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江戸の「慰謝料」

 通常、江戸の結婚は、妻側が持参金を持って婚姻します。その後、なんらかの事情で、離縁する場合、夫側から離縁を申しだすなら、妻に持参金を全額返済しなければ、離縁を申し渡せません。逆に、妻側から離縁を申しだすなら、持参金の返済を断念する代わりに、強制的に夫側から「離縁状」を取る事ができます。江戸のこの様なシステムの元では、妻側は、夫側から現代で言う「慰謝料」を取る事は、普通は出来ないのですが、江戸の江島其磧(えじまきせき)と言う方が、享保二年(1717)に書いた『世間娘気質(せけんむすめかたぎ)』と言う本に、こんな話が記載されています。

 とある女性、結婚したものの、夫が病気ですぐに亡くなってしまいます。婚家は「まだ若いから」と言う事で、百両(現代価格換算約1500万円)を添えて実家に帰してくれました。美人だったので、また、他の人に嫁ぎますが、今度は夫が河豚に当たって死にます。この時、妊娠をしていたので、婚家では子供の養育費付きで実家へ帰してくれます。次に、頑丈そのもの、と言う元気な方に嫁ぎますが、夫は遊郭に入り浸り、とうとう勘当され、またしても、婚家からお金を渡されて帰されます。

 そうなると、味をしめてしまったのでしょうか、仲人かか(プロの結婚斡旋人)に頼んで、ある質屋の病弱な跡取りと結婚すると、予想通り(?)すぐに夫は亡くなります。この時も、妊娠していたので、養育費をせしめ、種違いの子供達(この時点で何人の子持ちだったかは不明)は母親に預け、裕福な両替屋と結婚しますが、夫は商用で上方へ行き、祇園の娘と出来てしまって、江戸へ帰って来ません。両替屋から二百両(約3000万円)の手切れ金を渡されて、実家へ帰されます。次に、高齢の八百屋さんに嫁ぐと、この方も、間もなく亡くなる・・・と言う訳で、とうとう、種違いの子供を二十七人作って、この女性は、裕福で賑やかな老後を送った、と言う事です。

 でも、十五歳で初めて出産したとして、毎年、子供を産み続けても、最後の子を産んだ時は四十二歳になっています。一人の女性が二十七人も子供を産めるのでしょうか?
 
 一人の女性が二十七人も子供を産めるのか?気になったので、ギネスブックを調べてみたら、なんと、世界記録は、1725~65年、ほぼ同時代の日本の江戸中期、八代将軍吉宗公治世の享保~明和頃)の四十年間で、二十七回出産し、双子十六組、三つ子七組、四つ子四組(なぜか、一人で生まれた子がいない!)の計六十九人を産んだ、ロシアの農民フェオドール・ヴァッシュリーブさんの妻、バレンティナ・ヴァッシュリーブさんと言う方で、一人の女性が産んだ最多の記録と同時に四つ子及び双子の最多出産回数の記録保持者、なんだそうです。江戸の女性も二十七回出産しているようですが、数ではとても及ばないようで、上には上があるもんですね。

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