担を減らすと同時に、高所得者の負担も減らすことになります。
 つまり、税金を払うことができる高所得者への優遇にもなるのです。

 では、高所得者が買いそうな高級米の消費税率は10%にして、低所得者が買いそうな普通の水準の米を8%にすればよいかというと、そうでもありません。

 「高級」の定義がはっきりしないからです。

 マーケットなどのセリによって「高級」が決まるのであれば、誰しも納得するのですが、消費税率10%の高級米は政府が決めることになります。

 そうなると、利権が絡んでくるのです。
 高級米に分類して欲しい人たちや、そうでない人たちが政治活動を繰り広げ始めます。

 また、複数の税率があるために、システムの対応や仕事が複雑になり、業者の負担も重くなります。



 今回、財務省が出した案は、消費税の問題点である逆進性の緩和を狙ったとてもまっとうなものだと、個人的には思います。

 案では、軽減税率を導入するのではなく、消費税率は一律10%にして、消費者には買い物をするときに一旦10%の税金を払ってもらいます。

 そして、あとから、世帯の所得に応じてお金を給付するのです。

 もちろんこの場合も、問題はあります。

 所得は世帯全体なのか、世帯主だけなのか、とか、そもぞも所得を正確に捕捉できるか、等々。

 来年1月から交付が始まるマイナンバーカードの活用なども想定してるみたいですね。


 さて、どうなるのか?

 私たちの生活にとても関係の深いこと。

 興味関心を払っていきたいものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

孫子とピュロス

 中国の兵法書「孫子」の成立は春秋時代(紀元前400年頃)です。それ以前の戦(いくさ)は、力で押して後は天運に左右されるという考え方が主流で、運任せであったわけですが、この書の登場によって大局的な戦略と各局面での戦術の重要性が認識されるようになりました。

 「孫子」は戦い方・勝ち方を表した書ではありますが、その冒頭では安易に戦端を開くことを諌めており、それが「孫子」の底流にある思想となっています。それでも開戦するに及ばざるをえない場合、戦のやり方をつまびらかにしたのが「孫子」です。

 ところで、古代ギリシャにはピュロスという好戦家の王がいました。カルタゴの将軍ハンニバルに「アレクサンドロス大王に次いで偉大な指揮官」と称えられた人物でもあります。

 ピュロス王は戦いには滅法強く、ローマを破るなど幾多の戦争で勝利を収めるのですが、ただそれだけで何を得たわけでもなかったといいます。

 この故事から「労力や心労のわりに、得るものが少ない勝利」のことを「ピュロスの勝利」といいます。

 何事におきましても、参戦しよく勝つには勝算と戦術・戦略が必要です。戦略や戦術を持たずに安易に参戦して後は運任せになっていたりしないか、あるいは「ピュロスの勝利」を繰り返してはいないか、振り返ってみることも大切です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

シルーバーウィーク

 今日から秋の大型連休「シルーバーウィーク」です。

 春のゴールデンウィークあっての秋のシルバーウィークですが、この時期は「老人の日」や「老人週間」、「敬老の日」などがあるため、シルバー(高齢者)ウィークとの認識もあながち間違いではないような気がします。

 ところで、21日の「敬老の日」にちなみ、長寿の節目をいくつかご紹介させていただきます。

【還暦】 数え年61歳で、十干(じっかん)十二支(じゅうにし)の「六十
     干支(ろくじっかんし)」が一回りし、もう一度生まれた時の干支
     を迎えること。本卦還り(ほんけがえり)とも言います。

【古稀】 70歳 杜甫の詩「人生七十、古来稀なり」から。

【喜寿】 77歳 喜の草書体が、七十七に見えるため。

【傘寿】 80歳 傘の略字が八十とも見えるため。

【米寿】 88歳 米の字を分解すると八十八となるため。

【卒寿】 90歳 卒の略字は、九と十を続け書きするため。

【白寿】 99歳 百の字から一をとると白になるため。

【紀寿】100歳 百年は1世紀。百寿(ももじゅ)とも言う。

【茶寿】108歳 茶の字の草かんむりは「十十」で二十、下の部分の縦書き
         された「八十八」を足して108。

 さらに111歳が「皇寿」(川寿または王寿)、112歳が「珍寿」、118歳が「天寿」、120歳で「大還暦」と続きます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

運用の心得

 運用に関する標語をいくつかご紹介したいと思います。

 ちなみにここで言うところの「運用」は、軍事的・戦術的な行動または操艦技術を指しています。

 
 ◆だろうの作業を行うな。

   作業は、安全、確実、迅速の順。まあよかろうが事故・けがのもと。


 ◆運用の巧者とは、ただ操艦のみについて言うに非ず、

   船体は勿論要具を整備し、目的遂行に対し、万遺憾なきを言う。


 ◆運用の妙は注意と果断にあり。


 ◆運用の妙は一誠にあり。


 ◆運用は数理六分に勘四分。


 ◆過去の記録は今後に生かせ。


 ◆無理は禁物。安全第一。しけよりも無理と油断が事故のもと。


 ◆事前の研究と平静な心が事故を防ぐ。


 ◆細心綿密な整備と大胆な運用を。


 ◆自分の周囲の状況に絶えず五感を働かせ。

   常にチェックを怠るな。信ずるよりは確かめよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

マンハッタン島

 ヨーロッパ大陸から北米に入植が始まったのは17世紀初頭で、オランダ人によって築かれたマンハッタン島南部の街は当初「ニューアムステルダム」と呼ばれていました。

 その後、オランダからイギリスに支配権が移り、「ニューヨーク」に改称されたのが1664年の今日だそうです。

 それより前の1626年。オランダの現地総督は先住民のインディアンを酩酊させて、マンハッタン島を騙し取るようにして買い取ったとされています。

 実際には60ギルダー相当の品(ビーズやカラフルな生地など)との交換だったと言われています。一般的には24ドル相当の品という話になっており、現在価値に直すと1000ドル程度だったという説もあります。

 「史上最大のバーゲン」として知られるこの逸話は、インディアンが間抜けであったかのように聞こえますが、その頃のインディアンに土地を売買したり所有したりといった概念があったかは甚だ疑問です。

 今となってはそのような事について確認する術はありませんが、こんな話があります。

 オランダの総督がマンハッタン島を買い取る話をつけた相手は、実はその地を支配していた部族ではなく、そのためオランダは再びマンハッタン島を買い取らねばならならず、買い取ったはずのマンハッタン島を巡ってはその後も支配部族との抗争が長く続いたとされています。

 尚、1826年にマンハンタン島を売却して24ドルを受け取ったと仮定して、現在まで年6%の複利で運用していれば、マンハッタン島をすべて買い戻せるほどの額になっているそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ナ シ

 代表的な秋の果物と言えば「ナシ」。冷蔵庫でしっかりと冷やしたナシはとても美味しいです。弥生時代の遺跡から炭化した種が見つかるなど、古くから日本人に親しまれてきました。


 品種によって出荷時期が異なりますが、9月から本格的に流通するのが軟らかい果肉と豊かな甘みで人気が高い『豊水』です。一足早く8月中旬から下旬に多く出荷される『幸水』も甘みと香りが豊かで人気を集めていますが、そろそろ次は「20世紀」の出荷も本格化してきます。


 「ナシ」は成分のほとんどが水で栄養分はそれほど高くないですが、繊維分と消化酵素を多く含み、咳止め・喉の渇き・二日酔い・解熱などに効果があるそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

競馬の日

 鎌倉の鶴岡八幡宮では鎌倉開幕(かいばく)以来、800年以上の歴史を持つ例大祭が14日から始まっており、最終日の今日は流鏑馬(やぶさめ)神事が盛大に執り行われました。

 北面の武士(院御所の北面に詰め、上皇の身辺を警護した武士)に任じていた佐藤義清(さとうのりきよ)は出家して西行を名乗りますが、弓馬の達人として名が知られた西行に源頼朝が騎射の技を教わったことが鎌倉の流鏑馬の始まりだそうです。

 ところで、馬と言えば、日本中央競馬会(JRA)が発足した日が1954年の9月16日で、そのため今日は「競馬の日」となっています。

 JRAは競馬を行う団体として農林水産大臣の監督を受け、日本国政府が資本金49億円の全額を出資する特殊法人です。

 中央競馬(JRAが主催する競馬)を全国10カ所の競馬場で開催し、競走馬の育成や騎手の養成なども行っています。

 馬券売上げは世界最大で、収益の一部は国庫納付金として国に納め、国の一般財源に繰り入れられています。ちなみに、昨年は2493億円を国庫に納入しています。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

敬老の日

 以前は今日15日が「敬老の日」でしたが、2003年からは9月の第3月曜日が敬老の日となっています。

 ただ、敬老の日を移すにあたっては高齢者団体等からの反発が相次いだため改めて15日を「老人の日」とし、この日から1週間を「老人週間」と定めたそうです。

 参考までに、敬老の日の意義は「老人を敬愛し、長寿を祝う」こと。老人の日の意義は「老人福祉についての関心と理解を深めること」と「老人が自らの生活向上に努める意欲を促すこと」の2つです。

 ところで、厚生労働省が敬老の日を前に発表した全国の100歳以上の高齢者の数は、老人の日の9月15日時点で6万1568人に上ります。

 昨年からは2748人増え、45年連続で過去最多を更新しました。6万人を超えたのも初めてだそうです。

 100歳以上の高齢者の数は、統計を取り始めた1963年は全国153人でしたが、1981年に1000人を超え、1998年に1万人を超え、2012年に5万人を超え、そして今年は6万人を超えました。明らかに増加ペースが加速しています。

 ちなみに、男性の国内最高齢は1903年(明治36年)生まれの112歳、女性の最高齢は1900年(明治33年)生まれの115歳となっています。

 尚、今年度中に100歳に到達し、又は到達する見込みの方で「老人の日」にご存命の方には、内閣総理大臣からお祝い状と記念品が贈呈されます。今年の対象者は9月1日現在で3万0379で、昨年度に比べ1022人増加しています。

 対象者には記念品として純銀製の銀杯が贈られますが、経費削減を理由に銀メッキを施した合金製への変更が検討されており、純銀製の贈呈は今年が最後になる公算大です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

グレース・ケリー

 今からちょうど33年前(1982年)の本日9月14日、ハリウッド女優からモナコ王妃となったグレース・ケリーが自動車事故で死去。52歳でした。


 同時期に活躍した女優マリリン・モンローの明るさとセクシーさを前面に出した美貌とは対照的に、彼女の気品を湛えた美貌は「クール・ビューティー」と賛美されていました。人気絶頂の最中、ヨーロッパの王族と結婚し女優業から引退しました。


 ちなみに、妊娠をマスコミに悟られないようにエルメス社のバッグ「サック・ア・クロワ」でカメラから腹部をとっさに隠したところ、その写真が雑誌に掲載されて一躍バッグの認知度が高まりました。これがキッカケとなって「ケリーバッグ」と改名されたそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

目黒のさんま

 ご飯のおかずにも酒の肴にも向く秋刀魚(さんま)はビタミン類が豊富で、「秋刀魚が出ると按摩(あんま)が引っこむ」との言葉があるくらい栄養価が高く、昔から庶民に愛されてきた秋の味覚です。

 昔と言えば、江戸の頃は庶民と殿様の階級の差は大きく、秋刀魚は庶民が食べる下種魚(げすうお:下等なさかな、値段の安いさかな)であり、殿様が口に入れるような魚でありませんでした。

 ある時、殿様が郊外(目黒付近)に遠乗りした際、伴の者が弁当を忘れてしまい、腹を空かせているところへ何やら旨そうな匂いが漂ってきます。

 殿様がこの匂いは何かと尋ねると、伴の者は「これは庶民が食べる下種魚。殿様が口にするような魚ではございません」と答えますが、殿様は「かような時じゃ、そのようなことを言っている場合ではない」と言い、秋刀魚を持ってこさせます。実際、焼いた秋刀魚を食べてみるとこれがまた非常に美味しい。

 後日、親戚へのお呼ばれで、その家の家老が好きな食事を用意するというので殿様は美味しさが忘れられない秋刀魚を所望します。仰せつかったものの、殿様に下魚をそのまま出すわけにもいかず、脂がお身体に障(さわ)っては一大事と、秋刀魚を十分に蒸して脂を落とし、骨が喉に刺さってはこれまた大変と、骨をすべて抜いて、グズグズになってしまったので椀に入れ、それを殿様にお出しします。

 殿様はその秋刀魚があまりに不味いので、これが本当に秋刀魚か?といぶかり、いずこで求めた秋刀魚かと家臣に聞くと「日本橋魚河岸で求めてまいりました」、それを聞いた殿様は「それはいかん、秋刀魚は目黒にかぎる」。

 これが落語の「目黒のさんま」のあらすじです。

 目黒で海の魚がとれるはずもなく、世間知らずの殿様を笑ったお話で、家臣のいらぬ気遣いで秋刀魚の美味しさが台無しになってしまったというフィクションです。

 この話を元に目黒では毎年いまの時期に「目黒のさんま祭り」が行われ、数千匹の新鮮な秋刀魚が無料でふるまわれます。もちろん、蒸した秋刀魚でなく、焼いた秋刀魚です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

温 泉

 9月中旬ともなれば北海道・東北地方から紅葉の季節がスタートします。美しさを増す樹々の見物に山峡や渓谷などへ出かけ、現地の露天風呂にゆったりと浸かる風情もまた格別です。


 その温泉。入浴剤・イオウ製剤の610(ムトウ)ハップを混入していた事件や、井戸水や水道水を使用して沸かした湯を温泉と偽って表示した事件など、いわゆる「温泉偽装問題」が全国各地に波及し、私たちを失望させるニュースが相次いだことは記憶に新しいところです。


 その温泉の定義とは、

1.温度(温泉源から採取されるときの温度とする)が摂氏25度以上。

2.温泉法で規定する成分(総イオウ、マンガンイオン、第1鉄または第2鉄イオン、ラドン等々)のうち、どれか1つが規定量以上含まれる。

1か2の、どちらか1つを満たしてしまえば温泉と名乗ることができます。


 つまり、温度が25度なくても1つ成分を満たしていれば、井戸水でも温泉と呼べてしまうのです。


 井戸水と温泉は紙一重の差です。目的地へ出かける前に、該当する宿などが温泉を使用しているかどうか、源泉100%か、あるいは水道混合か、また加熱の有無などを電話等で尋ねてみるのもいいかもしれません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

松 茸

 日本海側の漁港ではズワイガニの水揚げに沸き、栗の産地では栗の出荷が始まり、各地の観光ぶどう園ではぶどう狩りのシーズンを迎え、国産の松茸(マツタケ)も百貨店の店頭に並びはじめたそうです。
 
 ところで、松茸はコロニーを作って発生するのですが、その領域は「シロ」と呼ばれ、シロの場所を知らないと松茸を採取するのは難しいと言われます。

 傘が開ききってしまうと味も香りも落ちる松茸は、地表からわずかに頭をのぞかせたところを見究めて採取するため、このことも素人がなかなか見つけられない一因となっています。

 採取が難しい松茸にちなみ、「キノコ(松茸)は千人の股をくぐる」という言葉をご存じでしょうか? 

 これは第一次南極越冬隊長を務めた西堀栄三郎氏がその著書「石橋を叩けば渡れない。」で紹介されていた言葉で、松茸を探しに行き、たくさんの足跡があるのを見ると、多くの人が探し歩き回った後ではもうみつからないだろうと考えるのが普通ですが、千人の人が探して歩いて見つからなくても千一番目に歩いた人が偶然見つけることがあるという例えです。

 新しいことはすでに誰かが見つけているかやっているはず、だからもうないだろうと決めてかかるのではなく、あきらめないこと、そして虚心坦懐(何のわだかまりもない素直な心で、物事にのぞむ姿勢)であることが大事だということを上記の言葉は教えてくれます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

サンマ

 北海道東沖でその「サンマ漁」が本格化していますが、サンマは8月に北海道東部から南下を始め、10月ごろ三陸沖を通り、11月には房総沖、そして遠州灘で産卵した後、3月頃には紀州沖に達し、その一生を終えるそうです。


 焼いてレモンを搾り、大根下ろしを添えて食べる塩焼きが一般的ですが、刺し身や握りずしにしても美味しく、また細かくおろして大葉とネギを刻んで混ぜ、たたきにするのもさっぱりして美味しいです。


 熱いご飯とサンマの相性は抜群、食欲を駆り立ててくれますが、欲を言えば炭火で焼いたものなんかは最高です。背がやや緑がかった濃い青色で、ヒレや魚体に張りがあり、皮につやと弾力のあるものが鮮度が高いそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

重陽の節句

 タイでは「9」の発音が「前進」の意味を持つことから、9が二つ並ぶ9月9日は特別な「吉日」とされており、バンコクなどではこの日に結婚届けを提出するカップルが多いそうです。

 日本では「苦」に通じるとの理由で「九」という数字を嫌がる人もいますが、陰陽道では奇数は陽の数とされ、その極数である「九」が重なる九月九日は「重陽の節句」として祝う風習が昔からありました。

 この日は、不老長寿の霊草と信じられていた菊の花びらを杯に浮かべた菊酒を酌み交わし、お互いの長寿と無病息災を祝ったとされています。このことから重陽の節句は「菊の節句」とも呼ばれます。

 ちなみに、菊は日本原産と思われがちですが、薬草として日本に伝わった中国原産の植物で、後に天皇家の御紋になり、慣習上の国花(菊と桜)にもなっています。原産は中国ですが、鑑賞用・園芸用として発展したのは日本においてで、日本の菊が本家中国や欧州の菊事情に大きな影響を与えています。

 また、葬儀の際の献花に菊が用いられることが多いのは、古来から日本人に慕われてきた花であるとともに、調達のし易さ、安価で長持ちという理由の他、西洋で墓参用に用いられていたことの影響もあるそうです。

 この時期に各地で菊花展や菊人形展が行われるのも重陽の節句に由来し、庶民の間では秋の収穫祭と習合し「お九日(おくんち)」として祝うようになったといいます。

 明治期に新暦に移行してからは季節とのズレが生じたことから、しだいに重陽の節句が廃れましたが、菊を愛でる風習や収穫祭としての意味合いは菊花展や九州北部のくんちとして今も残ります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

鳳仙花

 7月から9月頃にかけて咲く花に、鮮やかな紅色の「鳳仙花」があります。

 花色豊かなこの花で、色水をつくって遊んだ方もいらっしゃるかと思いますが、ずっと昔は爪を染めるのに使われた花でもあります。いわゆる現在のマニキュアで、別名を「爪紅(つまべに)」とも言います。

 熟した実は、触れただけで勢いよく弾け飛ぶことから「インパチエンス(我慢できない)」との学名を持ち、「せっかち草」との異称もあります。英語では「Touch Me Not(私に触らないで)」という名で呼ばれることも。

 また、堅い魚の骨や肉類を煮るときに種子を数粒入れると柔らかくなることから「骨ぬき」という名も持っています。

 ちなみに、沖縄では鳳仙花を「てぃんさぐ」と呼び、「てぃんさぐぬ花」という民謡の歌詞には下記のような意味があり、子を思う心と人生訓が歌われています。


   鳳仙花の花は爪先に染め 親の言うことは心に染めなさい

   夜走る船は北極星を見ている 私を生んだ親は私を見守っている

   宝玉も磨かなければ錆びてしまう
               朝夕と心を磨いて世の中を渡りましょう

   足りない事は一人ひとりが補いなさい
               互いに補って年を重ねてゆくのです

| | コメント (0) | トラックバック (0)

夜長月

 それぞれの月には和風月名という異称がありますが、夜が長くなる陰暦九月は「夜長月」「長月」「暮月」、長雨も多いので「長雨月」、収穫時期を向かえて「稲刈り月」などと呼ばれます。

 昔は暮れるのが早まれば寝るのも早くなり、それ故夜中に目を覚ますことが多くなることから「寝覚月(ねざめづき)」。

 他にも、夏が過ぎて「季秋(きしゅう)」、菊が見頃で「菊月・菊見月・菊開月」、竹の新葉が青々と茂る「竹の春・竹春」「竹酔月」。一月、五月と並び、斎(い)み慎む月と考えられたところから「祝月・斎月(いみづき)」。

 山々が色づきはじめ「紅葉月」。彩り豊かな木々の葉に加え、名残惜しむ夏の花、そして秋の花も咲き始める九月は「色取月(いろどりづき)」とも呼ばれます。

 ところで、立春の日から数えて二百十日目の明日は、昔から嵐が襲来することが多い日で、8月1日の「八朔」や「二百二十日」とともに三大厄日として知られています。

 伊勢湾台風が上陸し大きな被害をもたらしたのも1959年の9月で、例年これからが台風シーズンの本番となります。風害から農作物を守るよう神に祈る「風祭り」が行われるのも今の時期です。

 また、関東大震災(1923年)が発生したのも9月1日で、その教訓を忘れず、自然災害に対する備えを怠らないようにと制定されたのが一昨日の「防災の日」です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ブラックスワン戦略

 2007年4月の刊行で、その後のサブプライム問題の顕在化とリーマンショックの発生で大きな注目を集めた「ブラック・スワン 不確実性とリスクの本質」という本があります。

 著者のナシーム・ニコラス・タレブ氏は不確実性科学を専門にする大学教授にして20年超のキャリアを持つトレーダーであり、ヘッジファンドの顧問も務めた人物です。

 ちなみに「ブラック・スワン」とは文字通り黒い白鳥のこと。白鳥の色は白、そのことを疑う者などいなかった昔の西洋で、オーストラリア大陸の発見と同時にそこには黒い白鳥が存在することが分かり、白鳥は白いという常識はある日突然常識ではなくなってしまいます。

 この逸話に由来する「ブラック・スワン」は、ありえない事象、誰も予想しなかった事象の比喩として使われています。

 副題に「不確実性とリスクの本質」とあるこの本はサブプライム問題が表面化する以前に書かれたもので、ブラック・スワンには以下の三つの特徴があるとしています。

 1)予測不能な極端な現象

 2)発生すれば広範囲に多大な影響を及ぼす

 3)いったん起きてしまえば、いかにもそれらしい説明がなされ、実際よりも偶然には見えなくなったり、最初から分かっていたような気にさせられたりする


 黒い白鳥が舞い降りただけでそれまでの常識が覆される現実世界のもろさ。さらに、説明のつくブラック・スワンには過剰反応し、説明のつきにくいブラック・スワンは無視され、それが後々重大な結果をもたらすと、著者は説明します。

 ちなみに、発生の可能性は低いが発生すれば大きな損失が発生してしまうリスクを「テールリスク」と呼び、これも「ブラック・スワン」と同じような意味でつかわれます。

 つまり「ブラックスワン戦略」とは、テールリスクに備える保険戦略であり、「ありえないなんてことはありえない」・「想定外をも想定する」という観点に立脚しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

江戸の搗米屋事情

 江戸川柳です。「つきやむしゃむしゃ甘塩の九寸五分」。お分かりになりますか。最初の「つきや」とは、もちろん漢字で書けば「搗屋」、正式に言うならば「搗米屋」です。

 「搗米屋」とは、玄米を杵(きね)で搗いて、精米する人で、江戸の町ではいたってポピュラーな職業です。もっとも、ポピュラーであるのは、江戸の町だけで、当時、江戸以外の地方では玄米食が主流で、精米された「白米」はお正月ぐらいにしか食べられませんでした。それが江戸では、皆が三食、白いご飯を食べていたのです。「将軍様のおひざ元」を自負する江戸っ子は、何でも将軍様と同じ事をしました。将軍様が初鰹を珍重すれば、何をさしおいても初鰹を食べ、将軍様が三食白米なら、負けずに三食白米を食べる。裏長屋に住まう、八っつぁん、熊さんまでが、「麦飯食うくらいなら、死んだ方がまし」などと豪語していました。「江戸のお客様は米のまんまでないと食べねぇ」なんてフレーズがありましたよね。

 いまでも、食事の支度が出来ると、おかあさんが「ごはんですよー」と呼んでくれますが「ごはん」を漢字で書くと「御飯」。「御」の字が付くゴージャスな食事、つまり「白米」です。「ごはんですよ」イコール「食事ですよ」と言う意味で使われるのですから、「白い飯」イコール「食事」の事。食事の支度が整った事を知らせる「ごはんですよー」は、白米を常食していた江戸から広まった言葉です。

 そんな江戸だから、銀シャリこと白い御飯を腹いっぱい食べたくて、地方からの人口の流入が続きます。幕府も呆れて、「故郷のある人は故郷へ帰りなさい」と、度々『人返しの令』を出しますが、江戸の経済基盤は、そんな無尽蔵とも言える、彼らの労働力に支えられていたのも事実です。

 話しが少し横道にそれてしまいましたが、この「つきや」も、銀シャリ目当てに地方から出て来たアンチャンの一人です。江戸に来たのは良いけれど、元手もツテも無い、あるのは丈夫な体だけ。そんな若者にうってつけなのが「つきや」です。仕入れも道具も不要。町々を「つきぃ~~こめつかぁ~~つきぃ~こめつこぉ~」と呼びながら歩いていれば、すぐに裏長屋のおかみさんなどから、「ちょいと、二升ばかし搗いておくれ」と声がかかります。臼も杵も、その家のを使いますから、お客様の、七分搗き、八分搗き、などの依頼に合わせて、米を搗きます。こんな事を日に四、五軒もこなせば、飯代は稼げたのです。当時、米は玄米の状態で流通していたので、「白い飯」を食べるには、各家庭で精米しなければなりません。力仕事なので女所帯にはキツイし、暮らしが豊かになると不精者も増え、「つきや」の需要は高まっていきます。「つきや」で資金を貯めて、別の商売を始める者も大勢おり、その時は「つきや」時代の顧客の縁も十分に利用できる、手っ取り早い、ポッと出のアンチャンの商売です。

 川柳に戻ります。その「つきや」が「むしゃむしゃ」と食べているのが「甘塩の九寸五分」。九寸五分、現代での約30cm、それは秋の味覚「さんま」です。「つきや」はハードな肉体労働で、スタミナを付けなければやっていられません。「つきや」のアンチャンが食べているさんまは「甘塩」との事。つまり一夜干しの開きです。現代に比べると、流通の悪い江戸では、新鮮な生サンマを入手するのは難しく、ぼていふりの魚屋さんが扱う商品も干物などの加工品が大半です。サンマと言えば庶民のおかず、その美味さには「目黒のさんまのお殿様も病みつきに・・・と思われますが、実は、当時の江戸っ子はあまりサンマ好きではありませんでした。キス、コハダ、サヨリなどの白身の魚が「江戸前」で、淡泊を美味とする江戸っ子は、サンマの濃厚な脂を敬遠しました。そこで、「つきや」のアンチャンの様な、肉体労働者の滋養食として、食べられていたのです。「あを向てつき屋さんまをふつり喰」なんて江戸川柳もあります。

 もう一つ江戸川柳です、「しぶしぶと搗き屋の隣早起きし」。地方から大江戸ドリームを夢見てやって来たアンチャンは、流しの「つきや」をやって、元手を貯めて、とうとう一軒の「搗米屋」を開業するに至りました。この「搗米屋」が米を搗く道具は、現代の公園にある「シーソー」の様なもので、シーソーの人が座って乗る部分に大きな石が縛りつけてあり、その下には杵が取り付けられています。さらにその杵の下に当たる地面には、大きな臼が埋めてあり、そこに未精米の玄米を入れます。台に乗った人間が、足で反対側のシーソーの人が乗る部分を踏むと、石と杵の付いている方がグーッと持ちあがり、足を離すと、石と杵の付いている方がズシンと落ちて、下の臼の中の玄米を搗いて、精米するのです。搗き米屋さんが、米搗き歌を歌いながら、ズシンズシンと米を搗きます。

 そして、「搗米屋」は、非常に朝早い職業です。朝早くから、隣の搗米屋で、ズシンズシンと精米されれば、音と振動でとても寝ていられません。現代では、安眠妨害、騒音公害などで、裁判沙汰にまでなりかねませんが、そこはおおらかな江戸の町、搗き米屋のお隣さんは、「しぶしぶ」ながら、搗き米に付き合って、「早起き」するのです。

 九月になりました。いよいよ秋の到来です。ピカピカの新米で炊いた銀シャリとサンマが美味しい季節です。しかし、江戸で、田舎からのポッと出のアンチャンが食べられたのは干物、一夜干しのサンマです。サンマが秋の食卓の主役になるのは、「秋刀魚」の字のとおりのみずみずしいサンマが、庶民でも容易に手に入る、昭和に入ってからなんです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

マッキンリー

 富士山山頂では8月5日に今年の最高気温16.3度を記録したばかりですが、8月31日には早くも氷点下を観測しました。

 富士山の今季の登山シーズンもそろそろ終盤で、静岡県側の登山ルート(富士宮口、須走口、御殿場口)は9月10日まで、山梨県側の吉田口は9月14日を最後に冬期閉鎖(全面通行止め)となります。

 ところで、山の高さは一般的に、平均海面からの高さである「標高」(ひょうこう)で示されます。富士山が3776メートル、エベレストは8848メートルといった具合に。

 しかし、より実感に近い高さを表しているのは、麓(ふもと)または裾野からの高さを示す「比高」(ひこう)です。

 富士山は地形的に海抜0メートルから山と見なされるため、比高は標高と同じ3776メートルです。エベレストの場合は麓のチベット高原からの高さを比高としており、その高さは3700メートルです。基準地点の標高が高い分、比高は低くなるわけです。エベレストに挑む登山者が登る高さは富士山とほぼ同じではありますが、標高の高さゆえに危険度は比べものになりません。

 比高は見上げた際の山の大きさ(高さ)と理解しても差し支えありませんが、比高でみた世界最高峰は、アラスカにある北米大陸最高峰のマッキンリーです。

 マッキンリーの標高は6168メートルで、エベレストよりも2700メートルほど低いのですが、麓からの比高は5500メートルに達します。

 また、マッキンリーは極北の高緯度に位置するため気温が低く、中腹の4600メートル付近でマイナス73度を記録したこともあるほどで、気温の低さゆえに気圧および酸素濃度が低いこともこの山の特徴です。

 マッキンリーにはエベレストのような荷物運びのシェルパはおらず、登る距離ははるかに長く、秒速40メートル超の強風が吹きすさぶ極寒の地で、登山者にとっては過酷を極める山としてアラスカにそびえています。

 先日は女性タレントを含めたテレビ局の登山チームが、経験豊富な登山家達のサポートでマッキンリー登頂を成功させましたが、1984年には冬期単独初登頂に成功した冒険家の植村直己さんが下山時に遭難し、そのまま行方を絶っています。

 なお、「マッキンリー」という山名は、1896年に現地を探検していた男性が、当時の共和党の大統領候補だったウィリアム・マッキンリー氏への支持を表明するために名付けたそうですが、アラスカ先住民は古くから「偉大なもの(デナリ)」と呼んでおり、アラスカ州は1975年に「デナリ」へと改称済みです。

 先ごろ米連邦政府も改称に賛同し、オバマ大統領は31日、「デナリ」への名称変更を宣言しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第二次世界大戦

 今から76年前となりますが、1939年の本日9月3日。イギリス、フランスがドイツに宣戦布告して第二次世界大戦が勃発しました。ドイツ・イタリア・大日本帝国の3国同盟を中心とする枢軸国陣営とイギリス・フランス・アメリカ・ソ連・中華民国などの連合国陣営との間で戦われ、戦火は全世界(61ヶ国が参戦)に拡大しました。


 大戦は9月1日にドイツ軍がポーランドへ侵攻したことに始まり、1940年9月27日に日独伊三国軍事同盟を締結。1941年にドイツ軍はソビエト連邦に侵攻、同年末に日本とアメリカが参戦。1942年にはドイツとイタリアなど枢軸国が徐々に行き詰まり、1943年には連合国が優勢となり、イタリアが降伏。


 1944年には枢軸国の降伏が相次ぎ、1945年にドイツ軍が総崩れとなって4月30日にヒトラーが自殺(ムッソリーニは同年4月28日銃殺されています)。そして戦争終結となりました。


 尚、当時の主な指揮官は、ドイツがアドルフ・ヒトラー、日本が東条英機、イタリアがベニート・ムッソリーニ、ソ連はヨシフ・スターリン、アメリカはフランクリン・ルーズベルトとハリー・トルーマン、イギリスはネヴィル・チェンバレンやウインストン・チャーチル、フランスはシャルル・ド・ゴールでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

名義預金

 親が子供の預金口座を作って、せっせせっせとお金を入れても、通帳を親が持っている限り、そのお金は子供に贈与したことにはなりません。親が自分の財産の管理のしかたを少し変えた程度のことです。

 このような預金のことを「名義預金」と言います。

 形式的には家族の名前で預金していても、実質的にはそれ以外の本当の所有者がいる、つまり親族に名義を借りているのに過ぎない預金のことです。


 心当たりのある方、たくさんいらっしゃるのではないでしょうか?

 個人の方からのご相談のなかでも、相当たくさんの方が、名義預金を作ってらっしゃいますね。

 ほぼ100%がお子さんの預金です。

 配偶者名義の「名義預金」を、そっとつくってらっしゃる方は、皆無です。



 子供名義の口座に入れたお金は、親の来週の飲み会には使いづらいので、「資金管理」という面ではとても有効です。

 しかし、このお金は、あきらかに親の財産です。


 資金を分類するために名義預金を作るのはよいのですが、相続税を節税するために子供に生前贈与をするつもりなら、残念ながら効果はありません。

 親が亡くなったときに、親のタンスの引き出しから出てきた子供名義の預金口座の中身は、親の財産としてカウントされるのです。

 したがって、この方法では、子供に生前贈与をして自分の財産を少なくすることはできないのです。


「贈与」は、その財産はもらった人が自由に使える状態になっている必要があります。

 つまり、親から子供が財産をもらったら、通帳や印鑑は、子供が持っていなければおかしいことになります。また、もらった本人は、もらったことを知っていなければおかしいでしょう。


「名義預金」とされないためには、もらった人が自由に使える状態を作ることの他に、次のことをしたほがいいと言われています。

○贈与税申告をする

○贈与契約書を結ぶ


 相続税対策をしようと考えている方は、「名義預金」に注意が必要です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

な し

 秋の味覚が店頭に並び始めており、梨の産地も収穫時期を迎えています。

 風邪などで喉が痛む時や痰がからむ時などに、梨を食べて楽になったという経験をお持ちの方も多いかと思いますが、古来から「百果の宗」と呼ばれる梨は、「大小便を利し、熱を去り、渇を止め、痰を開き、酒毒を解す」とされ、漢方薬などにも広く利用されてきた果実です。

 また、梨は有機酸やビタミン、ミナラル類などをバランスよく含んでいるため、夏バテ時の食欲増進や疲労回復にも効果が期待できます。

 現在、日本で栽培されている梨には、幸水、豊水、二十世紀、新高、愛甘水、新寿、清澄、八幸梨など様々な種類がありますが、二十世紀梨の場合、軸が細く、肩と尻が張った扁平なもの、色つやが良く重いものがより美味しいと言います。

 なお、「梨尻柿頭」とのことわざにもありますように、梨は軸と反対の尻の部分が味が良く、皮の近くの方が糖度が高くなっています。

 ちなみに、歌舞伎の世界を「梨園(りえん)」と呼ぶのは、唐の玄宗皇帝が梨の木が植えられた庭園で、音楽や舞踊などの芸を磨いたという故事に由来しているそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2015年8月 | トップページ | 2015年10月 »