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2018年9月

江戸の音曲(義太夫)事情

 近松門左衛門は、井原西鶴・松尾芭蕉とともに元禄文学を支える大きな存在です。近松門左衛門が歌舞伎作者であった期間はおよそ二十年ほどで、元禄十六年(1703)、たまたま大坂に下った折、竹本義太夫のために執筆した「曾根崎心中」が大ヒットしたため、それ以降は、竹本座の専属作者として、浄瑠璃(義太夫節)の制作に専念します。

 竹本義太夫は元禄十四年(1701)五月、五十一歳で受領して筑後掾(ちくごのじょう)と称し、その大音で「釘かすがいを打つごとく」はぎれよく語る男性的な語り口は円熟して義太夫節として一風をなし、その評判も高ったのですが、経営は四苦八苦だったといいます。それが「曾根崎心中」の興行で借財を一挙に返すことが出来ました。

 筑後掾は二年後の宝永二年(1705)に座元を退いて、その経営を竹田出雲に任せ、自身は芸道一筋に精進します。その顔見世興行で近松門左衛門の作である「用明天皇職人鑑」が上演され、筑後掾と近松門左衛門は、あらためて竹本座に抱えられます。そして、近松門左衛門は住まいを京都から大坂に移し、以後、没するまでの二十年間を竹本座の専属義太夫作者として、様々な作品を世に出していくのです。

 その作品は、筑後掾の芸質を十分に生かすもので、その男性的で明快な語り口は叙事的で、「本領曾我」、「加増曾我」などの曾我浄瑠璃や、「鎌田兵衛名所盃」、「傾城反魂香」、「百合若大臣野守鑑」、「吉野都女楠」、「浦嶋年代記」、「大職冠」、「夕霧阿波鳴渡」、「嫗山姥(こもちやまうば)」、「天神記」などの時代浄瑠璃、そして、「心中重井筒」、「心中万年草」、「心中刃は氷の朔日」、「冥土の飛脚」、「今宮心中」などの巷間の事件に取材した心中者など、多くの名作が残されています。

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推計人口

 = 65歳以上は4人に1人  70歳以上は5人に1人 =


 先日、総務省が発表した推計人口(15日時点)を見ますと、70歳以上の人口が前年比100万人増の2618万人となり、総人口に占める割合は20.7%と初めて2割を超え、5人に1人の割合となっています。


 65歳以上の高齢者は44万人増の3557万人となり、全体の28.1%と4人に1人以上となっています。


 ちなみに、1947~49年生まれの「団塊の世代」が2025年頃までに75歳以上の後期高齢者に達する事、これは「2025年問題」と言われています。


 これまで国を支えてきた団塊の世代が給付を受ける側に回り、介護・医療費などの社会保障費の急増などが懸念されています。

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紫 苑

 キク科の多年草の「紫苑(しおん)」の花時はちょうど今時分で、薄紫の花を咲かせます。古くから愛でられた花で、平安時代の「今昔物語」には以下のような話として登場します。

 父を亡くした兄弟はともに深く悲しみますが、兄はその思いを忘れようと父の墓のそばに萱草(かんぞう、忘れ草)を植え、弟は見た人の心にあるものを決して忘れさせないと言われる紫苑(思い草)を植えて思慕の念をいっそう強くしました。

 屍を守る鬼は弟に感じ入り、弟に特別な能力を授け、弟は涙を流してこれを喜びました。このようなことから、「嬉しきことあらむ人は紫苑を植えて常に見るべし。憂へあらむ人は萱草を植えて常に見るべし」と語り伝えられています。

 ちなみに、紫苑は別名を「鬼の醜草(しこくさ)」と言い、花言葉は「君を忘れず」です。

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江戸の絵師事情

 絵筆で将軍家に仕えた絵師を「御用絵師」と呼びます。大別すると奥絵師と表絵師に分けられました。

 奥絵師は将軍にお目通りができる「御目見以上」の格式があり、若年寄支配とされ(江戸幕府の職制事情については、帯刀を許されました。絵描きでありながら、武士の扱いをうけているのです。

 徳川将軍家に仕えた絵師は、狩野探幽が最初です。江戸初期の元和七年(1621)、探幽は二十歳で、江戸鍛冶橋門外に千坪を超す屋敷を拝領し、のちには二百十五石の家禄を賜りました。江戸初期には江戸城の整備や、大名屋敷の建設ラッシュで、装飾用の絵画が大量に必要とされたのです。そのため、京都にいた探幽の弟たちも江戸へ招かれ、御用絵師となりました。それぞれ賜った屋敷地の名前をつけて、木挽町狩野家(尚信)、中橋狩野家(安信)、浜町狩野家(岑信)と呼ばれ、探幽の鍛冶橋狩野家を合わせた四家が、奥絵師として腕を振るいました。

 仕事は、江戸城内の障壁画の作成を始め、将軍の肖像画、贈答用の屏風絵、幕府の年中行事を絵にして記録、将軍の姫君たちへの絵手本の作成などです。江戸城本丸御殿に御絵部屋があり、奥絵師は月に六度、出仕します。時には将軍自らが御絵部屋に来て、好みの絵を描かせることもあります。

 一方、表絵師と呼ばれる方達は、奥絵師の門人が独立をゆるされたもので、奥絵師より格式が低い御家人格(御目見以下)で、出仕の義務はありませんでした。

 江戸時代は鎖国をして、外国とはあまり接触しなかったように思われがちですが、江戸時代も立派に国際交流をしていました。その一つに、朝鮮通信使の往来があります。その通信使に贈られる金屏風を描くのも奥絵師の仕事でした。文化八年(1811)、朝鮮通信使が来日するというので、浜町狩野家五代目の寛信が、金屏風の作成を命じられました。寛信は近江八景を題材に絵を描いたのですが、その絵を見た老中の一人が描かれた金泥に濃淡があると指摘し、描き直しを命じたのです。しかし、風景画の山水や樹木の遠近を、色の濃淡で表現するのが狩野家の技法です。寛信と老中は言い合いになりましたが、寛信は突如、席を立ち、急病と称して退出してしまいます。そして、その帰路、寛信は駕籠の中で切腹して果てました。

 自作の絵にプライドを持ち、命までかけると言う、絵師でありながら、武士でもある気骨を見せたのでした。


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坂の上の雲

 司馬遼太郎著の「坂の上の雲」は、ソフトバンクグループを率いる孫正義氏をはじめ多くの経営者が愛読する本で、その中の一節をご紹介したいと思います。

              ~~~~~~~~

 戦術家たらんとする者はまずそういう自分をつくらねばならぬとかねがね思っている。
 
 戦術というものは、目的と方法をたて、実施を決心した以上、それについてはためらってはならないということが古今東西のその道の鉄則のひとつであり、そのように鉄則とされていながら戦場という苛烈で複雑な状況下にあっては、容易にそのことがまもれない。真之はそれを工夫した。平素の心がけにあるとおもった。

 「明晰な目的樹立、そしてくるいない実施方法、そこまでのことは頭脳が考える。しかしそれを水火の中で実施するのは頭脳ではない。性格である。平素そういう性格をつくらねばならない」と考えていた。

 「人間の頭に上下などはない。要点をつかむという能力と、不要不急のものはきりすてるという大胆さだけが問題だ」と言い、それをさらに説明して「従って物事のできる、できぬというのは頭ではなく、性格だ」ともいった。

              ~~~~~~~~

         
 上記は、日本海海戦を勝利に導いた天才的な戦術家、秋山真之の考えとして述べた箇所です。

 いかにして、どのようにして勝つか、「戦術」とは戦いに勝つための個々の具体的な方法を指していますが、戦術がいかに優れていても結果の成否はそれを運用する人間の能力しだいです。

 上記は戦術家について語っていますが、そのまま経営者や投資家に置き換えることが可能です。

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12の神薬

 中国のメディアで、日本で絶対に買うべき薬として『12の神薬』が紹介されていることをご紹介させて頂きます。以下の通りです。


    = 12の神薬 =


 1.目薬          サンテボーティエ   参天製薬
 2.消炎鎮痛剤      アンメルツヨコヨコ   小林製薬
 3.液体絆創膏      サカムケア       小林製薬
 4.冷却剤         熱さまシート      小林製薬
 5.頭痛薬        イブクイック        エスエス製薬
 6.消炎鎮痛剤     サロンパス       久光製薬
 7.外皮用薬       ニノキュア        小林製薬
 8.L-システイン製剤 ハイチオールC   エスエス製薬
 9.便秘薬           ビューラックA    皇漢堂製薬
10.口内炎治療薬    口内炎パッチ大正A  大正製薬
11.女性保健薬      命の母A        小林製薬
12.のど薬         龍角散         龍角散



 上記の内、何と「アンメルツヨコヨコ」、「サカムケア」、「熱さまシート」、「ニノキュア」、「命の母A」といった5つが『小林製薬』の製品であります。

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植村直己

 富士山の登山シーズンはすでに終了していますが、それほど高くない山ではこれからが山歩きシーズンとなります。

 また、ずいぶん過ごしやすくなったことで、日中に走る人も増えてきたように思います。


 ところで、植村直己(故人)は、よく知られた日本を代表する登山家であり冒険家です。

 冒険家と聞けば大胆不敵な性格の持ち主といったイメージを持ちますが、実際には植村氏の場合、人一倍臆病で、十分な計画と準備を経て必ず成功するという目算が立たなければ決して実行に移さなかったそうです。

 そんな植村氏は次のような言葉を遺しています。


 『出発するとすぐ、帰ることばかり考えるんですよね。毎日先に進みながら、いかにして先に進むかじゃなくて、いかにして引き返すかっていうことばかり考えてるんです。

 それがある一定のところまで進むと、もう引き返しのきかない状況までくるわけです。そこで初めて、先に進むことだけしか考えなくなるんです。』


 レベルこそ違いますが、こういう状況と気持ちは分かります。五大陸最高峰登頂を世界で初めて成し遂げた冒険家でさえそうだったのかと思うと同時に、なおさら成し遂げたことの偉大さに驚かされます。

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秋分の日

 明後日は秋分の日で、彼岸のお中日です。春分と同様、太陽がほぼ真西に沈む秋分の日は、西方の極楽浄土(彼岸)に一番近い日とされています。

 ところで、今が花時の彼岸花は、中国から伝わった1株の球根から日本全国に広まったと言われ、国内に存在する彼岸花の遺伝子は全て同じだそうです。

 燃えるような花色の彼岸花は、秋の彼岸の頃に咲く花ゆえにこの名がついたといわれますが、この花の特異性からいくつかの異名があります。

 食料難の時は澱粉が豊富な彼岸花の根を食用にすることもあったそうですが、有毒であり、毒抜きが十分でないと命を落とすこともあり、ゆえに彼岸(死)の花という説もあります。

 昔は土葬で、ネズミや獣が土葬された死体を荒らすのを防ぐために、根に毒を持つ彼岸花が墓地の周辺に植えられていたことから「地獄花」「死人花(しびとばな)」といった呼び名もあります。葉も何もない状態から一晩で茎が伸び、パッと花を咲かせる神秘的な花で、「幽霊花」との異名もあります。

 また、炎を連想させる花の色と形から、[家に持って帰ると火事になる」などとも言われました。有毒の彼岸花を子供が安易に触らないようにとの配慮もあったようです。

 葉のあるときには花はなく、花のときには葉がない彼岸花を、韓国では「葉は華(花)を思い、華は葉を思う」という意で「相思花」と呼びます。

 彼岸花は「曼珠沙華(まんじゅしゃげ)」の名でも親しまれていますが、これは「天上界に咲く小さな赤い花」という意味のサンスクリット語の音写で、仏教の経典には吉事の兆しにこの赤い花(曼珠沙華)が天から降りてくるとあ
ります。

 ちなみに、曼珠沙華はその美しさから、海の女神を意味する「リコリス」という学名を持ちます。

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大型化

 スマホが大型化しています。性能が良くなり、出来ることがドンドン増えているので、スクリーンも大型化しているのでしょうか?私が周辺を観察しての勝手な理解は、スマホを利用する人の高齢化が着実に進んでおり、それは即ちスマホ利用者に於ける遠視がちの人口が増えていて、「字」を大きくする人が増えているので、画面当たりの情報量を確保するために、画面自体を大きくしているように見えます。

 新技術によって実現出来ることは、より軽く、より小さく、という方向だと思うので、技術は進むも、使う「人」が高齢化しているため、技術実現欲求方向とは逆に行っているようにも思えます。いずれ、手術をしなくても、遠近を楽に調節して見られる安価な使い捨てコンタクトレンズとか出来て、エレキデバイスも再度軽量化、小型化に戻ってくるのでしょうか?或いはデバイス側に、タッチひとつで遠視の人の網膜に上手く像を結ぶ技術が出来たりしたら、もっと便利ですね。

 テクノロジーの進化を夢見たいと思います。因みに私は、スマホの小さい字もまだちゃんと読めてます!

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2015年の県民経済計算

 先週末に内閣府が発表した2015年の県民経済計算によりますと、県内総生産のトップは東京都の104兆3千億円で、次いで愛知県の39兆5千億円、大阪府の39兆1千億円の順となっています。

 ドル換算で各国のGDPと比較しますと、東京都の総生産はメキシコに次ぐ第16位で、愛知県と大阪府は25位のオーストラリアに迫り、デンマークやシンガポールなどを上回ります。

 尚、関東ブロック(茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、山梨県、長野県)の総生産は、イタリアやブラジルなどを上回り、世界第8位の規模となります。

 ちなみに、東京都の約3倍の人口を抱える米カリフォルニア州の州内総生産は、英国を抜いて世界第5位の規模となっています。

http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/sonota/kenmin/kenmin_top.html

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秋の彼岸入り

 野山では「秋桜」と書く「コスモス」が咲き始めています。

 コスモスは繊細な見た目とは違い、しっかりと大地に根を張り、踏まれても薙ぎ倒されてもまた立ち上がり花を咲かせる、しぶとさを持った植物です。

 草かんむりに秋と書く「萩」も秋を代表する花です。今日から秋の彼岸入りですが、和菓子の「おはぎ」は萩の花に見立てたもので、本来は少しこぶりに作られます。

 春の彼岸の「ぼたもち」は春を代表する花、牡丹に見立てて大ぶりに作られるのが本来だそうですが、今は一年を通して「おはぎ」として売られていることが多いようです。

 ちなみに、夏のおはぎは「夜船(よふね)」、冬のおはぎには「北窓(きたまど)」という呼び名があります。

 言葉遊びの一つで、ぼたもちは餅米を使ってはいるものの杵と臼で搗(つ)くようなことはしないことから、「搗き知らず」→「着き知らず」→「いつ着いたのか分らない夜の船」ということで「夜船」。

 同じように「搗き知らず」→「月知らず」→「月が見えないのは北側の窓」ということで「北窓」と呼ぶそうです。

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徒然草

 今から690年ほど前に吉田兼好が書いた「徒然草」には「お金持ちになるための五箇条」(下記)が記されています。


 一、世の中は常に変わらないという信念を持ち、「世の中は無常だ」などと思ってはいけなない。

 二、やりたいことをすべて思い通りにしてはならない。有限な財産で、無限の欲望をかなえようとするなど不可能である。

 三、お金を好き勝手に使えるものだと思っていたら、いつまでも貧乏を逃れることはできない。お金を主君や神のように尊ばなければいけない。

 四、金銭上のことで恥ずかしい目に遭っても、怒ったり恨んだりしてはいけない。

 五、正直にして、約束は守れ。


 これを説いた大金持ちは、貧しくては生きている値打ちがないと言い、上記の5項目を守って利益を追求すればお金持ちになれるとしています。

 ご紹介した大金持ちの論理は、「決して使わず、とにかく稼げ」ということですから貯まらないはずがありません。

 そしてこの大金持ちは、お金が貯まっても、節約して、贅沢をせず、やりたかったことをしなくても、お金があっていつでもできると思うことで心が安らかでいられると説いています。

 これに対して兼好は、「人はやりたいことをするためにお金をほしがるものなのに、お金があっても、やりたいことができなければ貧乏人と同じではないか」と疑問を呈しています。

 だとすれば「貧乏と金持ちの区別はなくなる。最高の悟りと最低の迷いが同じことになる。金持ちになりたいという大きな欲は、お金はいらないという無欲と同じである」と看破しています。


 「ここに至りては、貧富分く所なし。

          究竟は理即に等し。大欲は無欲に似たり」


 金持ちの言う通りであるならば、大きな欲を持つほどに無欲な人と同じ状態になっていきます。欲を封じて節約に励む金持ちというのは、欲を捨てさった貧乏人と同じだというわけです。

 私たちが耳にしたことのある「大欲は無欲に似たり」はこれが元であり、いっそお金に対する執着を捨ててしまうことが心の安寧を得る早道だというのが兼好の論理です。
 さらに、何かほしい物ややりたい事ができてお金を使いたい欲望が生じたら「我を滅ぼす悪念来れり」と思ってお金を使うなとしています。
 お金に囚われず生きたいのならお金に対する執着を捨てるのが一番とする兼好の論理は真にそのとおり。しかし、お金持ちになりたいのであれば、大金持ちが説いた「お金持ちになるための五箇条」もそのとおりです。

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情報量の弊害

 関連する情報や選択肢が多い場合、迷いが生じて判断ができなくなるという状況があります。
 
 以前行われた調査によりますと、ほしかった家電を買いに量販店に行ったところ、A社製品がその日限りの特売で安売りしていた場合、それを購入するか否かを問う設問では65%の人がA社製品を購入すると答え、35%の人は他の店や商品も検討したいので購入を待つと答えています。

 さらに次の設問で(設定は上記と一緒)、相対的に高価格で性能でも定評のあるB社製品もいつもより安く売っていた場合どうするかを聞きますと、25%の人がA社製品、ほぼ同率の人がB社製品、そして残りの約半数がもう少し待つと答えたそうです。

 このように選択肢が増えてゆくにつれ決定ができなくなり、結果として何もしないという選択肢を選ぶ傾向が強くなります。このことを「決定麻痺」と呼びます。

 この例で言いますと、選択肢が増えたことでもう少し待てば(他のも検討すれば)もっと安く買えるのではないかと思うわけです。言い方を変えますと、様子見した方が賢い選択のように見え、今決定することは損ではないかという不安に陥ってしまうわけです。

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敬老の日

 今度の月曜日は「敬老の日」です。厚生労働省の発表によりますと、全国で100歳以上の高齢者は15日の時点で6万9785人(うち女性は88%の6万1454人)と、昨年から2千人ほど増え、48年連続で過去最高を更新しました。

 尚、敬老の日にちなみ、公益社団法人・全国有料老人ホーム協会は「シルバー川柳」を毎年公募しており、今年の入選作品をいくつか紹介させていただきます。


・デイサービス「お迎えです」はやめてくれ(男性・大阪府・68歳・無職)

・朝起きて調子いいから医者に行く    (男性・埼玉県・77歳・無職)

・家事ヘルパー来られる前に掃除する   (女性・熊本県・82歳・無職)

・ベンツから乗り換えたのは車椅子    (女性・奈良県・65歳・無職)

・古希を過ぎ鏡の中に母を見る      (女性・大阪府・76歳・主婦)



 当たり前ですが、老人と言われる世代も若かりし頃がありました。育てられ、結婚をし、子供を育て、幾たびの困難があり喜びがあり、悩みや苦しみも当然あったでしょう・・・。

 いつの間にそんなに偉くなったのかと思えるほど次の世代の成長は早いものですが、今は老人でない人も間違いなく辿る道であり、そこにあるのは自分自身の姿でもあります。

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ゼロエネ住宅

 太陽光発電などで自宅で創り出すエネルギーが自宅で消費するエネルギーを上回り、実質的にエネルギー消費量をゼロにした住宅を「ゼロエネ住宅」と呼びますが、今はゼロ・エネルギー・ハウスを略した「ZEH(ゼッチ)」の方
をよく耳にしましす。

 環境省ではZEHを「外皮の断熱性能等を大幅に向上させるとともに、高効率な設備システムの導入により、室内環境の質を維持しつつ大幅な省エネルギーを実現した上で、再生可能エネルギーを導入することにより、年間の一次エネルギー消費量の収支がゼロとすることを目指した住宅」と説明しており、政府は2020年までに新築の過半数をZEHにする目標を掲げています。

 新築戸建てではZEH化が先行して進んでいますが、マンションなどの集合住宅ではこれから拡大する見通しで、今朝の日経新聞は大手デベロッパーの参入を報じています。

 ちなみに、集合住宅向けZEH基準を満たしたマンションには、省エネルギー性能表示の「BELS(ベルス)」および「ZEH-M(ゼッチ・マンション)」のマークが付与されるそうです。

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なんとかなる

 当たり前のことですが、生きていれば悩みや不安は付きものです。悩みの深さや程度は人それぞれで、簡単に他からモノサシを持ってきて測ることはできません。

 新約聖書のコリント人への手紙にはこんな1節があります。

 「神は真実な方ですから、あなたがたを耐える事の出来ないような試練に会わせるような事はなさいません。」 

 「天は乗り越えられない試練を与えない」と言っており、つまり「あなたに解決できない問題はあなたに起こらない」、さらに言えば「必ず乗り越えられる」ということです。

 アメリカの詩人であるロバート・フロストは下記のように言います。

 「人生について学んだすべてを、私は3語にまとめられる。それは『It goes on』(人生は続く)ということだ。」

 何があったとしてもその先には続きがあるということです。

 誰もが知る和尚の逸話として次のようなエピソードも伝わっています。

 和尚は臨終の間際に遺言をしたため、すぐに開封せず、困り果てるような一大事がおこったらこれを開けなさいと、弟子たちに厳しく言い残してこの世を去ります。

 その後、様々な問題があってもその都度切り抜け、遺言が開封されることはありませんでしたが、やがて大変な難事が持ち上がり、とうとう遺言が開かれることになりました。

 弟子たちが固唾をのんで見守る中、封を開けるとそこには「しんぱいするななんとかなる」とだけ書いてありました。

 これを見て弟子たちがどう思ったかは分かりませんが、難事は解決に向ったそうです。

 「大丈夫、心配するな、なんとかなる」の言葉で救われる人は世の中にたくさんいるような気がします。

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秋刀魚

 「秋刀魚」と書いてサンマ。そのサンマの美味しい季節となりましたが、選んだサンマによって当たりハズレがあるようです。そこで、美味しいサンマの簡単な見分け方がありましたので、ここでちょっとご紹介させて頂きます。


 まず、鮮度のバロメーターとして、くちばしの先端(下顎)が黄色いもの、これが良いそうです。加えて、黒目の回りが濁っておらず透明なもの、これが良いそうです。


 脂が乗っているか否かの目安としては、太っているものが良いそうで、丸々と太っているものはやはり美味しいそうです。


 これらのポイントを確認した上で、もっと手軽に鮮度を確かめるには、サンマを手にとって尻尾を持った時に刀のようにまっすぐに立つサンマ、これが良く、新鮮さの目安になるそうです。

 以上の点を知っておけば、美味しいサンマに当たりそうです。

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江戸の「小田原」事情

 戦国時代、小田原は北条氏の領地でしたが、北条氏は豊臣・徳川連合軍に討たれ、滅亡します。そして、家康公の関東入国に従い、あの大久保彦左衛門の長兄であるで大久保忠世が四万五千石で入封して、小田原城主となります。忠世の後を、子の忠隣(ただちか)が継ぎますが、忠隣は幕府内の権力抗争に破れ失脚し、小田原の所領を失います。忠隣の嫡男忠常はすでに亡くなっておりましたので、忠常の遺児忠職(ただもと)には、小田原に代えて、武蔵騎西(現・埼玉県騎西町)二万石が与えられました。小田原藩は、その後、阿部家、稲葉家が合わせて四世代在封しますが、貞享三年(1686)、忠職の養子である大久保忠朝(ただとも)が、下総佐倉(現・千葉県佐倉市)から小田原に入封し、二度の加増を受け、十一万三千石を領しました。

 「小田原城主、大久保加賀守様」なる人物が登場します。これは、小田原を治めている大久保忠朝の子孫と言うことになるのですが、実在の人物ではありません。この「小田原城主、大久保加賀守様」は、幕府重職として登場しますが、代々の小田原城主で「加賀守(かがのかみ)」を名乗った方はおりませんので、架空の人物なんです。やはり、江戸時代に作られた落語に、実在の大名のご本名を使ってしまうのには、遠慮があったのでしょうね。

 元禄十一年(1703)十一月、小田原領内に大地震が発生し、小田原城天守閣は崩壊、死者二千三百八名、倒壊家屋七千五百四十軒という大被害が発生したため、小田原藩は復興のため、幕府から四万五千両を借りますが、さらに宝永四年(1707)十一月には富士山が大噴火をおこし、降灰・砂礫により条原領内の御殿場・足柄地方が大被害を受けます。小田原藩はただちに、年貢米一万俵を放出し、救済に乗り出します。自力復興は難しいと見た幕府は、被害の大きな足柄地方などを一時的に幕府領とし、小田原藩へは伊豆(現・今の静岡県東部、伊豆半島)・三河(現・愛知県の東部)・美濃(現・岐阜県南部)・播磨(現・兵庫県南西部)のうち五万六千石余を替地として小田原藩に与えています。

 このように江戸時代初期はご難続きだった小田原藩ですが、江戸中期には、東海道五十三次の江戸から九番目の宿場町として、繁栄します。小田原といえば、外郎(ういろう)と梅漬けが名産で、他にもイカの塩辛、カツオのタタキ(お刺身ではなく、鰹の腸を塩辛にしたもの、現代で言う酒盗)なども有名ですし、江戸時代のトラベラーの必須アイテム、小田原提灯も作られました。

 しかし、江戸時代後期の天明三年(1783)の悪天候以来、凶作が続き、農村は疲弊の一途をたどります。そんな折、忠朝から七代目の領主・忠真(ただざね)は、文政元年(1818)から天保八年(1837)に、幕府老中を務めたほどのエリートで、疲弊した小田原領内の農村を復興させるために、小田原領内足柄郡栢山村(かやまむら、現・小田原氏栢山)の百姓家に生まれた二宮金次郎(尊徳)を登用します。金次郎は、困窮を救い安全な生活を営ませる生活様式「報徳仕法」を提唱し、農村復興を行いました。

 現在、JR東海道本線小田原駅のすぐ南西に、昭和三十五年に復元された小田原城址が、三層の天守閣をそびえさせ、そこから西へ向かうと、藩主大久保家の菩提寺大久寺(だいきゅうじ)があります。また、小田急線栢山駅の近くに二宮金次郎の生誕地があり、生家が復旧されています。

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お伊勢参り

 「伊勢に行きたい、伊勢路が見たい、せめて一生に一度でも」という歌が残されていますように、江戸の頃もお伊勢参りは大変盛んでした。

 江戸から伊勢までは片道だけでも15~20日間の行程で、庶民にとってその旅費は相当な負担です。旅費は生活費の1年分にも相当しましたが、有志でお金を出し合い、順番に伊勢神宮に参拝する「請(こう)」という仕組みがあったため、当時でも多くの人がお伊勢参りに行くことができました。

 それでも伊勢神宮まで参拝に行けない人は、芝大神宮(東京都港区)に参拝したそうです。芝大神宮は、伊勢神宮の内外両宮の主祭神(天照皇大御神と豊受大御神)を祀ることから 「関東のお伊勢様」とも尊称される由緒ある神社です。

 そんな芝大神宮の例大祭は毎年9月11日から21日まで、11日間にわたり行われます。

 関東周辺で伊勢神宮まで行けない参拝客を一手に引き受けていたため参拝客がいつまでも途切れることなく続いたことから、あるいは各種神事が長期間続いたことから、この例大祭には「だらだら祭り」との別名があります。

 また、昔は同宮の周辺が一面の生姜畑で、例大祭の時には参道や境内に生姜売りの屋台が並んだことから、例大祭は「しょうが市」とも呼ばれます。

 講談や歌舞伎の演目にもなった町火消し「め組」の鳶職と江戸相撲の力士たちの乱闘事件、いわゆる「め組の喧嘩」は芝大神宮の境内での騒ぎが発端となっています。

 ちなみに、同宮では白と黒のオリジナルの御守り「商い守」を販売しています。白い御守りは「白星、土つかず」、黒い生地の御守りは「黒字」を表すとして営業職や経営者に人気だそうです。


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白 露

 土曜日から暦上は「白露」と呼ばれる二十四節気に入りました。秋分のひとつ手前です。暦便覧には、「陰気ようやく重なりて露こごりて白色となれば也」とありますが、確かに東京では今朝からぐっと温度が下がりました。日曜日は重陽の節供で、「何か栗のものを」と探して見付けた栗の入った和菓子を食べました。

 ふと気が付いたら、知らぬ間に秋がすぐそこまで来ていたという感じですね。「秋来ぬと」と歌われるように、秋はいつでも完了形で来ます。だんだん近づいてくるのを感じるのではなく、気が付いたらもう既に来ているのです。

 自然災害が多かったこの夏は、早く過ぎて欲しいと思いますが、一方で急に寒くなりすぎても被災地は困るかも知れません。穏やかな季節になることを願いたいと思います。

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大坂なおみ選手

 大坂なおみ選手のUSオープン優勝。素晴らしいですね!日本時間の日曜未明というグッド・タイミングだったのですが、私はライブで観ることが出来ず、テレビ画面の上に出るニュース速報や、インターネット上の様々なルートで間接的に確認するしか出来ず、若干ライブ感には欠けてしまったのが、ちょっと残念ではありました。

 私はスポーツは苦手なので、適切に論じる自信がありません。しかし、セリーナ・ウィリアムズの言動のことよりも、或いは大坂選手の受け答えの良さ・面白さよりも、大坂選手がグランド・スラムで優勝するという強い目的を持ち、その目的に適った行動を取るということに徹底していたように感じたそのことに、私は強く感動しました。

 目的を持つこと。合目的な行動を取ること。この2つは、とっても当たり前でシンプルなことのように聞こえますが、自分自身のことを省みても、そんなに簡単なことではないことは明らかです。セリーナ・ウィリアムズが、「彼女(大坂選手)から学ぶことが一杯ある」と発言しましたが、その意図するところは分かりません。しかし私は私で、学ぶことがありました。

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重陽の節句

 日本では「苦」に通じるとの理由で「九」という数字を嫌がる人もいますが、陰陽道では奇数は陽の数とされ、その極数である「九」が重なる九月九日は「重陽の節句」として祝う風習が昔からありました。

 この日は、不老長寿の霊草と信じられていた菊の花びらを杯に浮かべた菊酒を酌み交わし、お互いの長寿と無病息災を祝ったとされています。このことから重陽の節句は「菊の節句」とも呼ばれます。

 ちなみに、菊は日本原産と思われがちですが、薬草として日本に伝わった中国原産の植物で、後に天皇家の御紋になり、慣習上の国花(菊と桜)にもなっています。原産は中国ですが、鑑賞用・園芸用として発展したのは日本においてで、日本の菊が本家中国や欧州の菊事情に大きな影響を与えています。

 また、葬儀の際の献花に菊が用いられることが多いのは、古来から日本人に慕われてきた花であるとともに、調達のし易さ、安価で長持ちという理由の他、西洋で墓参用に用いられていたことの影響もあるそうです。

 秋に各地で菊花展や菊人形展が行われるのも重陽の節句に由来し、庶民の間では秋の収穫祭と習合し「九日(くんち)」として祝うようになったといいます。

 明治期に新暦に移行してからは季節とのズレが生じたことから、しだいに重陽の節句が廃れましたが、菊を愛でる風習や収穫祭としての意味合いは菊花展や九州北部のくんちとして今も残ります。※菊花展は10月~11月まで全国で、長崎くんちは10月7日~9日。


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サ ケ

 川で生まれ、海で育ち、秋になると生まれた川をさかのぼって産卵する鮭(サケ)。旬は9~11月といよいよこれからですが、生まれてから4年前後に川をのぼり、いったん海から川に入りますと、身がやせて味が落ちていきます。


 このため、海から川にあがる直前にとられた体が銀色に輝いている「銀毛(ぎんけ)」と呼ばれるもの、特にそのオスが最も味が良いとされており、たくさん水揚される鮭の中でも、わずか5%しかとれないそうです。


 また、最も極上とされる鮭児(ケイジ)と呼ばれる未成熟の鮭は、1~2万本に1尾の割合でしか水揚げされず、魚体全体に脂が乗っており、全身トロ状態で高級寿司ネタなどに使われています。


 ちなみに、昔からの鮭を贈る習慣は、『疎遠になったあなたが、鮭のようにまた私のところに戻ってきて欲しい』との気持ちが込められているそうです。

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ナ シ

 代表的な秋の果物と言えば「ナシ」。冷蔵庫でしっかりと冷やしたナシはとても美味しいです。弥生時代の遺跡から炭化した種が見つかるなど、古くから日本人に親しまれてきました。


 品種によって出荷時期が異なりますが、9月から本格的に流通するのが軟かい果肉と豊かな甘みで人気が高い『豊水』です。一足早く8月中旬から下旬に多く出荷される『幸水』も甘みと香りが豊かで人気を集めていますが、そろそろ次は「20世紀」の出荷も本格化してきます。


 「ナシ」は成分のほとんどが水で栄養分はそれほど高くないですが、繊維分と消化酵素を多く含み、咳止め・喉の渇き・二日酔い・解熱などに効果があるそうです。

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お七さんの火焙り事情

 伝承では、お七さんは江戸の刑場である鈴ヶ森の刑場(鈴ヶ森の刑場については、鈴ヶ森15/11/10参照)で、火焙りになったとされます(本当は、お七さんが実在したのかどうかすら不明なのですが)が、江戸の人々は、この鈴ヶ森の刑場を一本松刑場と呼んでいました。この一本松は、樹齢数百年といわれる巨木で、品川から大井町の崖下を通り、刑場の入口にかかる鈴ヶ森縄手(畷)のすぐ横にあったそうです。

 火焙りになる直前、引き廻しの裸馬に乗せられたお七が、ここを通り、この松の木を睨んでいたという話が伝わり、この松は「お七睨み松」と呼ばれていたそうです。もしかしたら、お七のモデルとなった少女が、万感の思いを持って、松の木のむこうに見える、江戸の町に別れを告げたのかもしれません。

 鈴ヶ森刑場の脇に、現存する大経寺に伝わるという話では、火焙り刑は、すぐ窒息して意識がなくなるので、楽に死ねる・・・のではないそうです。江戸期の鈴ヶ森刑場は、波打ち際にあったので、強い風が海から吹き付けます。そのため、まず、足が黒焦げになり気絶するのですが、熱いのですぐに意識が戻り、気絶と蘇生を繰り返し、壮絶な最期を遂げるのだそうです。

 言い伝えでは、火焙りになるお七を哀れんだ役人が、お七が苦しまない様にと、火を付けるフリをして、事前にお七を絞殺しておいた、と言う説もありますが、首の締め方が甘かったのか、絞殺しておいたのはただの伝説か、お七ではなく別人だったのか、今となっては分かりませんが、お七が火焙りになった時、気絶と蘇生を繰り返すお七は、そのたびに獣の様な物凄い悲鳴を上げ、その悲鳴は二里(約8Km)も離れた丘の上の人家まで響き、住民はふるえあがって雨戸を閉め、耳をふさいで、念仏を唱え続けたと言います。


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政策金利

 アルゼンチンの政策金利が60%に引き上げられました。6%じゃありません。60%です。今回一回で15%の利上げです。インフレが止まらないところに、トルコリラ安を受けてアルゼンチンペソも大きく売られ、その中でのアクションです。

 0%付近の金利に慣れている我々にとっては、違う惑星の話のように聞こえますが、国の債務が内国ではなく外国に頼っていて、かつドルを獲得する手段が限られている場合には、例えばアルゼンチンの場合にはペソ売りドル買い以外に手段がありませんから、その国の通貨は売られます。そしてそれを防衛するために、政策金利を引き上げることになります。

 60%と聞くと素っ頓狂なレベルに聞こえますが、1.6の二乗でも約2.5にしかなりません。アルゼンチンの物価が、2年間で2.5倍しか上がらないか?或いはペソが、2年間で2.5分の1、即ち現在の40%にまでしか下がらないか、と考えると、60%は大した数字でないようにも思えるので、このアルゼンチン騒動は未だ未だ収まらないかも知れません。

 世界経済や、先進国の資本市場に与える影響は、実質的にはとても限定的なので、心配する必要はないと思いますが、暫くは行方を見守りたいと思います。

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サンマ

 夕焼け、草むらから聞こえる虫の声、夜空に輝く銀河・・・等々、暑さの中にも秋色が濃くなりつつあります。

 秋の代表的な味覚といえば、「秋刀魚」と書いてサンマ。刀のように反り返った形からこの字が当てられたと聞きます。


 8月に北海道東部から南下を始め10月ごろ三陸沖を通り、11月には房総沖、そして遠州灘で産卵した後、3月頃には紀州沖に達し、その一生を終えるそうです。


 焼いてレモンを搾り、大根下ろしを添えて食べる塩焼きが一般的ですが、刺し身や握りずしにしても美味しく、また刺し身より細かくおろして大葉とネギを刻んで混ぜ、たたきにするのもさっぱりして美味しいです。熱いご飯とサンマの相性は抜群、食欲を駆り立ててくれますが、炭火で焼けばまた格別です。


 スーパーなどで選ぶ際には、背がやや緑がかった濃い青色で、ヒレや魚体に張りがあり、皮につやと弾力のあるものが鮮度が高いそうです。

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水増し

 ある村で、皆が酒を持ち寄って酒宴を開こうとなりました。それぞれ持ち寄った酒で樽を満たしてゆくのですが、ある村人が「自分一人ぐらいごまかしてもばれないだろう」と素知らぬ顔で水を樽に入れます。

 いよいよ樽も満たされたので、皆が集まって酒宴となります。コップになみなみと注ぎ、いざ「カンパーイ!」となって飲むと皆が大きな声をあげます。「なんだこれは!水じゃないか!」と。

 皆が「自分一人くらいズルをしても問題ないだろう」と考えた結果、樽は酒ではなく水で満たされていたというお話です。

 さて、中央省庁が障害者雇用を水増ししていたという問題ですが、障害者雇用促進法は、すべての事業主(従業員45.5人以上)に法定雇用率以上の割合で障害者を雇用することを義務付けています。原則として身体障害者手帳や精神障害者保健福祉手帳を持つ人や児童相談所などで知的障害者と判定された人が対象となります。

 今年4月からの障害者の法定雇用率は、民間企業で2.2%(以前は2.0%)、模範となるべき国や自治体は2.5%(同2.3%)となっています。

 民間企業の場合、法定雇用率が達成できないと、納付金(不足している障害者1人につき月額5万円)という罰金が科せら、障害者雇用に消極的だとして社名を公表されることもあります。

 これまでの報道によりますと、中央省庁による障害者雇用の水増し(主に手帳交付に至らない比較的障害の程度が軽い職員などの合算)は、障害者雇用が義務化された1976年の当初から恒常的に行われていたとされ、中にはほぼ水増し分で雇用率の達成を報告していた官庁もあるようです。

 ちなみに、厚生労働省は障害者雇用の監督官庁であるためチェックされることのない立場にあり、企業の納付金は厚生労働省の天下り先となっている独立行政法人の「高齢・障害・求職者雇用支援機構」に納められ、納付金の一部は役員の高額な報酬に充てられています。


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ピーマン

 連日の暑さで夏バテの方もいらっしゃると思います。睡眠も浅く、食欲も減退となる訳ですが、疲労回復に効果的なのが「ピーマン」だそうです。


 ピーマンは中国語では「青椒」(チンジャオー)と言い、中華料理の代表格「青椒肉絲」(チンジャオロース)はそのピーマンと細く切った肉を混ぜて炒めたものです。


 蒸し暑いこの時期には目に鮮やかな緑が食欲を与えてくれ、ピーマン100g中のビタミンC含有量は約80mgと豊富。中ぐらいの大きさのピーマン4個で1日に必要なビタミンCがとれるそうです。


 しかも、ピーマンのビタミンCは加熱しても壊れにくいのが特徴。夏バテ予防に試してみる価値がありそうです。選ぶ際には、色が濃くて表面にツヤがあり、果肉が厚めのものが良いそうです。


 生産量の日本一は茨城県、2位は宮崎県、3位は高知県。そして、鹿児島県、岩手県などが主な産地として知られています。


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夜長月

 気づけば日足がずいぶんと短くなってきました。ついこの間まで午後7時くらいまで明るかったはずですが、今は午後6時過ぎには暗くなります。

 それぞれの月には和風月名という異称がありますが、夜が長くなる陰暦九月は「夜長月」「長月」「暮月」、長雨も多いので「長雨月」、収穫時期を向かえて「稲刈り月」などと呼ばれます。

 昔は暮れるのが早まれば寝るのも早くなり、それ故夜中に目を覚ますことが多くなることから「寝覚月(ねざめづき)」。

 ところで、立春の日から数えて二百十日目の今日9月1日は、昔から嵐が襲来することが多い日で、8月1日の「八朔」や「二百二十日」とともに三大厄日として知られています。

 伊勢湾台風が上陸し大きな被害をもたらしたのも1959年の9月で、例年これからが台風シーズンの本番となります。風害から農作物を守るよう神に祈る「風祭り」が行われるのも今の時期です。

 また、関東大震災(1923年)が発生したのも9月1日で、その教訓を忘れず、自然災害に対する備えを怠らないようにと制定されたのが明日の「防災の日」です。

 毎年のように大きな災害が発生しており、防災グッズや非常食、災害発生時の行動などを定期的に確認しておくことが大事です。

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