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将棋の日

 現在十一月十七日は「将棋の日」なのですが、もともと旧暦の十一月十七日は「御城将棋・御城碁」となっていました。

 将棋指しと碁打ちに、幕府から公金が支給されたのは、慶長十七年(1612)と言います。平和な江戸時代になり、将棋・囲碁が普及すると、幕府は将棋や囲碁の棋力が極めて高い者達に家禄を支給し、年に一度、旧暦十一月十七日に、江戸城内で対局をさせるようになります。これを、御城対局(御城将棋・御城碁)と呼びます。江戸初期にはあまり行われなかったのですが、元禄年間(1688~1704)になると毎年の恒例行事となり、幕末の文久元年(1861)まで続きます。将棋指し、碁打ちにとって、江戸城内で対局出来る事は、自らの存在を天下に知らしめす絶好の機会でした。

 初めの頃は、将軍以下、幕臣の見守る中でのガチ勝負だったのですが、長考の連続で見物人が飽きてしまったり、日が暮れてしまったり、勝負がつかなかったりする事が多かったため、事前に勝負をつけておいて、御前では、その棋譜を再現する、下打ち制度が採用されるようになります。そして、この御城対局の結果は、わずか二日後には名古屋まで伝わっています。

 そして、下打ち制度によって、早い時間に御城対局が終了すると、幕府役人などの愛好家が、御城対決の為に登城した将棋指し、碁打ちに指導を受ける、「お好み対局」が行われるようになります。幕府の「将棋・囲碁愛好家」は、公式の御城対局や、お好み対局を待ち望んでおり、旧暦十一月十七日、江戸城内の一角は、将棋・囲碁愛好家のたまり場となったのです。そのため、現代でも、新暦に直した十一月十七日を、「将棋の日」としているのですね。

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